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本から知る認知症

生活の不便を工夫で乗り越える 若くして認知症になった人々の生き様

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

若年性認知症を題材にして夫婦や家族、地域のつながりについて描いた映画「オレンジ・ランプ」が6月30日から公開されています。
主人公である只野晃一(ただのこういち)さんのモデルとなったのが、なかまぁる特別プロデューサーで、認知症本人発信の活動を積極的にされている丹野智文さんです。

※映画「オレンジ・ランプ」については以下の記事も是非、ご一読ください。
丹野智文さんの「そのまま」描く 映画『オレンジ・ランプ』鼎談・前編
「助けて」と言う壁を乗り越えたその先に 映画『オレンジ・ランプ』鼎談・後編

山国秀幸さんが書かれた原作小説『オレンジ・ランプ』(幻冬舎文庫, 東京, 2023)も出版されていて、映画にはないエピソードも記されています。

提供:幻冬舎文庫

丹野智文さんはご自身の著書『認知症の私から見える社会』では第5章において、生活を続けていくための種々の工夫を書かれております。タブレットやスマートフォンを使用した工夫について読んでいますと、私よりもこうした機器を使いこなしている印象を受けます。

また、51歳でアルツハイマー型認知症と診断された佐藤雅彦さんも著書『認知症になった私が伝えたいこと』のなかで、「昨日のことを覚えていない」「予約や約束がわからなくなる」「音に敏感である」といった様々な「生活上の不便」について具体的な「対策」にともに記されていて、認知症のある人がどういったことに不便を感じ、それをどのような工夫をしながら乗り越えているのかが、よくわかります。

提供:大月書店

もう一人、若年性認知症の生き様を知ることができる本を紹介します。
元脳外科医だった若井晋さん(故人)は2006年、当時日本に3台しかなかったPET検査を受け、「アルツハイマー・コンパティブル(=アルツハイマー病の所見には矛盾しない)」と診断され、定年よりも1年早い59歳で東京大学を退職されました。苦悩しながらも病を受け入れ、新たな道へと歩み出していく夫の姿を、妻の克子さんが『東大教授、若年性アルツハイマーになる』という本に記されています。

2007年に、豪在住の認知症当事者発信活動の先駆者クリスティーン・ブライデンさんの講演会が札幌で開催されました。その会場で、クリスティーンの「このなかで認知症の人がいたら、手をあげてください」という呼びかけに高々と手を挙げたのは若井さんだけだったとのことです。まだ病を公表する前のことです。その後、若井さんは、病を自ら公表し講演活動などを精力的に行われました。若井さんが「アメイジング・グレイス」を歌うシーンなどが描かれているとっても素敵な一冊です。
DIPEx Japan(健康と病いの語り データベース)』では、今でも若井晋さんの語りを視聴することができます。

さて今日のクイズです。
認知症の当事者が強く心配することの一つに“遺伝”の問題があります。私が診察する中でも、ほとんどの当事者から「子どもにも遺伝する可能性があるのでしょうか?」と尋ねられます。
では、遺伝性のアルツハイマー病って何%くらいなんでしょうか?

早速、正解を言いますね。
『医学のあゆみ Vol.278 No.12 1039-1043 2021』という雑誌の中の「若年性認知症の体液バイオマーカー研究」(栗原正典、岩田 淳)の論考にデータがありました。
遺伝性のアルツハイマー病は、アルツハイマー病(AD)全体の1%未満に過ぎないとされています。確率としては非常に少ないですので過度に心配しないで下さいね。

※アルツハイマー型認知症と「遺伝」について詳しく知りたい人は、こちらの記事をご参照ください。
アルツハイマー型認知症と「遺伝」 その原因となりやすさとは

アルツハイマー型認知症の発症リスクを高めるとされる遺伝子としてアポリポ蛋白Eが知られています。筑波大学附属病院精神神経科講師の松崎朝樹医師が著書の中でアポリポ蛋白Eについて言及しておられますので抜粋させていただきます。

家族性アルツハイマー型認知症の原因遺伝子
アルツハイマー型認知症の有名な遺伝素因としてアポリポ蛋白E(ApoE)がありますが、これはあくまで危険因子であり、それだけで発症するわけではありません。例えば、タバコを吸っている人が必ず肺がんになるわけではないですが、タバコは確実に肺がんのリスクをあげます。アポリポ蛋白Eはこのような危険因子であり、もっていれば発症の確率は上がりますが、それ単独では原因としては不十分で、他の因子が重なることで発症を促します。つまり、たとえ発症に関わる要素は遺伝的なものであっても、それが“危険因子止まり”であれば、通常はアルツハイマー型認知症が家族性に代々引き継がれて発症するようなことはありません。【東 晋二、松崎朝樹『認知症がわかる本』 メディカル・サイエンス・インターナショナル, 東京, 2020, p90】

遺伝と並んで、認知症のある人が心配することが多いことに“人格変化”があります。

実際はどうなのでしょうか?
『制度や就労支援のことがわかる! 若年性認知症の人や家族への支援のきほん』という本の中に研究結果が記されていましたので、ご紹介します。

「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究」の調査結果で示された介護家族に対する生活実態調査(2009年)では、(若年性認知症の場合※)最初に気づかれた症状として「もの忘れ」が50.0%、「行動の変化」が28.0%、「性格の変化」が12.0%、「言語障害」が10.0%となっています。このように、高齢になって認知症を発症する場合は、もの忘れや見当識障害(時間や場所、人物の認識が障害されていくこと)で気づかれることが多いのに対して、若年性認知症の場合は、もの忘れのほかに行動や性格の変化、言語障害で気づかれることが高齢者よりも多くなっています。【沖田裕子、杉原久仁子『制度や就労支援のことがわかる! 若年性認知症の人や家族への支援のきほん』 中央法規, 2022, pp2-4】※は、なかまぁる編集部追記。

若年性認知症で「性格の変化」が12.0%を占めるのは、原因となる疾患がアルツハイマー型認知症(53%)、血管性認知症(17%)に次いで、理性をつかさどる前頭葉が萎縮することで引き起こされる前頭側頭型認知症が3番目に多いことも影響しているのでしょうね。

2023年6月4日の日本認知症ケア学会にて筆者と沖田裕子さん(右)=京都市
2023年6月4日の日本認知症ケア学会にて筆者と沖田裕子さん(右)=京都市

けれど、認知症になって一見、人格が変わってしまったかのように思われても、実際には、その人の核となるような部分は残っているものなのです。
そのことについて、脳科学者の恩蔵絢子さんが自らの経験から我々に教えてくれています。恩蔵さんは、2015年にアルツハイマー型認知症と診断されたお母様と暮らされた体験をつづった著書で、認知症になっても「その人らしさ」は変わらないと強調されています。その部分をご紹介し、認知症の人と向き合う際に是非、覚えておいていただきたい重要なことを共有したいと思います。

「母親」という役割としてではなく、1人の人として母を見ることはできないか? また、そういうふうに母を見ることができたとき、その本質的部分は、認知症で何か影響を受けるのか? 今まで、認知症によって人が変わったようになるなどと言われることがあったけれども、それは本当か? 私は脳科学者として、このような疑問を確かめたい、と思うようになりました。それで、母の行動の観察とそれについての脳科学的分析を毎日生活の中でやってみることによって、認知症になっても「その人らしさ」は変わらない、と確信を持つようになりました。【恩蔵絢子・永島 徹『なぜ認知症の人は家に帰りたがるのか 脳科学でわかる、ご本人の思いと接し方』, 中央法規, 2022, pp1-2】

※恩蔵絢子さんのインタビューも是非、ご一読くさい。

認知症の人の行方不明(4)なぜ認知症の人は行方不明になるの?(前編)
認知症の人の行方不明(5)なぜ認知症の人は行方不明になるの?(後編)

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