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『認知症の私から見える社会』特別プロデューサー丹野智文さんの最新刊 編集長オススメ

認知症の私から見える社会
『認知症の私から見える社会』

なかまぁる特別プロデューサーとして、いつも私たち編集部に認知症当事者からの視点を語ってくれている丹野智文さんの新著です。39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野さんが、その後に出会い、語り合ってきた300人超の認知症当事者の思いを代弁した本でもあります。

この「認知症当事者」という言葉について、丹野さんは、「認知症と診断された人」というだけではなく、「診断された本人が、暮らしていく中で、自分の意思によって自由に行動をしたり、要求することが当たり前としてできるのだということを社会に発信していく、『認知症に関係して発信していく人』」として説明しています。その上で、認知症当事者の意見を聞いて欲しいと、繰り返し、勇気をもって訴えています。

なぜ、認知症当事者の意見が大切なのか。このことを伝えるために、丹野さんは自身が車のセールスマンとして働いてきた経験をもとに、ケアマネジャーが認知症当事者の話を聞かず、家族とだけ話をして決めてしまうケアプランの作られ方を例に挙げて、異議を唱えます。車を販売する際に「お客様の意見を聞かずに作った購入プランは自己満足であり、お客様のニーズと違うので購入にはいたらない」ことが多くあったとして「プランの対象者ときちんと話をして、納得してもらい作成するのは車の営業でも、認知症の介護保険サービスの利用でも同じ。車の営業ではありえないことが福祉の業界では当たり前になっている」と指摘します。元トップセールスマンらしい分析。なるほどと、ハッとさせられます。

けれど、現実の社会では、家族だけでなく医療や介護に携わる人々の間でさえ、認知症になると「何もできない」という先入観が強く残っていて、認知症当事者の意見や意思が尊重されていない現状がまだまだあります。医師もケアマネジャーも、認知症当事者ではなく、隣にいる家族の方を見て、話しかけ、意見を求めがちです。家族は、心配から先回りして「あれはダメ、これもダメ」と認知症当事者の自由を奪っていきます。その結果、本人の望みとは違うことが決まり、認知症当事者の拒否や拒絶へと至るという悪循環に陥っていく……。

一方で、丹野さんは、多くの認知症当事者と出会う中で、認知症と診断された後も早い段階から自分で決めて工夫しながら行動をしている人は、より良く生活できていると、強調します。この本には、こうした認知症当事者の工夫についても「第五章 工夫することは生きること」で、ふんだんに紹介されています。忘れたらどうしようという不安感を軽減するために、テーブルの上に模造紙を広げて記録するといったローテクから、丹野さんがこの本を執筆する際にも活用したというスマートフォンのメモアプリやパソコンの読み上げ機能まで、いずれも簡単にできそうなものです。なによりも認知症当事者が知りたいのは、認知症になったら「何ができなくなるのか」というネガティブな情報ではなく、これまでの人や社会とのつながりを断ち切ることなく生活してくための工夫の共有なのです。なかまぁるのウェブサイトも、工夫の共有の場となるように記事をつくっていなかければいけないなと、改めて感じています。

認知症は、それぞれの人によって症状は様々で、それは外からは見えにくいものです。堂々と講演活動などをこなしている丹野さんですが、文字を見ても図形のように感じることがあることや、お姉さんの名前を忘れることもあったことなどが、記されています。認知症が進行していったとしても、より良く生きるためには、どうすれば良いのか。丹野さんの歩みは止まらないでしょう。そこから発せされられる意見は「安心して認知症になれる社会」を築いていくための当事者の声として、これからも不可欠なものとなっていくに違いありません。

【著者は…】

丹野智文(たんの・ともふみ)
1974年生まれ、仙台市在住。自動車販売会社に勤めていた39歳の時、若年性アルツハイマー型認知症と診断される。2015年、認知症当事者の相談窓口「おれんじドア」を開設。国際アルツハイマー病協会(ADI)国際会議に参加するなど、国内外で積極的に講演活動をしている。なかまぁる特別プロデューサー。

【書籍データ】

  • タイトル:『認知症の私から見える社会』
  • 著者:丹野智文(たんの・ともふみ)
  • 判型:新書判
  • 頁数:168頁
  • 価格: 800円+税
  • 発売日:2021年9月17日
  • ISBN:978-4-06-525042-6
  • 発行:講談社

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この連載について

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