認知症とともにあるウェブメディア

本から知る認知症

認知症の人は自覚をしていないって本当? 残り続ける知的な「私」

getty images
getty images

認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

認知症の人を介護している方から、しばしば「本人に認知症であるとの自覚をもってもらえない」「認知症であることを否定する」ということが聞かれます。

自身の病気について適切に認識できない状態を「病識低下」と言います。認知症の場合には、自分自身の認知機能が低下していることを認識できなかったり、過小評価したりすることを指します。
この状態での課題について、群馬大学名誉教授の山口晴保先生は、著書『紙とペンでできる認知症診療術―笑顔の生活を支えよう』において以下のように指摘されています。

[臨床メモ]認知症の本質「病識低下」
認知症といえばもの忘れが代名詞ですが、認知症の本質は別なところにあります。それが病識低下です。自分の認知機能がどの程度低下しているのかを正確に把握する自己モニタリング機能が衰えています。例えば、単に記憶が低下しているだけでしたら、メモ帳やホワイトボードなどで障害を補うことができます。しかし、「自分のもの忘れはたいしたことはない」と障害の自覚に乏しいと、メモなどを活用できません。また、受診や介護を拒否します。
【山口晴保,『紙とペンでできる認知症診療術―笑顔の生活を支えよう』, 協同医書出版社, 2016, p28-29】
書籍「紙とペンでできる認知症診療術」

山口先生は、認知症の本質は「病識低下」だと記されていますが、逆に、病識が保たれていたら認知症ではないのでしょうか?

ここで興味深い論文の内容をご紹介したいと思います。
「老年期認知症患者の病識―生活健忘チェックリストを用い、介護者を対照とした研究―」(羽生春夫など,日本老年医学会雑誌 Vol.44 No.4 463-469 2007)によると、認知症並びに軽度認知障害(MCI)の人と介護者が同時に、記憶障害によって日常生活上で起こりうる問題点に関する質問票に基づいて評価をし、その評価の差から、病識低下の程度や有無を判定したところ、アルツハイマー病(AD)群の 65%、MCI群の34%、レビー小体型認知症(DLB)群の6%、血管性認知症(VaD)群の36% で病識低下が認められたと判定されたというのです。ただ、注意してもらいたいのは、アルツハイマー病の病識低下の割合が顕著に高くはありますが、全員ではありません。レビー小体型認知症では、病識低下が少なく、大半の人は病識があるとの結果になっています。

このように、一般的にはよく言われる認知症での病識低下ですが、決して全ての人に当てはまるわけではなく、また、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、血管性認知症など認知症の原因疾患によっても出現する割合が異なることを理解しておくことが大切だと思います。

ではこの病識と関連した脳領域はどこなのでしょうか。
前頭葉の関与が指摘されています。

病態失認
アルツハイマー型認知症における記憶障害に対する病態失認の程度は、記憶障害の程度とは相関せず、前頭葉機能低下と相関しており、健忘の病態失認には前頭葉機能低下が関わっていると考えられる。病識の局在についてはさまざまな議論があるが、前頭葉の腹内側部が関与している可能性が指摘されている。(=川合圭成先生執筆部分:編集部注)
【編:河村満 『連合野ハンドブック 完全版─神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在』, 医学書院,2021, p36-48】
書籍「連合野ハンドブック」

また、ちょっと専門的な話になりますが、「獲得性サヴァン症候群」という病態も知られております。前頭側頭葉変性症発症後に芸術的能力が開花したケースが複数報告されており、左側頭葉機能の低下によって右半球の代償性機能亢進(代わりに機能が活発になること)が起きたと考えられています。脳とは不思議なものですね。

ここで、「認知症の本質」の話題に戻ります。近年では、認知症=病識低下とは、一概には言えそうにないことがわかってきています。病識低下が認知症の本質ではないとしたら、いったい何が認知症の本質なのでしょうか?
認知症ケアの先駆者である小澤 勲先生(故人)が、奥深く表現されていらっしゃいます。

知的「私」の壊れ
「記憶、見当識、思考、言葉や数の抽象化機能などは、日常生活を送っていく上でそれぞれがとても大切な機能である。しかし、暮らしのなかでは、これらの機能一つひとつがバラバラに役立っているわけではない。複数の知的道具あるいは要素的知能を組み合わせて使いこなす『何か』がなけれはならないはずである。それを知的主体あるいは知的『私』とよぶことにすると、そこに障害が及ぶのである。だから、認知症を病む人は、いろいろなことができなくなるという以上に、『私が壊れる!』と正しく感じとるのである。
知的主体などという硬い言葉ではなく、もう少しうまい言葉が見つかればよいのだが、学者も苦労してこの『何か』を『内省能力』(ツット)、『本来の知能』(ヤスパース)、『知的人格』『知的スーパーバイザー』(室伏)などと名づけている。」
【小澤 勲,『認知症とは何か』 岩波新書,2005, p141-142】
書籍「認知症とは何か」

そしてこの「内省能力」に関しては、近年、理化学研究所が「脳の意識統合機構を解明」として後部頭頂葉が深く関与していることを報告しています。
このように「私が壊れる!」と感じている認知症の人々に、周りにいる我々は、どう寄り添っていけばよいのでしょうか。みんなで、考えていきたいものですね。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア