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認知症の“告知”は当たり前? 本人への伝え方とあるべきケアの形とは

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

今回は、まず、クイズから始めたいと思います。
がんの告知は今や当たり前の時代です。
では、認知症においても告知は当たり前なのでしょうか?
どの程度の割合の方が認知症診療において病名告知を受けておられると思いますか?

日本認知症ケア学会理事長で、東京慈恵会医科大学教授の繁田雅弘さんの著書『認知症の精神療法―アルツハイマー型認知症の人との対話』に関連する調査結果が記されていましたので、ご紹介します。

病名告知の意義
本人が病名告知を受けることにどのようなメリットがあるのか、認知症の人の家族に協力を得て調査を行った。認知症の人の家族1237人に調査票を配布し、399人から回答を得た。認知症の人の担当医は認知症の専門医と非専門医が半分ずつで、かかりつけ医が3割、かかりつけ医でない医師が7割。医師から病名を告知された人が43.9%で、告知されなかった人が53.9%だった。告知された人の家族に感想を尋ねたところ、告知をされてよかったと考えた家族は54.3%で、告知されないほうがよかったと考えた家族は9.1%であった。【繁田雅弘『認知症の精神療法―アルツハイマー型認知症の人との対話』 HOUSE出版, 2020, p78-81】
『認知症の精神療法』

この調査が行われたのは2010年ということですので、今は少し変わっているかもしれませんが、当時、告知されなかった人が53.9%ですから、半数以上の方は病名告知を受けずにケアを受けていたという状況のようですね。

なお、本人が告知されないほうがよかったと家族が思う理由の第1位は、「本人への精神的影響が強かった(50%)」という意見でした。
つまり、前回のコラム「認知症における早期診断=早期絶望にしないために必要なこと 大切な仲間の存在」でお伝えしたように、残念ながら、少なからずの人が、認知症と診断され、そのことを告知されたことが絶望へとつながってしまったのでしょう。

それでは、認知症と診断された後、求められている認知症ケアとはどのようなものなのでしょうか。
誠に僭越(せんえつ)ながらではあるのですが、2021年12月9日付朝日新聞「声」欄に掲載されました私の意見をお読み下さい。

認知症ケア 事前に知っておけば(医師 笠間 睦 三重県 63)
「どう思いますか 介護で手が出た」(11月24日)を涙しながら拝読しました。私は認知症診療に携わる医師です。私自身も親の介護を経験する中で叱ってしまい、後悔しました。叱られることにより、認知症の行動や心理症状はしばしば悪化してしまいます。
先月開催されたオンラインフォーラムでは、父が認知症になり母と一緒に在宅介護を経験したタレントのハリー杉山さんが「早い段階でもっと知識があれば、父親への接し方も違っていた」などと語っていました。また、長年、認知症診療に尽力された故長谷川和夫先生が早期教育の普及を願って書かれた絵本「だいじょうぶだよ―ぼくのおばあちゃん―」(作:長谷川和夫 絵:池田げんえい,ぱーそん書房, 2018)もとても有益です。
私は病名を伝える際、オリジナルの冊子を渡して、患者本人には認知症になっても希望があることを伝えるとともに、家族にはケアの留意点などを説明しています。認知症のケアに関しての知識を早い段階で啓発・教育することが大きな課題だと思っています。
『だいじょうぶだよ―ぼくのおばあちゃん―』

認知症のケアを考える際、認知症の人の視点に立って、その気持ちや困りごとを理解することが大切だと思います。そのために、『認知症世界の歩き方』(監修:認知症未来共創ハブほか 著:筧 裕介,ライツ社, 2021)はとても有益な本だと思います。

認知症には、記憶障害のほかにも多様な症状があります。この本には、あまり認知症の症状として知られているとはいえない「時間認知障害」についての記述もあります。

「久しぶり」という感覚がない
友人に会っても「久しぶり」という感覚がない。いつ頃に付き合いのあった友人で、最後に会ったのはいつだったのか、またそのときからどのくらい年月が経っているのかわからない。【監修:認知症未来共創ハブほか 著:筧 裕介『認知症世界の歩き方』,ライツ社, 2021,p133】

この時間認知障害に関しては、よく誤解されるのですが、時間に関する見当識障害とは異なる症状です。レビー小体病当事者である樋口直美さんが『誤作動する脳』という本の中でこの症状について詳しく語っておられますのでご紹介します。

時間の流れを考えるとき、私は、濃霧の中に一人で立っているような気がします。前に続くはずの未来も、後ろにあるはずの過去も濃い霧の中にあって見えないのです。霧の中には「ある」とわかっていますが、過去の出来事も未来の予定も自力では見えず、存在を感じることができません。いつも迷子でいるような、寄る辺のない感覚があります。
時間という一本の長いロープがあり、ロープには隙間なく思い出の写真がぶら下がっています。ロープをたぐり寄せると、写真は次々と手元に現れます。ロープには時間の目盛りがあり、人はその目盛りから一瞬でロープをたぐり、(遠くなるほど曖昧になるとはいえ)必要な記憶を自在に引っ張り出すことができます。私には、そのロープがありません。【樋口直美『誤作動する脳』 医学書院,2020,p101-102】

※レビー小体型認知症については、以下の記事をご参照ください。
「レビー小体型認知症を専門医が解説 原因や前兆、なりやすい人など」

また、最近は、私の母の経験からも、認知症ケアの一助として、高齢者と赤ちゃんの関係性に注目しています。
私の母は94歳まで開業医(内科小児科)として地域医療に情熱を燃やした人です。
けれど、少しずつ歩行困難となり、95歳の時に入院、96歳から介護施設に入所し、2023年6月に98歳になりました。「認知症にはなりたくない」と言っていた母でしたがさすがに年齢には勝てません。そんな母も満面の笑みを浮かべるときがあります。ひ孫の動画を見せたときです。

若年性アルツハイマー型認知症当事者であるさとうみきさんも著書『認知症のわたしから、10代のあなたへ 』(岩波書店, 2022)の中で認知症キッズサポーター養成講座の有益性について言及されております。
キッズサポーターが認知症の人と接することにより、普段は見られないようなイキイキとした表情が認知症の人にもたらされることがあるとのことです。

さらに、佐賀県唐津で介護事業所を開設している佐伯美智子さんは、赤ちゃんのお年寄りにもたらす好影響をケアの場に活かすため、赤ちゃんがいる介護施設「看護小規模多機能むく」を2017年4月に立ち上げました。その経緯を佐伯美智子さんが『自由を手にした女たちの生き方図鑑 振り回される人生を手放した21人のストーリー』(Rashisa出版, 2022)という本の中で、「生後3カ月の赤ちゃんを抱っこしながら介護施設を立ち上げた自由人誕生の軌跡」(同書p178-193)として、つづっておられます

『自由を手にした女たちの生き方図鑑』

介護する人と介護を受ける人との間のシンクロという点について、認知症のケアで異彩を放つ村瀨孝生さんが著書『シンクロと自由』の「はじめに」において言及されております。村瀬さんは福岡市の介護施設で施設長をされている方です。

シンクロがずれるたびに、お互いが顔を洗って出直すことになります。ぼくたちは感覚を合わせ、実感を交換しあい、合意することを諦めません。一人ひとりの実感を言葉にし、伝えあうことを諦めません。生きることに直結する行為は歩みを止めることができないので、シンクロを重ね、合意し直していくよりないからです。【村瀨孝生『シンクロと自由』医学書院,2022,p6】

認知症ケアの真髄をつくお話だと思います。
ケアで重要なのは“知る”ことよりも“受け止める”ことだということだと思います。
そして、ケアとは、介護者からの一方的なものではなく、そこにいる両者がやり取りを重ねる中で、信頼関係を育み、合意をつくっていくことが大切なのだと思います。

最後に介護の理念について熱く語る髙口光子さん(「元気がでる介護研究所」代表)からのメッセージを紹介して本稿を閉じたいと思います。

「自分一人でトイレに行こう」と思い実行することは、意思と行動がつながっているすごいことです。それを思わぬ失敗で強く叱責を受けてしまい、嫌な気持ちでその意思と行動のつながりを断念させてしまうことは、その人の笑顔を奪う行為です。トイレに自分で行こうという、お年寄りのファイトを支えるのが介護です。【髙口光子『「どうしよう!」「困った!」場面で役に立つ 認知症の人の心に届く、声のかけ方・接し方』中央法規,2023,p72】

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