アルツハイマー型認知症と「遺伝」 その原因となりやすさとは
取材/中寺暁子
両親や祖父母など身内に認知症の人がいると、自分も認知症になるのではないかと不安になるかもしれません。また、自分自身が認知症だと、子どもや孫に遺伝するのではないかと心配になるものです。認知症の中でも特に多いアルツハイマー型認知症と遺伝との関連について、川崎幸(さいわい)クリニックの杉山孝博医師に解説していただきます。
アルツハイマー型認知症と遺伝について解説してくれたのは……
- 杉山孝博(すぎやま・たかひろ)
- 川崎幸クリニック院長
1973年東京大学医学部卒業。東大病院で内科研修後、75年から川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組む。87年から同病院副院長となり、98年には川崎幸病院の外来部門を独立させた川崎幸クリニックが設立され、院長に就任。現在に至る。公益社団法人「認知症の人と家族の会」副代表理事、公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問、公益財団法人さわやか福祉財団評議員。著書に『認知症の人の心がわかる本 介護とケアに役立つ実例集』(主婦の友社)など多数。
アルツハイマー型認知症とは
認知症は脳の病気や障害などによって、認知機能が低下し、日常生活にさまざまな支障が出ている状態です。認知機能の低下を引き起こす脳の病気は「原因疾患」と呼ばれ、さまざまな種類があります。認知症の中で最も割合が多いのが、アルツハイマー型認知症です。
代表的な4種類 最も多いのがアルツハイマー型
認知症は原因疾患によってさまざまな種類がありますが、代表的なのが「アルツハイマー型認知症」「血管性認知症」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」の4種類です。
アルツハイマー型認知症は、「アミロイドβ」というタンパク質が、脳の神経細胞の外側に蓄積するほか、神経細胞内で物質移送において重要な働きをする神経原線維が変化して、異常な線維の束が出現することが原因と考えられています。初期の典型的な症状が記憶障害です。4種類の中で最も多く、認知症全体の50~60%を占めます。
血管性認知症は、脳梗塞など脳血管の病気が原因となり、障害を受けている脳の場所によって、症状が異なります。レビー小体型認知症は、脳の神経細胞に「レビー小体」というタンパク質のかたまりができることが原因となり、発症します。実際にはいないはずのものが見える「幻視」が初期からみられるほか、手足の震えなどといったパーキンソン病の症状が出現します。前頭側頭型認知症は、脳の前頭葉や側頭葉の萎縮がみられ、社会性の欠如、抑制がきかなくなる、同じ動作を繰り返すといった症状が特徴的です。
若年性認知症とは?
認知症は加齢が一因となるため、一般的には高齢者が発症しやすい病気です。しかし、65歳未満で発症する場合もあり、「若年性認知症」と呼ばれています。高齢発症の場合と同様に最も多いのはアルツハイマー型認知症です。多くの場合、現役で仕事や家事、育児をしている世代なので、発症すると生活や家族に大きな影響が出て、経済的、精神的に負担がかかる傾向があります。また、発症しても年齢的に認知症を疑いにくく、診断まで時間がかかるケースも多くあります。
遺伝が関係する「家族性アルツハイマー型認知症」
アルツハイマー型認知症の中には、遺伝が関連する「家族性アルツハイマー型認知症」があります。若年性認知症の約1割が、家族性アルツハイマー型認知症と言われています。また、両親のどちらかや兄弟姉妹がアルツハイマー型認知症の場合は、発症リスクが高くなるとみられています。遺伝が関連しない場合は「孤発性アルツハイマー型認知症」と呼ばれます。
家族性アルツハイマー型認知症は発症が早い
家族性アルツハイマー型認知症の特徴は2つあります。1つは40~60代の比較的若い世代で発症すること。もう1つは、進行が速いことです。症状は、高齢者のアルツハイマー型認知症と同様です。
家族性アルツハイマー型認知症を引き起こす遺伝子
がんなどさまざまな病気において遺伝子レベルでの解明が進む中、アルツハイマー型認知症も発症を引き起こす遺伝子の変異が明らかになってきています。
3つの原因遺伝子
アルツハイマー型認知症の一因と考えられているアミロイドβの蓄積を促す原因としては、以下の3つの遺伝子変異が認められています。
- アミロイド前駆体タンパク質(APP)
- プレセニリン1遺伝子(PSEN1)
- プレセニリン2遺伝子(PSEN2)
3つの遺伝子変異があると、アルツハイマー型認知症の発症リスクが高まると考えられます。しかし、これらの遺伝子変異があるからといって、必ずしもアルツハイマー型認知症を発症するわけではありません。
発症リスクを高める感受性遺伝子
3つの遺伝子変異とは別に、生まれつき認知症になりやすい体質の人もいます。最も代表的なのが「アポリポタンパクE(ApoE)」遺伝子です。アポリポタンパクEは、血中コレステロールの運搬に関わる遺伝子で、さらに6パターンの遺伝子型で構成されています。そのうち4型と呼ばれるものを親から受け継ぐと、アルツハイマー型認知症の発症リスクが高くなると言われています。ただし、4型があっても発症しない人、4型がなくても発症する人もいて、4型だけではなく生活習慣や環境などさまざまな要素が重なって、発症すると考えられます。
遺伝性の認知症は予防できるのか
アミロイドβの蓄積を促す3つの遺伝子変異やアポリポタンパクEの4型が見つかったからといって、遺伝子の操作ができない限り、予防はできません。
アルツハイマー型認知症は、こうした遺伝的な要因だけではなく、生活習慣などの後天的な因子も関わることで発症すると考えられます。遺伝以外に認知症の発症リスクを高めることがわかっているのが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、喫煙、運動不足などです。こうしたリスク因子については生活習慣を意識することで改善でき、認知症予防につながります。
自分の遺伝リスクを知ることはできるのか
現在、アミロイド前駆体タンパク遺伝子の変異やプレセニリン1遺伝子・プレセニリン2遺伝子の変異の有無を調べる技術はあります。これらの遺伝子変異が見つかれば、アルツハイマー型認知症の発症リスクが高くなるわけですが、一般的な検査としては実施されていません。遺伝子変異が見つかったとしても、発症を予防する方法が存在しない限り、検査をしても不安が増すだけでメリットがないためです。
アミロイドβを減らす作用がある新しい薬として、米国では2021年6月に「アデュカヌマブ」が、2023年1月に「レカネマブ」がFDA(米国食品医薬品局)で承認されています。こうした薬が将来的に日本で使用できるようになると、遺伝子検査は意義が出てくる可能性があります。しかし、これらの新薬が遺伝因子をもつ人に効果があるかどうかといったことなどを明らかにする必要があり、それが明確になるのはまだ先の話です。
遺伝リスクを発見する遺伝子検査
認知症になりやすいかどうかを知る指標の1つとして、アポリポタンパクEの遺伝子型を調べる「ApoE遺伝子検査」は、広く普及しています。血液検査で調べることができ、1万5千円~2万円程度の料金で受けられます。4型が見つかると認知症の発症リスクが高くなるわけですが、見つかったからといって必ず発症するというわけでもありません。
遺伝子検査の結果というのは、受けた人に決定的な印象を与えます。しかし、実際には多くの人にとって、アルツハイマー型認知症の発症を決定づけるような検査項目ではないのです。検査を受ける場合は、こうしたことをしっかりと説明してくれて、結果が出た後のケアもしてくれるようなカウンセリング体制が整っている施設を選ぶことをおすすめします。
【本人・家族へのアドバイス】
認知症に対して不安を募らせるのは、認知症になると何もできなくなる、といったイメージによるところもあるのではないでしょうか? 確かに進行すると家族の顔を認識できなくなったり、周りは介護で苦労したりすることがあります。しかし、いきなりそうなるわけではなく、認知症になっても仕事を続けたり、趣味を楽しんだりしている人はいます。認知症になる原因はまだ、解明されておらず、予防のための方法も確立されていません。できれば先のことを心配しすぎるよりも、認知症について理解を深め、生きがいをもって楽しく過ごすことに時間を費やしてみてはいかがでしょうか。