短期記憶障害とは? 認知症での忘れる順番 原因と対策を解説
取材/中寺暁子
認知症の代表的な症状である、記憶障害。その中でも初期にみられる傾向があるのが、短期記憶障害です。加齢による物忘れとの違いや具体的な症状、記憶をなくしていく順番について、物忘れクリニックで30年以上認知症の診療にあたってきた松本一生医師に解説していただきます。
短期記憶障害について解説してくれたのは……
- 松本一生(まつもと・いっしょう)
- 松本診療所(ものわすれクリニック)院長
1983年大阪歯科大学卒業、90年関西医科大学卒業。91年から大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。日本認知症ケア学会総務担当理事、日本老年精神医学会評議員・指導医、日本精神神経学会指導医・専門医・認知症診療医。著書に『認知症ケアのストレス対処法』(中央法規出版)など。
短期記憶障害とは
短期記憶とは、数分から数時間前の比較的短い期間保たれる記憶のことで、短期記憶が保持できなくなっている状態のことを「短期記憶障害」と言います。認知症における短期記憶障害や記憶の種類について紹介します。
認知症の短期記憶障害とは?
認知症は、さまざまな原因疾患により認知機能が低下し、これまでできていた日常生活に支障が出ている状態のことを指します。原因疾患には、アルツハイマー病、レビー小体病、脳血管障害、前頭側頭葉変性症などがあり、最も多いのがアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)です。
アルツハイマー型認知症は、短期記憶障害で発症するのが一般的です。一方で、長い期間保持されている長期記憶については維持される傾向があります。つまり、昔のことは覚えているけれど、最近のことは忘れてしまうのが、初期のアルツハイマー型認知症の特徴と言えます。
物忘れは加齢によっても増えていくものですが、それが悪化していくのが認知症です。一般的に、加齢による物忘れは体験の一部を忘れるのに対して、認知症による物忘れは体験全体(体験したこと)を忘れると言われています。認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)は、物忘れによって日常生活で多少困ることはあるけれど、十分に自立して生活できている状態で、認知症は物忘れが悪化して日常生活に支障が出て、自立して生活するのが難しくなっている状態です。
物忘れは加齢や認知症以外に、同時に複数のことを処理しなければならないような多忙なときにも起こります。「失錯(しっさく)」といって、脳が処理しきれずに一部の記憶が飛んでしまうのです。そのほか、夜中に突然起こされたときや入院中など通常とは違う環境に置かれた場合などに「せん妄」といって意識が混濁し、短期記憶が失われることがあります。こうした場合の記憶障害は一時的なものなので、認知症による症状とは異なります。
記憶の分類と認知症で忘れる順番
記憶の分類にはいくつかありますが、いつまで遡った記憶であるかという期間によって分類すると、「即時記憶」「短期記憶」「長期記憶」に分けられます。即時記憶は、数秒~数十秒ほど前の記憶です。そのほかに言葉で言い表せるかどうかで分類した「陳述記憶」「非陳述記憶」があります。陳述記憶にあたるのが「エピソード記憶」や「意味記憶」です。エピソード記憶とは、例えば「昨日映画館に行った」など、自分が体験した出来事の記憶です。意味記憶とは、例えば「東京都は日本の首都である」といった一般的な知識や常識などの記憶です。
一方、非陳述記憶は、言葉では説明することができない「手続き記憶」のことを指します。例えば、楽器の演奏や自転車の乗り方など、長年の経験や繰り返しによって獲得した技能や物事の手続きに関する記憶です。
エピソード記憶や意味記憶は脳の中でも「側頭葉内側」にある「海馬」で形成されます。アルツハイマー型認知症は、側頭葉内側が変化していくため、最初にエピソード記憶や意味記憶が失われやすくなるのです。一方、手続き記憶は大脳の深い部分にある「大脳基底核」に関わります。このため、初期のアルツハイマー型認知症では、手続き記憶は比較的保たれています。認知症の人の中には、記憶障害は進んでいるのに、ピアノの演奏については以前と変わらずにできる、といった人がいるのはこのためです。ただし、認知症が進行すると、手続き記憶も失われていきます。
まとめるとアルツハイマー型認知症の人は、記憶を保持する期間の分類では「短期記憶(あるいは即時記憶)」→「長期記憶」の順に、記憶の内容に関しては「エピソード記憶」「意味記憶」→「手続き記憶」の順に失われていくのが一般的です。
なお、パーキンソン病と同じような症状が出るレビー小体型認知症(レビー小体病)の人は、大脳基底核が変性するため、初期から手続き記憶が失われやすく、エピソード記憶や意味記憶は維持されている傾向があります。
短期記憶障害の症状と特徴
短期記憶障害の具体的な症状や、認知症における短期記憶障害の特徴について説明します。
認知症の中核症状と行動・心理症状(BPSD)
アルツハイマー型認知症の症状は、認知機能の低下による「中核症状」とそれに付随して起こる「行動・心理症状(BPSD)」に分けられます。BPSDは、中核症状や生活環境、人間関係などによって現れる症状です。症状の出方は人それぞれで、初期から症状が出る人もいれば、ほとんど症状がない人もいます。初期に頻度が高いのが、不安や焦燥感、気分の落ち込み、やる気のなさで、最近の記憶を失うことでこうした症状が引き起こされる可能性があります。中期になってくると被害妄想や昼夜逆転などの症状が出ることがあります。一方、後期になると、BPSDはなくなっていく傾向があります。
短期記憶障害の具体的な症状
典型的なのが、ついさっき食事したことを忘れることです。食後に「食事はまだか」と催促されて、家族が異変に気づくこともあります。また、今自分が話していたことも忘れてしまうので、例えば短期記憶障害がある父親が、子ども3人からそれぞれ時間をおかずに同じ質問をされると、3人に全く違う回答をするということもあります。家族としては、父親が子ども3人を区別していると誤解しがちですが、父親としては自分が話したことを忘れてしまっているので、場当たり的に対応しているだけなのです。記憶障害が出始めのころは、周囲も認知症によるものだと理解できずに、こうした誤解が生まれやすくなります。
アルツハイマー型認知症の人は、短期記憶障害だけではなく、日時や場所を正しく認識できなくなる「見当識障害」も比較的初期から出現します。正しい認識というのは、記憶があるからこそできるものです。見当識障害は「今日が何月何日かわからなくなる」というように日時を認識できなくなることから始まりますが、今日の日時というのは、短期記憶でもあります。日時の次は「自宅の近所なのに自分がいる場所がわからなくなって迷子になる」など、周りの風景の記憶がなくなって場所を認識しにくくなり、進行すると長年一緒に過ごした家族のことがわからなくなるなど、人を認識しにくくなります。つまり、記憶障害と見当識障害はそれぞれ独立した症状ではなく、関連しあっているのです。
- 【短期記憶障害の症状の例】
- ・物を置いた場所がわからなくなる
・5分前に聞いた話を思い出せない
・何度も同じことを聞く
・今日が何月何日かわからない
短期記憶障害の予防と対策
予防に取り組んだり、記憶障害があっても対策をしたりすることで、日常生活に支障をきたすことなく過ごせる場合もあります。短期記憶障害の予防と対策について紹介します。
予防のための3つのポイント
これをすれば記憶障害を予防できる、といった確立された方法はありませんが、意識したいのは、脳の血流を循環させることです。そのためにできるのが、水分補給。腎臓病などで水分摂取に制限がなければ、こまめに水分補給することが大事です。また、適度な運動も脳の血流を循環させるのに役立ちます。1日15分程度歩くと、脳内の血液循環を保てると言われています。
また、人との交流も記憶障害の予防に大きく影響します。特に一人暮らしの人は、人との交流が少なくなりがちですが、できるだけ毎日外に出る、人と話すということを意識しましょう。
記憶障害の予防として、脳トレーニングなどもありますが、大事なのは取り組む際の意識です。周りから強制されるような形で無理にやったとしても、逆効果になりかねません。自ら前向きに取り組めるのであれば、役立つ可能性はあります。
短期記憶障害の対策
短期記憶障害があったとしても、日常生活に困らなければ問題はありません。例えば短期記憶障害があると、物をどこに置いたのか忘れやすく、探し物が多くなります。そこで、例えばペンをテーブルに置いたら、頭の中で「テーブルにボールペンを置いた」など指差し確認をするのです。忘れたくないことは、頭の中で指差し確認するように意識すれば、ミスが起こりにくくなります。
短期記憶障害がある人との接し方
同じことを何度も聞かれたり、繰り返し同じ話をされたりすると、周りにいる人はイライラしてしまうものです。短期記憶障害がある人とは、どのように接すればいいのでしょうか。
事実確認をしない
物忘れが多くなると家族や周囲の人は、「今朝は何を食べたの?」「今日はどこに行ったの?」などと、本人に事実を確認する傾向があります。しかし、繰り返し確認されることは本人にとってはテストされているようで、不安になったり自信を失ったりすることがあります。家族は、自分自身が安心するためだけに質問しているのかもしれません。事実確認をしても本人の安心にはつながらない、ということを理解しましょう。
安心する声がけをする
MCIや認知症の人にとって大事なのは、本人が安心感をもって過ごすことです。たとえMCIと診断されても、本人が安心して過ごせていれば、認知症へと進みにくくなる可能性もあります。認知症を発症していても、安心して過ごせている人は、不安の中で過ごしている人よりも進行の程度がゆるやかになる傾向があります。家族や周囲の人は本人ができることに目を向けて声をかけるなど、安心できるような声がけを意識することが大切です。
認知症は早期発見が重要
短期記憶障害は加齢などでも起こりますが、悪化していくようであればMCIやアルツハイマー型認知症の初期症状である可能性もあります。現在のところ、認知症を根本的に治療できる薬はありませんが、治療によって進行を遅らせることはできます。また、早期に発見できれば家族は対応を工夫したり、環境を整えたりしやすくなります。短期記憶障害に気づいたら、早めに認知症の専門医を受診することが大切です。