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認知症の人の行方不明(4)なぜ認知症の人は行方不明になるの?(前編)

街並み、Getty Images

警察に届けられた認知症の行方不明者のうち、99%以上が1週間以内に見つかっています。近所で発見されるケースも多いのですが、「この年齢で、こんな遠くまで歩いてきたのか!」と周囲が驚くほど、遠く離れた場所で見つかるケースもあります。
認知症の人は、なぜ一人で外に出ていってしまうのか、そしてなぜ長距離を歩き続けてしまうのか。
アルツハイマー型認知症の母を持つ脳科学者の恩蔵絢子さんに、ご自身の体験も踏まえながら、行方不明の背景にある認知症の人の気持ちについて聞きました。

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認知症の母のあとをついて行って、知った「これは徘徊じゃない」

——恩蔵さんのお母さまは、65歳のときにアルツハイマー型認知症と診断されたそうですね

診断されたのは2015年です。以来ずっと、母・父・私と3人で暮らしながら、娘として、脳科学者として、生活の中で母の様子を見てきました。

——お母さまは一人で外に出ていってしまうことがあるのですか?

何度かあります。それで一度、母のあとをこっそりついて行ったことがあるのですが、イメージしていた姿とは違って、少しびっくりしました。

認知症の人が一人で歩くことは「徘徊」と言われることも多いと思うんですが、徘徊とは「目的なくうろうろ歩く」という意味です。私もなんとなく「母は何も考えず、ただただ歩き続けしまうのかな」と思っていたんです。でも私が見た母は、そうではなかった。

母は十字路に来ると立ち止まり、何度も来た道を振り返るんです。何かやりたいことがあって家を出たけれど「このまま進んでいいのかな」「どっちに行ったらいいんだろう」という不安な表情でした。

——無目的に歩いているというよりは、道に迷っているという感じですね

そうです。母は目的を持って出てきたものの「どうしたらいいんだろう」と考えながら歩いているんだと感じました。

そのあと私は母に見つかってしまったので(笑)、いっしょに家まで帰ったんですが、十字路に来るたびに私を見て「こっちでいいの?」みたいな顔で私を見るんです。

徘徊のような無目的ではなく、目的を持って外に出る
徘徊のような無目的ではなく、目的を持って外に出る

認知症の人は、診察室などでお医者さんに質問されると、家族の顔を確認してから答えることがあります。「私が理解していることは間違っていないよね」と、信頼している人の顔を見る。子どももよくやる行動です。

——不安だから、いちいち確認してしまうんですね

はい、そうだと思います。これは母の例ですが、認知症で行方不明になる人もこのように不安を抱えて歩いている人が多いのではないかと思います。子どもでも大人でも、人は不安になると信頼できる人に確かめようとするんです。

脳の中の「海馬」の委縮が道迷いを引き起こす

——そもそも、認知症の人はどうして行方不明になってしまうんでしょう

認知症の人の「道迷い」を考えるとき、2つのことを考える必要があると思っているんです。「なぜ、家を出て行ってしまうのか」ということと、「なぜ道に迷ってしまうのか」ということです。

まず、後者の「なぜ道に迷ってしまうのか」からお話しますね。

アルツハイマー型認知症の場合、先に脳の中の「海馬」という部分が萎縮する傾向があります。海馬は新しい記憶をつくることに関与していますので、家を出たにもかかわらず「何のために外に出たのか」を忘れてしまうことがあります。

目的地がわからなくなり途中で道を何度か曲がってしまうと、家に帰ろうにも家の方向もわからなくなることが多いものです。それも海馬が関係します。

海馬には「場所細胞」という細胞があり、自分が空間の中のどこに位置するかを把握しています。場所細胞などの働きで脳の中にマップが形成されて、「こういうルートでここに来た」と把握できるようになるのです。

アルツハイマー型認知症の人は海馬の萎縮によって場所細胞にもダメージが加わるので、自分がいまどこにいるかわからない、どうやって帰ればいいかわからない、という問題が起こるのではないかと考えられています。

恩蔵絢子さんのインタビューはこちらにも
『その人らしさ』とは何か。認知症の母と暮らす脳科学者の考察と希望(1)

——アルツハイマー型認知症の人は、道に迷いやすい傾向があると考えていいのですね

認知症の種類によっても違いますし、同じアルツハイマー型認知症でも個人差はあると思いますが、このような特性がある人は多いと思います。私の母もそうで、一人で家を出て道に迷ってしまったことが数回あるのですが、その時は恥ずかしくて人に聞くこともできなくて、歩きながらずっと困っていたのではないかと思います。

認知症の人が外に出ていく本当の理由は「不安」と「焦燥」

——では、もうひとつの「認知症の人はなぜ家を出ていってしまうのか」についても教えてください

実を言えば私は、「なぜ迷うのか」よりも「なぜ家を出ていくのか」の方がずっと重要だと考えているんです。

認知症の人の心の動きとして、注目してほしいのは「不安」という感情です。認知症の人は自分の記憶や行動に確信がもてなくなって不安な気持ちを抱えています。それにどうしても失敗が多くなり、身近な人に「え?」という顔をされ続けているので自信を失っています。だからこそ安心できる居場所を求めてしまったり、自分の役割を探したりしてしまうんです。でも、認知症の人にとっては、家でできることが少なくなってしまうことがありますよね。

「なぜ迷うのか」より、「なぜ出て行くのか」を考える
「なぜ迷うのか」より、「なぜ出て行くのか」を考える

たとえば私だったら、家で仕事をしたり、家事をしたり、やることはたくさんあります。でも母が今それをやろうとしたら、誰かに手伝ってもらわなければなりません。やろうと思ってもそれをうまく伝えることや覚えておくことが難しく、1人ではうまく完了させることができずに家族に仕事を奪われてしまっているのです。

本人は、何かしたい、何か役に立ちたいと思っているんです。でも家で失敗するからといって何にも挑戦させてもらえなかったりすると、何かしなくちゃいけない、何かできることがあるのではないかっていう不安や焦燥感が生まれてしまうことがあるんですね。

それで「外に出れば何かすべきことが見つかるのではないか」と考えて、外に出ていってしまうのです。

 ——不安と焦りがあるから、家にいられなくなってしまうんですね

その通りです。でも実際に外に出てみると、「なぜ外に出たのか」を忘れてしまうことがある。不安と焦りが行方不明を引き起こしているのではないでしょうか。

——びっくりするような距離を歩けるのはどうしてでしょう 

帰らなくちゃと必死だから、疲労に気づかずに歩いてしまっているのかもしれません。

健常な人にとっても、自分の体がいまどういう状態か、疲れているのかどうなのかを脳が把握するのは難しい作業です。「まだ大丈夫」と思って無理をして働いて、倒れてしまうなどのケースはよくありますよね? 認知症の人ならなおさらなのではないでしょうか。

とくに「道がわからない」とパニックになっていると、疲労を感じにくいのかもしれません。実際、私の母が行方不明になって見つかったときには、家を見つけようとして必死で歩いたからかとてもぐったりしていました。

※ 後編に続きます

恩蔵絢子さん
恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)
脳科学者。専門は自意識と感情。一緒に暮らしてきた母親が認知症になったことをきっかけに、診断から2年半、生活の中でみられる症状を記録。脳科学者として分析した『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社)を2018年に出版。認知症になっても、「その人らしさ」はずっと残っていると確信している。現在、金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学の非常勤講師。近著に『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』(中央法規)がある。

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