丹野智文さんの「そのまま」描く 映画『オレンジ・ランプ』鼎談・前編
聞き手/松浦祐子 構成/小野ヒデコ 撮影/伊ヶ崎忍
やりがいのある仕事に就き、妻と2人の娘と仲むつまじく暮らす只野晃一は、39歳の時、「若年性認知症」と診断されます。そのときからの夫婦、会社や地域の仲間らとの軌跡を描いた映画『オレンジ・ランプ』は、なかまぁる特別プロデューサーの丹野智文さん(49)の実話を基にしています。戸惑いや不安にさいなまれる晃一役に和田正人さん、妻の真央を演じたのは貫地谷しほりさんです。6月30日の公開を前に、撮影前後での心境の変化や映画の再現度について、3人で語り合いました。鼎談(ていだん)の前編です。
この映画が実話と知り、驚いた
——映画を撮影する前は「認知症」に対してどういったイメージを持たれていましたか?
和田正人さん(以下、和田) 僕らと同世代、つまり30代、40代では、まだ、実際に認知症の方と触れ合う機会は少なくて、「認知症」というと70代、80代のおじいちゃん、おばあちゃんをイメージする人が少なくないように思います。僕自身は、映画『明日の記憶』(作家・萩原浩が若年性認知症を題材に描いた同名の小説を映画化した作品)などの映像を通して、「認知症は治らないもの」であり、「最後には施設に入る」という印象を抱いていました。もっと若い世代になると、より一層、映画やドラマで描かれる“認知症像”に強く影響を受けているかもしれないと思います。
貫地谷しほりさん(以下、貫地谷) まさにそうですよね。私も、若年性認知症をテーマにした映画『私の頭の中の消しゴム』のイメージを持っていました。この映画を含めて、これまで私が見た認知症に関する映画やドラマでは、悲しい結末を迎える作品が多かったので、今回の『オレンジ・ランプ』の脚本を初めて読んだ時は、前向きな内容で驚きました。さらに驚いたのは、このお話が実話だということ!衝撃を受けました。
——主人公の只野晃一は、39歳という若さで 認知症になりました。近い年齢でいらっしゃいますが、どのように感じましたか?
和田 世の中には若くして認知症になられる方が本当にいらっしゃるんだなと思ったのが、率直な感想です。39歳はまさに「若年性」ですが、その後、色々な方と話をしていく中で、65歳未満で発症された方は若年性認知症と呼ばれることを知りました。認知症について知らなさ過ぎたことを痛感しました。おそらく、僕と同じような人は世の中に多くいるのだろうと思っています。
貫地谷 私の祖母は認知症で、今は母が介護をしているのですが、年齢も年齢なので、認知症になった事実を受け止めることはそう難しくはありませんでした。でも、働き盛りの時に、しかもまだ小さな子どもたちもいる中で突然、「認知症です」と診断されたら…。病気の症状も、程度もよくわからない中で、この先どうしていけばいいのかと、道筋を立てることすら難しかったはずです。そのときの思いは、私には計り知れないものだったので、前向きに進む晃一と真央を「ただただ、すごいな」と思いました。
「認知症を演じること」をやめた
——認知症の主人公をどのように考えて演じましたか?
和田 撮影前に丹野さんにお会いした時、認知症に対するイメージが変わりました。それまでは、過去の認知症をテーマにした作品を通して、「認知症を演じること」に焦点を絞り準備をしてきました。けれど、丹野さんの笑顔や明るさに触れたことで「認知症って何だろう?」と改めて思ったことが転機になりました。自分の中での役作りの過程を大きく覆されたというか…。そこで、僕は認知症をリアルに演じることをやめようと思いました。それより、この病気と向き合って、家族や会社の人や仲間たちと共に歩み、戦っていこうとしている1人の男性を演じるという方向に、シフトチェンジしました。
——会社の同僚や地域の人との関わりも心温まるエピソードが満載でした。どう感じましたか?
貫地谷 実は、この映画の友達や仲間の話もファンタジーのように感じていたんです。みなさんが本当に温かくて、優しいので。でも、本当の話なんですよね。
丹野智文さん(以下、丹野) はい。映画の試写会があるといえば、社長も、同僚の人たちも、仙台から東京に見に来てくれます。今もこうして会社の皆さんが応援してくれるということは、(認知症になる前の)営業時代を含め、「これまでしてきたことは間違いじゃなかったんだ」と、今、実感しています。
和田 丹野さんの周りの人たちがなぜそういった温かい行動を取れるのかをひもといて考えると、おそらく丹野さんが、当たり前のように、困った人に手を差し伸べ、心を配り、気配りをして生きてきた人なんだろうと僕は思ったんです。丹野さんが認知症になったとき、丹野さんから受けてきたものを、今後は自分たちで返していこうと。そうやって、関係性がつながっていったのではないかと想像しています。
誇張されず、「そのまま」描かれていた
——丹野さんは、ご自身がモデルとなっている映画を見られて、いかがでしたか?
丹野 「そのままだったな」と思いました。全く誇張されていなくて、貫地谷さんが演じた真央も妻そのもので、本当にびっくりしました。だからうれしかったんですよね。正直、今回の映画の話をいただいた時、「誇張されないだろうか」という懸念を抱きました。それは、今までテレビや新聞などメディアの取材を受けた時、「もっと認知症らしくしてください」と言われたり、「涙が出た」と話した内容が「布団をかぶって泣き崩れた」と書かれてしまったりしたことがあったからです。この映画の冒頭にもそうしたシーンがありますが、本当にそうやって大げさに描かれてしまうんですよね。でも今回、山国秀幸さんが書かれた脚本を読んだ時、「そのままだな」って思いました。あとは、和田さんや貫地谷さんたちがどう演じるのかなと思っていたのですが、完成した映画を見た時も、やっぱりそのままでした。それがとてもうれしかったです。
友達が言った「お前が忘れても、代わりに全部覚えている」という言葉も、本当にそのままなんですよね。その一つひとつのシーンが全部思い出され、これまでの間、本当に大変だったという思いが込み上げてきました。若年性認知症と診断されてから最初のころは毎晩泣いていたし、本当に手に油性ペンで「怒らない」って書いたし、子どもたちを殴ってしまうんじゃないかという怖さもありました。そうした様々な感情を、そのまま描いてくれたと感じています。
- 『オレンジ・ランプ』
- 公開日:6月30日(金)全国公開
企画・脚本・プロデュース・原作:山国秀幸
監督:三原光尋
企画協力:丹野智文
出演:貫地谷しほり、和田正人、伊嵜充則、山田雅人、赤間麻里子、赤井英和、
中尾ミエ
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
▼「オレンジ・ランプ」自主上映会の予約お申し込みはこちら
https://dementiavr.asahi.com/movie/movie_05/