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診察室からエールを

ヤングケアラーの孫の結婚式 コロナ禍で延期も「希望」はつながる

ひつじ

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回は、コロナ禍の影響で延期された結婚式を発端とした、女性と娘と孫のお話です。それぞれの人生が交差する中、松本先生はどんなエールを送るのでしょう。

髙橋 須磨子さん(78歳): 「私はこのままダメになっていくのだろうか:当事者の絶望」

娘との約束、孫の結婚式

高橋さん、いよいよ5月になりましたね。たしか孫の京子さんが結婚式を挙げられるのは6月でしたね。あ、そうでしたか。昨年からの新型コロナウイルスの感染拡大で、今回の挙式は6月をキャンセルしたのですか。たしかお孫さんのお相手も大阪の人で、結婚後も北大阪に住む予定でしたね。

大阪はこのところ新型コロナウイルスの変異株が流行していて大変な事態になっています。専門病院だけではなく、コロナ感染の軽症の人を受け入れていた病院でさえ、もう患者さんを新たに受け入れる余裕が全くない状況で、現在も10人に一人しか入院できないのですから。

その状況で式を1年延期したんですね。高橋さんは娘さんと約束したと言っておられましたね。お孫さんの結婚式を見届けるまでは、「しっかりとしていないといけない」と決心したんですね。

これまでボクは娘さんにもお孫さんにも何度かお会いしてきました。娘さんは市内の大きな病院で看護師長をしながら高橋さんと暮らし、お孫さんの京子さんもお母さんの代わりにヤングケアラーとして高橋さんのケアを続けてこられました。その状況で京子さんは自分の目標を失うことなくアパレルの仕事に就き、そこで知り合った人との結婚でしたね。延期されても高橋さんが元気に式に出てくれることを、きっと期待しておられますよ。

介護保険で『楽しく』と言われても

あなたが娘さんとお孫さん、同居する3人そろってうちの診療所に初めて来られた3年前のことはよく覚えています。とくに娘さんは、その時に「母の哀しみをわかってやってください」と言われました。娘さんは「私は看護師なので冷静に母の状態を見なければならないことは分かっていますが、あまりにも当人のつらさをわかってくれるところがなくて、つい声を上げたくなるんです」と言っておられました。

最初にお会いした高橋さんは、ご自身の能力の衰えを感じただけではなく、大病院の外来で診断を受けたとたんに認知症を告知され、ずいぶん自信をなくしておられました。「私はこのままだめになっていくのだろうか」とずいぶん怖かったことでしょう。その病院のケースワーカーが「介護保険の手続きをして、利用できるサービスに慣れれば、これから先も楽しくやって行けます」と情報提供してくれても、あなたや娘さん、お孫さんは「将来のケアの話をする前に、まず、今のつらさや哀しみを受け止めてほしい」、「これからどう進行していくか教えてほしい」と思い苦しんだことでしょう。

つらさを『無いこと』にしない

2000年4月に始まった介護保険制度は、世界に誇れる制度だと思います。それまでの「措置」から「保険」の制度になることで、ケアが必要になる人をみんなで支えることに加え、「家」の固定観念から女性たちが在宅ケアを一身に引き受けなければならなかったことを、「社会がみんなで受け止める」ことに転換したのですから。

その概念の元、ボクも介護の社会化に向けて医療者として協力してきました。しかし、その頃から最も気になって、今も大きな課題だと思っていることが、「当事者・家族のこころの支え」をすることに限界がある点です。認知症になっても安心していられる社会ができて、誰もが病気を理解して「特別なことではない」と安心できるようにすることと並んで、当事者になったその人の哀しみやつらさに寄り添う医療やケアのかかわりが十分に提供されることも不可欠です。認知症になったつらさを、まるでなかったことのように扱うことはできません。病気と向きあうことは人生を左右する一大事なのですから。

花と手

ボクができることには限りがありますが、長い時間をかけても認知能力自体が悪くなりにくい高橋さんのような場合には、その人生の時々の哀しみや絶望を共に乗り越えるための「希望」が絶対に必要だと思います。無事に、お孫さんが結婚式をあげるまでの日々に不安や辛いことがあったら、いつでも教えてくださいね。

今を生きるわれらの共通点

コロナ禍の私たちは、今回、京子さんが経験された結婚式の延期のように、人生の大きな決断を迫られます。廃業や失業した人も苦渋の決断を強いられます。娘さんも看護師としてコロナワクチンの集団接種の会場に派遣されるそうですね。高橋さんご自身も、良い状態で式に臨めるようにと努力しようとしてくれています。

そう、私たちがみな、悲しみや苦労の中にあっても「先につながる希望」を捨てずに今を耐える時期なのでしょう。ボクの診療は高橋さんの認知症を嘘のように改善してあげることはできなくても、あなたの気持ちを「分け取り」ながら、あなたが「次につながる希望」を持てるよう手伝いをしつづけたいと思います。

次回は「業者が何度も自宅を訪ねてくる」です。

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