地域で築いてきた関係の中で過ごす 小規模介護サービスのコロナ前と今
取材・編集/Better Care 編集部
介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載されたえりすぐりの記事とともに、なかまぁる読者のための、雑誌には載っていない情報を加えてお届けします。野田真智子Better Care編集長からのごあいさつはこちらです。
顔の見える関係の強み
静かな住宅街の二戸建て。ドアを開け、声をかけながら苙口(おろぐち)淳さんが入っていく。「今日はお客さんを連れてきたんですよ」「まあまあ、どうぞ」。同行取材の私たちを迎え入れた独居のしげ子さんは、「大正13年生まれ」とはっきりいう通り、95歳。要支援1で、長い歩行は無理だが、家の中で生活する分にはとてもその年齢には見えない元気さだ。
小規模多機能型居宅介護(小多機)の共生ホーム「よかあんべ」管理者である苙口さんは、やさしい声で会話をしながら、手早く体温や血圧などを計り、顔色や声の元気さ、動きもチェック。薬の飲み残しや不足がないかも確認する。
「しげ子さんは戦争中、看護師さんでしたよね」
「そう、陸軍病院に勤めていたの」
「関西のお生まれですね」
懐かしい思い出の会話も、しげ子さんの脳にはいい刺激だ。夫や自慢の息子の話、隣接する他市に住む娘の話など一通りきいて、「じゃ、しげ子さん、食事が届いているようですから、召し上がってくださいね」と念を押して、苙口さんは家を後にする。
その前には、市営住宅の2階に住むあや子さん(要介護2)を訪問し、昼食を届けた。ネコのために少し開けてあるドアを開き、あいさつをしながら家に入ると、台所に行って食器を出し、運んできた食事を盛りつける。できあいの弁当ぽくなく、できるだけ、家で自分でつくっていたころの食卓風景に近くするのも重要だという。
出かけているらしいネコの話、鹿児島市に勤めに行っている娘の話など、バイタルサインの数字だけではなくさりげない会話から、異変はないか、いつも通りの暮らしが継続できているかを探る。時間にして、ものの5分か10分。それでも、直接、顔を見にくる意味は大きい。
こうした多様なサービスを提供できるのも、小多機ならではの強み。「通い」「泊まり」「訪問」のほか、見守りや配食も多くの小多機で実施されている。
よかあんべと、隣接する霧島市で地域サポートセンター「よいどこい」を運営する株式会社浪漫の代表取締役社長・黒岩尚文さんは、1996年から宿泊つきデイサービス(宅老所)を運営するなかで、県よりも身近で、細かい事情を把握してくれる市町村が指定権限をもつ「地域密着サービス」に期待をもって活動してきた。小多機には、在宅でのケアマネジャーから小多機のケアマネジャーに変えなければならないとの利用者側の不満はあるものの、それによって、夜間や休日も臨機応変な対応が可能になるなど、小多機ならではの活動に大きな意味を感じている。
黒岩さんがとくに大切にしていることがある。通所や宿泊で自宅を空けがちになると、地域からその人の存在感が薄れ、忘れられてしまいかねない。
「それは避けたい。最期まで、それまで築いてきたその地域での人間関係のなかで暮らしていただきたい。その方はずっとその地元の住人さん、その地域で生きてきた生活者ですから」という。
そのために、よかあんべの利用は、車で10〜15分圏内の人に限っている。
「それ以上遠いと何かあったときにすぐに対応できないし、顔のみえる関係を地域と築けない」からだという。
ただ通えばいい、泊まればいいという場ではなく、あくまで地域密着サービスなのだ。
運営推進会議って何の場?
だが、ここで築100年の民家を借りて初めて宅老所を開いたころ、近隣の人々は遠巻きに「年寄りを集めて何をするのか」とみるだけで、ゴミを捨てさせてくれない、自治会への加入を認めてくれないなど、厳しい状況だったという。それに対し、黒岩さんや苙口さんはじめ職員たちは、誠実に、丁寧に対応してきた。
「この地域のことはよくわからなかったので、回覧板のこと、ゴミの出し方など一つひとつを教えてもらいながら、関係をつくっていきました」と苙口さん。やさしく穏やかな苙口さんの口調は、利用者にも地域住民にも信頼され、受け入れられやすいことだろう。
また、別の対応もあった。当時、声を上げながらはだしで飛び出して他人の家にも入ってしまうような症状をみせる認知症高齢者が利用していた。近隣にも迷惑をかけるので、職員たちはあいさつやおわびに回っていた。そうした関係だけではなく、もっと地域と密接な関係をもてる方法はないか。そんな模索も続いていた。
共生ホームよかあんべは、2007年、デイサービスとして開設、2013年に小多機に移行した。そこで地域の代表なども含めた運営推進会議*が大きな力になっている。
「毎年、参加人数が増えるんです」
自治会長は1年交代。しかし前年、前々年の会長も、代々参加し続けている。開所1年後の2008年には、民生児童委員、福祉アドバイザー、認知症サポーターなど運営推進会議のメンバーと一緒に職員が実際に歩き、地域のマップづくりをした。
WAM(ワム/独立行政法人福祉医療機構)の助成金を得て、結果を印刷し、加治木地域の全戸に配付した。地図には地域の公民館や学校などのほか、クリニックや商店も記載。欄外には役場、地域包括支援センター、社会福祉協議会の連絡先のほか、それぞれが家族・医療機関・友人・生活サービスなどの連絡先を記入できる欄も設けた。
運営推進会議は、テーマによって固定の参加者のほかにもどんどん増える。利用者・家族、加治木包括支援センター職員や高校・病院・看護学校などの関係者、自治会・長寿会・子ども会代表、消防方面隊長・市職員などなど。テーマはもはや、高齢者や介護施設の問題にとどまらず、地域全体を扱うことも多い。
「夏祭りは、よかあんべの庭でしていたらウチの関係者以外はきにくい。でも、地域全体の夏祭りにしたら、みんなが参加できる」と、地域に伝わる子どもたちの伝統行事「六月灯」も組み入れた夏祭りを、2018年から始めた。
また2015年からは、ゴミ拾い活動にゲーム性を取り入れた画期的なイベント「加治木ビューティフル作戦!」を開始。参加者は5人ほどのグループで、決められたエリアを回って燃えるゴミ、燃えないゴミ、たばこの吸い殻を集めて回る。
さらに途中、他のチームと出会うとハイタッチをして名刺交換などいくつかのルールがあり、最終的にそれぞれのゴミの量や交換した名刺など5項目で点数を競う。このところ参加者は150人ほど、集めたゴミは80キログラム(!)にもなっている。
しかもこの運営推進会議、なんと毎月1回公民館を借りて開いている。公民館でないと入りきれないほどの人が集まるのだ。地域のことはこの会議に出ればわかる、と多くの住民が考えているのだろう。
*各地域密着型サービス事業所が、サービスの質の確保を図ることを目的として設置。利用者、市町村職員、地域の代表者などに対し、提供しているサービス内容などを明らかにすることにより、事業所による利用者の「抱え込み」を防止し、地域に開かれたサービスを目指す
労働のもたらす誇り
利用開始時には元気だった利用者も、5年、10年と利用期間が長くなれば年をとり、だんだん、認知症状が出始めるなど体調も悪化してくる。よかあんべでは、基本的に、ここでみとりを、本人や家族の希望によって自宅に帰して訪問を続けるなどをする。「元気なうちにお出会いして、最期まで」というのが、よかあんべの考えるケアの提供の仕方。
「ですから、おみとりが近くなってからの利用開始のご要望には応えられません。長い時間をかけてご本人ともご家族とも、気持ちを通わせ、考え方をすり合わせて理解しあってきています。それがあるから、最期もとくに問題が起きることもなく、穏やかな最期を迎えていただいています」と黒岩さん。
実は、先に挙げた夏祭りにも、「ビューティフル作戦!」にも、隠された目的がある。もちろん、地域の人々によかあんべと活動を知ってほしいという意図はある。それ以上に大切なのが、「利用している本人さんたちを、地域の人に知っていてほしい。名前で呼びかけたり、道で会ったらあいさつしたりという関係を築いていきたい」という目的。だから、ゴミ拾いでもハイタッチしたり名刺交換をしたりして、顔と名前を覚えてもらう工夫を組み込んでいる。
さらに、名前を呼ばれたり、あいさつを受けたりすることは、利用者本人の「自分自身の存在の確認」となり、生きがいにもつながると、黒岩さんたちは信じているからだ。
2019年1月から、準備に1年半以上かけた新しい試みがスタートした。介護保険施設として全国初の、宅配便のヤマト運輸株式会社との提携。通いの時間帯に利用者がメール便を配達する。「メール便は宅配便のように直接手渡しせずポストに配達するので、認知症の人でも問題が起きにくいと判断され、ようやく実現できました」という。
DAYS BLG! などの先駆的活動で、厚生労働省も「通所サービス利用時間中の利用者の労働(ボランティア)に対する対価(謝礼)を受け取っていい」という通知を出した。いま、利用者の岩城厚弘さんと川原多喜子さんが週に3日、1回に10〜15件程度の配達を受け持ち、職員が見守りのために付き添う。配達終了ごとにデジタル機器を操作して記録する。
1件25円の委託費は全額岩城さんたちに支払われ、月に約3000円程度の謝礼。歩くことで健康にもいいが、何よりも「クロネコヤマト」の制服を着て歩くので、周囲からも仕事中として見られ、「ご苦労様です」などの声かけもある。機器を操作することでも達成感を得られ、働いている実感があり、生きがいを感じられるようだ。
「周囲の人から見える場で働くことが大切です」と黒岩さん。これからも、多様な働く場に関して考えていきたいという。
いま、介護サービス従事者の人手不足の問題は大きい。よかあんべでは、ベトナムからの技能実習生1人を受け入れている。安易に人材不足解消のために海外からの人材を受け入れるという考え方には、黒岩さんは違和感があるという。だが、日本で地域包括ケアや認知症ケアについてしっかり学んでもらうのは、双方の国にとってメリットがあるとも思っているという。だから、日本とベトナム企業とのマッチングや、ベトナム人に日本の文化や介護技術を伝える役割を果たすよう、ベトナムの日本語学校に職員を1人送り出している。「それによって、日本の若い世代が介護の仕事に誇りややりがいをもってもらいたい」と願っている。
介護を介護保険制度のなかに閉じ込めず、人と人が出会い、信頼しあい、時間をかけて暮らしの場面を地域として形成していくという「生きること」そのものにかかわる大きな仕事だと、熱い思いでとらえている黒岩さん。その黒岩さんを尊敬し、信頼し、追いかける苙口さん。この2人の出会いは、よかあんべや株式会社浪漫の仕事に結実し、若い人に引き継がれていこうとしている。自分の住む地域にこんな事業所がほしい、と願う人は多いはずだ。だが、自分では何もせず待っているだけでいいのかと、黒岩さんたちに叱られそうな気がする。
【小規模多機能型居宅介護・介護予防小規模多機能型居宅介護】
共生ホーム よかあんべ
〒899-5231 鹿児島県姶良市加治木町反土2378
TEL:0995-62-5820
地域サポートセンター よいどこい
〒899-4346 鹿児島県霧島市国分府中町17-8
TEL:0995-48-8877
運営会社:株式会社浪漫
※「Better Care」86号(2020年1月末発行)の特集「老いに寄りそい 地元に根を下ろす」として掲載した記事です
- その後の「よかあんべ」
- 2020年、2021年は、新型コロナウイルスの流行に蹂躙(じゅうりん)された年でした。「よかあんべ」を取材させていただいたのは2019年初冬、掲載が2020年1月末発行の「Better Care」86号です。
その間よかあんべにも、ご利用者さんたちにもいろいろな変化が押し寄せました。
今回の追加取材に応じてくれた苙口淳さんとは、2年前の取材時もご利用者さん宅への訪問に同行取材でご一緒しました。
よかあんべのある地域も、感染者が出て休止を余儀なくされた介護施設もあったようですが、幸い株式会社浪漫の2事業所とも活動を続けてきています。さらに「よいどこい」のある霧島市では地域密着型施設と市が協定を結び、必要になった場合には事業所間で職員を派遣しあって助け合う仕組みをつくったそうです。また、看護職員が地域の事業所に出向き、PPE(個人用防護具)の着脱などの研修を行ってきました。姶良(あいら)市にあるよかあんべでも、事業継続計画策定にあたり、濃厚接触者や感染者が出た場合の対応を組み込んではいますが、実際に発生した場合計画通りに行くかどうか不安はあるといいます。
新型コロナによる直接の影響ではないものの、利用者さんたちの「働く場」「働く機会」の確保に関して、この間大きな変化がありました。
長い準備期間をかけてようやく実現したヤマト運輸株式会社とのコラボでしたが、現在は先方の都合でこの事業そのものが実施できなくなりました。
代わって2年ほど前から始まっているのが「積み木プロジェクト」。姶良市内の建設会社・株式会社アイランドホームの協力を得て、建築廃材を無償で譲り受け、それを霧島市の県立隼人(はやと)工業高校の生徒が製材。その後よかあんべでは、利用者がサンドペーペーなどで滑らかに加工して子ども用の積み木をつくります。それを、地域の幼稚園や保育園にプレゼント。認知症のある方も、自分のできる作業に参加しています。
「アイランドホームさんとつながりのある熊本の保育園にも届けて、ちょうどいまオンラインでつながって、園児とウチのご利用者が交流をしているところです」と苙口さん。
昨年、一昨年の豪雨災害のあとには、近隣地域はもちろん、鹿児島県内各地の保育園、幼稚園にも積み木を贈って喜ばれたといいます。
「本当でしたら、ご利用者さんと一緒に先方を訪ねて直接手渡したいところです。第4波と第5波の間の時期に交流できたところもありました。今後も時期をみて交流をはかれるようにしたいです」
本原稿でお伝えした配食サービスや「加治木ビューティフル作戦!」も、十分な注意を払いながら途切れることなく継続中です。「ビューティフル作戦!」では、「公益財団法人 風に立つライオン基金」に所属する医師のアドバイスを受けて、参加総人数、グループ人数などを少なくし、またマスクやたばこなどのゴミの処理のしかたなども工夫して感染対策を行い、活動を継続しています。
「あいにく今年は当日雨が降り、市長のあいさつも予定していたのに中止となって残念でした」と、苙口さんは話しています。
運営推進会議も相変わらず毎月1回、20人弱で継続中。感染状況の厳しいときには文書での開催もあったものの、おおむね公民館の庭にテントを張って開催。昨年12月は久しぶりの公民館室内での会議となったそうです。
よかあんべは地域密着の強みを最大限に発揮して、利用者が住み慣れた地域の住民として最期まで生きられる支援を続けています。
※2021年12月23日取材