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診察室からエールを

20年の闘病を経て旅立った当事者 認知症治療者として教えられたこと

虎

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回は、若年性アルツハイマー型認知症と診断された後も、積極的に講演などの発信活動をおこなってきた男性のお話です。男性の生き様から、松本先生はどんなエールを受けとってきたのでしょうか。

山本 和彦さん(享年78歳): それでも生きていく私

20年間の闘病

山本和彦さん(仮名)、先日、送っていただいた、ある認知症家族会の会報に掲載されていた訃報(ふほう)から、あなたが昨年の秋、20年におよぶ闘病を終え78歳で旅立たれたことを知りました。あなたとボクの関係は認知症当事者と担当医という普通の関係ではありませんでしたね。あなたは当時、声を上げ始めた認知症当事者としてマスコミの取材を受け、後に続く人々に道をつけるために、本当に精いっぱい発言してきました。

確か大学病院で若年性アルツハイマー型認知症と診断されたのでしたね。その後も講演を行い、家族会の総会に来て発言するといった積極的な役割を果たしておられました。ボクもその当時、認知症当事者のための「本人ネットワーク」の担当をし始めて、何度もお会いする機会がありました。認知症と診断された後も希望を失うことなく意見を言い続けた姿に、こちらが力づけられたものでした。

自分が病気と向きあう姿を信じて

あなたはお会いするたびに言っていましたね。「先生、私は認知症との診断を受けてショックでしたが、その後、自分が病名に負けてしまうのではなく、たとえアルツハイマー型認知症であったとしても、自分なりの病気との向き合いをすることにしました」、と。

最初はどういう意味か分からなかったのですが、その後、何度かお会いしているうちに、たとえ診断が覆ることはなくても、あなたが病気と向きあう姿を「山本独自の(悪くならない)アルツハイマー」と自分自身でイメージすることで、病名に負けてのみ込まれていく自分にあらがおうとしていたことに気づきました。

ボクは医師としてあなたの病気がアルツハイマー型認知症であることを確認すれば、「山本さんのこの先はだいたいこういう経過を取るだろう」と専門医としての経験と知識から予想しましたが、そんなありきたりの医学的な一般常識を超えて、あなたはどうすれば自分らしい病気との向き合い方ができるのかを常に考えていたのですね。そこにあったのは「あくまで主体となるのは自分だ」という勇気ある姿勢に他なりませんでした。

当事者からの励まし

自分自身に対して決して受動的にならなかったあなたですが、同時に医師であるボクに対しても、心強いアドバイスをいつもくれたことをボクは生涯忘れません。多くの認知症当事者は「患者さん」としてボクのような医師の前に来れば、「先生、この病気を何とかしてください。悪くならないように手助けしてください」と言われます。それは当たり前のことです。難しい病気であることは誰もがわかっている認知症ですが、どうすればより悪化することなく安定して良い状態が保てるか、専門医を求めてくるのがあたりまえの姿ですから。

灯台

でも、あなたはそういった面でもほかの人々とは異なっていました。ボクの記憶にある限り、あなたから「何とかしてください」という言葉をボクは聞いたことがありませんでした。むしろお会いするたびに「今の医療ではボクのような病気の人を完全に治すことができないことがわかっています」、「だから先生は医師としてボクを治せないことを気にする必要はありません」「こうして会うたびに話ができて、自分のこころを伝えることができる相手として、先生のような医師がいてくれることが私たちの励みになります」と、あなたはいつもあなたを完全に治療する朗報を伝えられないでいるボクを励ましてくれました。今でも認知症は完治しません。でも、あの時に山本さんが「治せない医者でも、つき合ってくれることに価値がある」と言ってくれたからこそ、ボクはこうして30年にわたる認知症治療者としての自分の立ち位置を見失うことなく過ごしてきました。

それでも生きていく私

多くの病気は今でも簡単には治りません。「どうしてこんな病気になったのだろう」と自らを嘆き、社会から引きこもってしまう人が絶えないのも事実です。しかしボクは山本さんと出会うことで、「それでも生きていく自分」というものを見続けることが人間にはできるのだということを知りました。

ボクらは小さな存在で、その人生も一瞬のように過ぎてしまいます。ボク自身が自らのこれまでを振り返っても、何を成し遂げたのかよりも、何を成し遂げられなかったかを数えるほうが多いこの人生です。でも、簡単ではない病と向きあった山本さんが、それでも諦めなかった姿をボクに見せ続けてくれたように、ボクもまた認知症当事者が「私はそれでも生きる」と言ってくれるよう力づける医者でありますように。

※ 「診察室からエールを」は今回でいったん終了し、4月から同じく松本一生先生による新連載として再スタートする予定です

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