認知症とともにあるウェブメディア

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取材する側の葛藤、受ける側の警戒心 メディアと認知症カフェを考える

締めは、恒例となったパネリスト全員での記念撮影です

10月18日(日)、第4回「認知症カフェこれから会議」オンラインシンポジウムが開催されました。直接・間接的に認知症カフェを運営・主催する側の人たちが対話してきたこれまでと違い、今回集まったのは認知症カフェについて客観的な視点を持つ4名の「メディア」関係者です。そしてこれまでモデレーターとして参加してきた私(コスガ聡一・本稿著者)と司会の冨岡史穂さん(「なかまぁる」編集長)も当事者性があるため、「第3の司会」として丹野智文さんが加わりました。多様な参加者が様々な角度から認知症カフェを語り合い、その魅力を再発見するという狙いを超えて、取材する側とされる側がそれぞれの葛藤を語り合うという、まさに新しいコンセンサスを模索する内容となりました。

パネリスト

・斉藤直子さん(フリーライター。週刊『女性セブン』(小学館)で「伴走介護」を連載中)
佐治真規子さん(ディレクター。NHKラジオ深夜便「認知症カフェ」担当)
・濱田研吾さん(ライター。パルシステムの情報誌『のんびる』で認知症カフェを取材)
・細川大地さん(テレビディレクター。石川テレビ「認め合う幸せ」制作)

私はこうして認知症カフェと出会った

オンラインシンポジウムは、それぞれが認知症カフェとの出会いとその印象について語り合うことから始まりました。
2年以上にわたり介護と高齢社会に関する連載を週刊誌上で続けているフリーライターの斉藤直子さんは、その情報収集活動の一環として私の講演を聴き、認知症カフェを認識するようになったそうです。

その後3ヶ所のカフェを取材した斉藤さんは「認知症の人や高齢者は『支えられる側の人』というイメージだったが、カフェに来る人は提供されるサービスを受け取るだけでなく、意欲的に集まってきていた」ことを面白く感じたと語りました。なお認知症の診断を受けている母親を持つ斉藤さんは、このとき訪れた「オレンジカフェKIMAMA」(東京都世田谷区。第1回「これから会議」に登壇した岩瀬はるみさんが代表を務める)に親子3代で参加するようになり、「コッシーのカフェ散歩」の該当回にも登場しています。

NHKラジオ深夜便で「認知症カフェ」というトークコーナーを担当するディレクターの佐治真規子さんは、今回の登壇者の中では「主催者」にも近い立場。もともと喫茶店のオーナーになりたかったという自身の夢を語りつつ、2017年7月の番組ゲスト・竹内弘道さんが開く「Dカフェ・ラミヨ」(東京都目黒区)を訪れた際の印象として「その人がその人のままでいい場所」だと感じたと述べました。国内屈指の理論と実践を誇る竹内さんのカフェで「哲学的な体験をした」という言葉は、認知症カフェの魅力の一面をよく表しているといえるでしょう。

コミュニティ活動の「大河の流れ」

消費生活協同組合・パルシステムの会員向け情報誌『のんびる』でライターを務める濱田研吾さんは、食と農、平和、障がい、子育て・学習支援、震災復興、そして介護・福祉などをテーマに取材してきました。10年前には前述の岩瀬はるみさんが自宅で開催する「コミュニティカフェKIMAMA」を記事に取り上げ、そこからケアラーズカフェ、認知症カフェが始まっていく過程を追い続けてきて、地域課題や社会問題を自分事としてとらえる人々がコミュニティ活動を発展させてきた経緯を「大河の流れのように」と感じていると語りました。

石川テレビのディレクターだった細川大地さん(今年9月、編成部門に異動)は、市役所で「金沢市若年性認知症カフェ もの忘れが気になるみんなのHaunt」(石川県金沢市。第1回「これから会議」に登壇した道岸奈緒美さんが代表を務める)のチラシを見つけたことがカフェとの出会いになりました。ニュース番組内で取り上げるために取材したところ、認知症の本人が会話したり楽器を演奏したりする場面に接し、「それまで持っていた認知症の人のイメージが大きく変わる経験をした」そうです。その後、若年性認知症の人々のことやカフェのことをもっと多くの県民にも知ってほしいという思いから、あらためてドキュメンタリー番組『認め合う幸せ』を制作しました。石川県だけでなく系列テレビ局でも順次放送され、全国から反響が届いているそうです。 

はたして取材は歓迎されているのか?

その後は取材で気を付けていることについて話が進みました。「ひきこもりをテーマにした取材のとき当事者の方に大変警戒されたことがある。丁寧に説明するようにしている」(濱田さん)、「はじめはNGだった人も継続して話を聞くうちにOKになることもある」(細川さん)、などとそれぞれの経験が語られるなか、丹野さんが次のように切り出しました。

「取材をする人たちが悪いというわけではなく、そのあとにネットなどでバンバン批判が来る。『こんなの認知症じゃない』とか『5年後はどうせ寝たきりになっている』とか。だから本人たちは取材を受けるときに気を付けたいと思っている」。

これはまさに取材される側の人だからこそ見える世界といえるでしょう。不意を突かれた私は「正当ではない批判が当事者の方に寄せられていること自体を伝えていくしかない」と、煮え切らない発言しかできませんでした。いま記事を書きながら、せめてここは「正当ではない批判」ではなく「不当な中傷」と言い切るべきだったと後悔しています。
Facebookグループのチャット欄には、メディアの責任について触れる意見が多く寄せられました。「これまで認知症や介護のネガティブなイメージを作ってきたのはメディアではないか」という書き込みには、新聞記者でもある『なかまぁる』編集長・冨岡さんは「しっかり引き受けなければならない批判だ」としたうえで、「しかし、ネガティブな面をまったく報じないとすれば、それはメディアの役割を十分に果たしていることになるのか葛藤もある」と述べました。そのうえで冨岡さんが「認知症を自分事としてとらえる人の輪を社会に広げる」という『なかまぁる』の哲学を語る場面があるので、ぜひ動画でご覧いただければと思います。

「安心して取材を受けられる」ためには

認知症の本人が集い語り合う「おれんじドア」(宮城県仙台市)の代表を務める丹野さんは、これまでその場の取材をすべて断ってきました。その理由について「『おれんじドア』は不安を持った当事者が来るところだから、カメラなんか向けたら絶対に安心して来られない。だから一切メディアを入れない。テレビも入れない。写真も撮らない」と述べました。その背景には丹野さん自身が言ってもいないことを書かれたり、「認知症らしい」シーンの撮影を要求されたりした経験があり、メディアに怖さを感じる理由になっているそうです。

ただ今回のディスカッションで、細川さんが「みんなのHaunt」以外のカフェにも足を運ぶなかで、家族の愚痴大会のようになって本人が入れる雰囲気ではないカフェもあることに問題意識を持ったと話したり、メディアで働く人の中にもまだ認知症への偏見あるけれど継続的に発信を続けることでなくしていきたいと佐治さんが語ったりする様子を目の当たりにして、丹野さんからは「(きょうパネリストになっている)みなさんの取材だったら受けてもいいかなと思うくらい、いい記者さんなのだと思った」という発言が飛び出しました。

もし今回の対話を経て、取材される側のひとりである丹野さんから少しでも信頼を得ることができたなら、取材する側のひとりとして私はうれしく思います。しかし決して慢心せず、濱田さんのいうようにできる限り丁寧な説明を心掛け、斉藤さんのいうようにセンセーショナルでなくてもいいから発信し続ける姿勢を大切にしなければなりません。

また、「発信し続ける」ということに関しては、著書や講演、メディアを通じてなどあらゆる機会に「わたしたちの選択肢を奪わないでほしい」と訴え続けてきた丹野さんに私たちが学ぶべきところは大きいでしょう。大事なことは何度でも言い続けるという姿勢はまさにジャーナリスティックだといえます。

葛藤の共有から信頼を築く

取材する側とされる側の関係は、和解的であればいいというものではありませんが、信頼関係の構築を目指す必要がないわけでもありません。悩みや葛藤が双方にあるということを語り合うことは無意味ではないでしょう。それこそコミュニケーションであり、新しいコンセンサスの土台であると信じます。そういう意味で今回の「認知症カフェこれから会議」は、実に当初のコンセプトに近い内容になったのではないかと手応えを感じています。

次回「認知症カフェこれから会議」は、認知症とともにある「本人」の回となる予定です。下記Facebookグループに参加(無料)すると、これまで開催されたオンラインシンポジウムも含めどなたでも視聴することができます。多くの方のご参加をお待ちしています。

フェイスブック「【認知症カフェ】これから会議withなかまぁる」グループページ
https://www.facebook.com/groups/2547079192271314/

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