ストレス軽減効果も! イギリスから来た「認知症マフ」は手も心も柔らかく
朝日新聞大阪編集局記者・河合真美江
イギリスで、認知症高齢者のケアのために筒状のニット製品が使われています。カラフルで、ボタンやリボン、毛糸のポンポンが筒の内外を彩ります。手を入れるとふんわりあったかい。飾りを触って楽しみ、ホッと落ち着くといいます。日本でも広めようという動きが出てきました。
英国での出会い 病院や施設で認知症ケアのために活用
朝日新聞厚生文化事業団大阪事務所の山本雅彦所長(64)は2016年、認知症に優しい地域作りの視察でイギリスを訪れ、ロンドンやブラッドフォードでこのニット製品に出会いました。「twiddle muff(手でいじる筒状防寒具)」といいます。
発祥時期は定かではないのですが、病院や高齢者施設で「認知症ケアのため数年前から使っている」と聞きました。「行動が落ち着いて、点滴の針を抜く行為が止まった」という報告もあるそうです。
オックスフォード大学病院にはボランティア団体から贈られたマフがあり、看護師の判断で認知症高齢者に渡しています。在庫がなくなると、地元紙で募集するといいます。
日本でもワークショップ 賛同の輪が広がる
認知症ケアの助けになる上、マフを作る人や地域での認知症への理解が進むのではないか。山本所長たちはそう考え、4年前から日本でマフ作りのワークショップを開いてきました。そこから、賛同する人たちの活動が広がっています。
大阪府の四條畷市社会福祉協議会は昨年9月、普及活動を始めました。コロナ禍の中でスタートしたボランティア活動の一環で、ボランティアが作ったマフ約170個を市内の高齢者施設や病院、認知症のグループホームなど計16カ所と自宅での介護者に配りました。
ほっこりマフ なごみマフ 呼び名はいろいろ
「認知症高齢者に渡したら落ち着いた」といった報告を介護者や病院の看護師から受けました。「家族や支える側の支援にもなる」と四條畷市社会福祉協議会。みんながほっこりするようにとの願いをこめ、「ほっこりマフ」と呼んでいるそうです。
大阪市のボランティアグループ「天王寺区オレンジキャラバンの会」は「なごみマフ」と呼んでいます。昨年から月2回、ワークショップを開いてきました。コロナ禍の中、80代、90代のボランティアも自宅でマフ作りをしてくれました。家庭にあった毛糸を「使って~」と言ってくれた人もいます。「人の役に立てて、作る側も元気になります。自宅でもできる社会貢献ですね」と代表で介護福祉士の西村由紀子さん(51)は言います。西村さん自身は「編み物が苦手なので、毛糸のポンポンや飾りを作っていますよ」と明るく笑います。
「夏だとマフは暑苦しそうと思われるかもしれませんが、高齢者は年中指先が冷たくなりがちだし、冷房の利いた部屋ではなおさらマフは喜ばれます」。そう話す西村さんの夢はオーダーメイドのマフです。使う人の好きな色で、思い出のボタンや飾りをつけて、その人の記憶を呼び覚ますようなマフを作りたいと考えているそうです。
作る人も編むことでリラックスし、心を解放
各地のワークショップで講師を務めるニット作家の能勢マユミさん(58)は「イギリスは編み物文化が根づいている。そこで生まれ、受け入れられたのはよくわかる」と言います。「編むことはリラックスし、心が解放される行為です。誰かの役に立つことで、作る人も心が癒やされるでしょう」と話しています。
能勢さんがマフにかかわり始めた理由の一つは、義母の病気でした。義母は難病の治療中、ミトンのような拘束具を着けることがあったそうです。その姿を見て、胸が痛みました。拘束具を着ける認知症高齢者の姿が重なったのでした。
「大切な人の心がマフで少しでも落ち着くのならと、まず家族のために編むのもいいのではないでしょうか」
マフはかぎ針編みや棒編みのほか、指編みでも作れます。腹巻きやレッグウォーマーをリメイクして飾りをつけるなど、編み物が苦手な人でもトライできるように、能勢さんは工夫を重ねています。
温かい色、柔らかい手触り 安心感につながるのでは
病院での治療中、安全管理のために余儀なくおこなわれる身体拘束を減らそうと、マフを活用する動きもあります。
山形県の鶴岡市立荘内病院では認知症看護認定看護師の富樫千代美さん(52)らが昨年末から、認知症高齢者にマフを着けてもらって点滴やカテーテルから注意をそらし、拘束具をつける時間を短くしているそうです。すでに28人が使いました。
拘束を外してマフを使い、楽しみや怒りといった感情の評価尺度の調査をすると、おおむね前向きな感情が引き出されることがわかったといいます。「温かい色、柔らかい手触りでいい刺激がもたらされ、安心感につながるのでは」と富樫さんはみています。
思い出が呼び覚まされて、語り始める人も
認知症高齢者にマフはどう影響を与えるのでしょうか。関西医科大准教授で作業療法士の三木恵美さん(47)は昨年末、マフの使用で心身のストレスが軽減されるのか調査し、結果を今年9月16~18日に京都で開かれた日本作業療法学会で発表しました。
対象は日常生活で会話ができる軽度の認知症で65歳以上の18人(女性15人、男性3人)。平均年齢は84.4歳でした。
椅子に20分間座ってマフを触ってもらい、ストレス度をはかる唾液(だえき)アミラーゼと、不安や緊張、元気いっぱいといった40項目の気分調査票で前後の変化をみてみました。統計学的に有意ではないものの、ストレスは減る傾向にありました。
三木さんが驚いたのは、マフに触れながら話し始める人が何人もいたことでした。「母が靴下の編み方を教えてくれた」「息子にセーターを編んだ」と自ら語り出したのです。
「肌触りのよさに刺激され、思い出が呼び覚まされるのですね。ふわふわした物や毛糸にまつわるいい思い出がある人には、いい影響を与えるのではないでしょうか」
マフを手渡すだけでなく、話し相手になることでより効果を高められるのではないか、と三木さんはみています。
※この記事は2022年9月28日にReライフ.netに掲載されたものを転載しました。