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誰もが旅を楽しめるように 世界の空港で広がる「ひまわり支援ストラップ」

羽田空港の案内カウンターで配布されている「ひまわり支援ストラップ」
羽田空港の案内カウンターで配布されている「ひまわり支援ストラップ」

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。

認知症の人を支援するなかでよく使われる言葉に「認知症になっても、これまでどおりの暮らしを続ける……」というのがあります。私に当てはめるとこれはさしずめ「旅行」や「外食」になるでしょうか。羽田空港では認知症の人を含めて知的障害や精神障害など、外見から障害の有無を判断できない旅行者が空港を利用するときの取り組みとして、施設内の誘導や支援を受けやすい環境を作る「ひまわり支援ストラップ」を配布しています。同時に「カームダウン・クールダウンスペース」と呼ぶ、静かな環境を一時的に提供するブースも設置しました。ひまわり支援ストラップは英国のガトウィック空港が発祥で、いまではアメリカやカナダなど世界の約200空港に利用が広がっています。ストラップ導入の経緯や実際に羽田空港でどのように使われているのかを取材しました。

ひまわり支援ストラップ
ひまわり支援ストラップ

羽田空港でのひまわり支援ストラップの配布は2022年3月から始まりました。ひまわり支援ストラップを着用することによって、支援や配慮が必要だということを周囲の人々に伝え、それを見た空港職員が支援を必要と判断したときに、速やかに支援できる態勢づくりを目指しています。同空港内第1ターミナル2階南案内カウンターなど8カ所(メモ参照)で配布されています。事前予約は必要ありませんし、料金も無料です。羽田空港第1・第2ターミナルを建設、管理・運営する日本空港ビルデングによると、障害がある人や介護する人は移動時にはホームページなどで事前にアクセス方法を入念に調べる人が多いため、ホームページでの周知を行っているそうです。

ストラップの配布と同時に発達障害や知的障害、精神障害のある人たちが、人混みや騒音など日常と違う環境が原因で感情が高ぶるなどのパニックを未然に防ぐために利用してもらう「小部屋」とも言える「カームダウン・クールダウンスペース」も国内線の保安検査場を過ぎた場所に設置しました。幅1.55メートル、奥行き1.15メートルで内側は藍色の布地で覆われています。私も中に入ってみたところ、空港のざわついた感じが遮断された空間になっていました。

カームダウン・クールダウンスペース。壁の後ろが保安検査場
カームダウン・クールダウンスペース。壁の後ろが保安検査場
カームダウン・クールダウンスペースの内部
カームダウン・クールダウンスペースの内部

実際、ストラップはどんな人が受け取っているのでしょうか。受取時のアンケート調査に障害の種類を記入する項目はありませんが、案内カウンターの担当者は「発達障害の人が多い印象があります」と話していました。認知症の人への配布は10件で、そのうちの1件は奥さんが「認知症の夫に持たせたい」と言って取りに来たケースで、全体的に見ても介護者が取りに来るケースが多いということでした。

ストラップを着用しているからといって空港側としては積極的に声をかけることはありません。声かけが逆にパニックを誘発することもあり得るので、「基本的に見守る」のだそうです。障害の特徴やその対応方法などを知る研修も行っていて、これまでに店舗のスタッフや警備員も含めて対面、オンライン合わせて256名が参加しています。日本空港ビルデングの清水美花さんは「空港は(日常的な)他の交通機関と違う特別な場所なので、普段起こらないようなパニックが起きやすいかもしれません。なかでも保安検査場が一番の関門で、健常者でもドキドキする場所です。金属探知機でアラームが鳴ったり体を触られたりなど、パニックを誘発させる要素が多いと思います。ストラップを着用した人が現れたら、職員は『何かしてあげよう』ではなく、『この人には時間をかけて温かく見守ってあげよう』、という考えが芽生えればいいなと思っています」と話していました。

日本でひまわり支援ストラップの活用を検討してトライアルを実施しているのは、中央大学研究開発機構教授で高齢者や障害者の空港利用のユニバーサルデザインを長年にわたって調査・研究している秋山哲男さんと同機構准教授の丹羽菜生さんや、公共交通機関のバリアフリー化を推進する公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団(エコモ財団)の竹島恵子さんらのグループです。秋山さんは東京五輪・パラリンピックの開催に向けて2016年から政府(内閣官房)が主催する「ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議」の「街づくり分科会」で座長を務めていました。秋山さんと丹羽さんは、2018年に選手団を受け入れる成田空港の関係者や視覚障害者、車いすで建築設計に関わっている人たちと一緒に海外の事例を調査するため、ヒースロー(英国)、ダブリン(アイルランド)、コペンハーゲン(デンマーク)やサンフランシスコ(米国)、ロサンゼルス(同)などの空港を視察しました。

「エレベーターやトイレなどのハード面では日本の空港は世界トップクラス。しかし人的支援、ソフト面でまだまだ足らない部分が多く、5点満点で欧米が4~5点とすると日本は2点ぐらい」と秋山さんは感じたそうです。そして、この視察で出会ったひまわり支援ストラップがソフト面の解決策になるのではと思い、ストラップの導入を羽田や成田、福岡、新千歳、那覇など5空港に呼びかけました。ストラップは1本数百円で英国の普及団体から購入していますが、費用はすべて中央大学やエコモ財団が負担しています。丹羽さんと竹島さんは、日本ですでに広く普及している「ヘルプマーク」といかに共存させていくか、周知されるかが課題だと言います。

ひまわり支援ストラップには、個人情報を記入するカードが付いている/お名前、連絡先住所、連絡先電話番号、どのようなお手伝いが必要ですか?
ひまわり支援ストラップには、個人情報を記入するカードが付いている

※「ひまわり支援ストラップ(マーク)」については、さとうみきさんの記事もご参照ください。

ひまわり支援ストラップ
ひまわり支援マークのセミナー

実は2018年にガトウィック空港を訪れ、ストラップの発案者であり当時、旅行者へのサービス提供部門のマネジャーを務めていたルース・ラベットさんに取材したことがあります。年間4000万人が利用する国際空港のガトウィック空港は英国のなかで最初に認知症の人への旅行支援を打ち出した「認知症フレンドリー空港」として有名です。その後ヒースロー空港が続き、いまでは英国内の20を超える主要空港が認知症フレンドリー空港として機能しています。ひまわり支援ストラップもガトウィック空港が認知症フレンドリー空港になったのと同じころから配布が始まりました。ラベットさんによると当時、外見だけでは判断できない知的障害や精神障害のある旅行客も空港の利用者のなかに大勢存在するはずだと気付き、支援策を模索していました。地元の慈善団体や英国アルツハイマー協会、英国自閉症協会などと連携して、外見だけではわからない障害がある人たちを「可視化」する方法を考え、ストラップの着用を思いつきました。同時にストラップの色についても熟慮を重ね、遠くからでもはっきりと見えて個性的で楽しいヒマワリのデザインを採用したそうです。ヒマワリは幸福、積極性、強さだけでなく成長や自信を示唆しています。ストラップの配布と同時に空港で働く人への教育も始まりました。

「すべての障害者がこのよう(車いす)に見えるわけではありません」と書かれたポスターを持つルース・ラベットさん=2018年1月、英ガトウィック空港
「すべての障害者がこのよう(車いす)に見えるわけではありません」と書かれたポスターを持つルース・ラベットさん=2018年1月、英ガトウィック空港

ラベットさんは、重要なのはその人が何の障害があるのかということを詮索することではなく、「この人は何かの支援が必要なんだ」と空港職員がおおらかに受け止め、支援の手を差し伸べることだと言います。ストラップの配布と同時に、飲食店や免税店など騒がしいルートを通らなくても搭乗ゲートまでたどり着ける「クワイエット・ルート」や、搭乗口近くで出発まで静かに過ごせる「クワイエット・ゾーン」も設けています。また認知症の人への対応では、ガトウィック空港で働く約3万人の職員のうち、航空会社の地上職員をはじめ保安検査場の職員や土産物店などの販売員も含めて、旅行者と対面する職場の全員に「Dementia Friends(※認知症サポーターのようなもの)」の講座を受講させるつもりだ、と当時話していました。ラベットさんは現在、ひまわり支援ストラップの普及団体「Hidden Disabilities Sunflower」でビジネス開発ディレクターを務めていて、世界の空港に向けたネットワーク拡大の責任者を務めています。

ひまわり支援ストラップは英国では空港以外での使用が広がっていて、小売、観光、交通、教育など様々な企業や団体がこの活動に参加しています。ヨーロッパ以外にも米国、オーストラリア、ブラジル、アラブ首長国連邦などにも広がっていて、ドバイ万博では障害のある入場者を支援するためこのストラップが有効に使われました。羽田空港でも海外旅行客がひまわり支援ストラップをぶら下げていたのが確認されています。

ラベットさんからこんな話を聞きました。ガトウィック空港の近くに暮らす若年性認知症の人が、このストラップを首から提げて、一人で自宅を出てバスに乗ってサッカースタジアムへ行き、またバスに乗って自宅まで安全に帰ってきた話を聞きました。その間、何百人、何千人という人がその人を静かに見守っている社会がある……。これは夢物語ではない、本当にあった話です。

【メモ】
羽田空港でひまわり支援ストラップが受け取れる場所
第1ターミナル:地下案内カウンター、2階南・北案内カウンター
第2ターミナル:地下案内カウンター、2階南・北案内カウンター
第3ターミナル:1階案内カウンター、3階案内カウンター

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