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認知症と共にある町探訪記

城下町の古民家にできた認知症専門のまちライブラリー 学び合いの場にも

たつの市龍野伝統的建造物群保存地区の街並み
たつの市龍野伝統的建造物群保存地区の街並み

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。

地域で暮らす人が本を通じて交流を深める「まちライブラリー」が、全国で次々に生まれています。まちライブラリーは、個人や小規模な団体が自宅や事務所、カフェ、商店や廃校になった学校などの一角に本棚を設置して図書館として活動を行う取り組みです。2011年から大阪市で始まり、まちライブラリーとして登録して本の貸し借りなどを行います。「播州の小京都」といわれる兵庫県たつの市に、認知症の本を集めたまちライブラリーがあると聞いて訪れました。

兵庫県南西部の播磨地方に位置するたつの市は、戦国時代に揖保川沿いの山頂に城が築かれ、江戸時代にはふもとに城下町が形成されました。17世紀後半には醬油(しょうゆ)醸造が始まり、いまでも大手有名醬油会社が製造を続けています。江戸時代から昭和戦前期までにかけて建てられた白壁や町家造りの建物が多く残っていて、2019年には龍野地区の町並み(東西560メートル、南北850メートル)が「うすくちしょうゆの発祥地として醸造業で栄えた龍野城下の商家町」として国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されました。通りを歩いてみると古民家を改装したカフェやレストラン、土産物店があちこちにあります。認知症ライブラリーはこの地区の中にある古民家を改装して、2018年にオープンしました。

たつの市にある認知症ライブラリー
たつの市にある認知症ライブラリー

認知症ライブラリーを運営しているのはNPO法人「播磨オレンジパートナー」代表理事の丸尾とし子さん(59)です。丸尾さんは横浜出身ですが、たつの市に暮らす旦那さんと知り合い、結婚したのをきっかけに2006年からたつの市で暮らし始めました。丸尾さんは大学卒業後、外国人に日本語を教える日本語教師として長年働いてきました。アメリカや韓国で通算8年間教えた経験もあります。

認知症ライブラリーの入り口に立つ丸尾とし子さん
認知症ライブラリーの入り口に立つ丸尾とし子さん

認知症との出会いは、たつの市に暮らし始めてからです。結婚後は日本語教育からも離れ、知人から声をかけられて地元のデイサービスで働くことになりました。ところが働き始めてみると介護について疑問を感じることばかりでした。「職場では専門職としての知識や姿勢などを教えてもらえると思っていましたが、教わることは日々の『段取り』だけでした。日本語教師はプロとしてのプライドもあるので、当時の仲間は常に自己研鑽をしていましたが、そのデイサービスには介護の本を読んだり研修を受けたりするようなプロ意識のある同僚は少なく、職場自体がパート職員にそこまで望んではいませんでした」といいます。

職場のありかたにフラストレーションを抱えた丸尾さんを救ったのは当時、ネット上で介護に関わる人が集うネットコミュニティーでした。夜な夜な同じ悩みを抱える全国の福祉関係者とオンラインで交流し、向上心のある仲間が全国にいることを知りました。同時に、介護の知識や技術がないまま働くことに疑問を持った丸尾さんは、介護を基礎から学ぶために、介護福祉士の通信教育を受講して2009年に国家資格を取得しました。その後、たつの市の社会福祉法人が招いたEPA(経済連携協定)介護福祉士候補者の日本語教育にも関わるようになり、これまで10人の候補者のうち7人を合格に導きました。

そして、認知症の人に寄り添った活動を地域で実現したいと考え、2015年にNPO法人「播磨オレンジパートナー」を設立しました。活動の柱は「本人の生きがい支援」「脳活性プログラムの提供」「本人を支える人材育成」「認知症の人にやさしいまちづくり」などです。認知症ライブラリーはこれらの活動の一環として、2018年に作りました。ライブラリーの広さは約12畳で、自分がこれまで勉強のために読んできた本を中心に、丹野智文さんや藤田和子さんなど認知症の当事者が書いた本や、家族が読めば参考になるもの、絵本や介護職の人が参考になる専門書といった書籍やDVD、各地の啓発冊子などが300冊以上そろっています。「介護職の人が『夜勤の時に読みたいから』といって来てくれることもあります」と丸尾さん。

「城下町食べ歩き」に参加した人たち=丸尾とし子さん提供
「城下町食べ歩き」に参加した人たち=丸尾とし子さん提供

ライブラリー以外にも地域の高齢者と一緒に地元の飲食店を食べ歩く「城下町食べ歩き」や、高知県から始まった介護予防の「いきいき百歳体操」も行ってきました。取材で訪れた日はちょうど体操の日で、近所の高齢者4人が訪れて約1時間の体操をこなしていました。丸尾さんは「ライブラリーの良さは、認知症カフェと違って自分の素性を明かさなくてもいいことです。自分や家族の認知症のことを知られたくない方も、安心して認知症の理解を深めたり、情報を得たりできる場所にしたい」と話していました。

「いきいき百歳体操」を行う近所の高齢者
「いきいき百歳体操」を行う近所の高齢者

【メモ】
認知症ライブラリーの開館時間
毎週月曜日10:00~16:00(第4月曜日は個別相談)
第2日曜日の午後
それ以外でも事前予約があれば閲覧可能

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