2人の元警察官が京都の町で奮闘 地域や家族とつなぐ高齢者の見守り拠点
2040年には認知症の人が約584万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。今回は、子どもたちが危険を感じた時に駆け込む「こども110番の家」にならった「高齢者110番の家(仮称)」に取り組もうとしている京都市の一般社団法人「つなぎ」を取材しました。
比叡山がすぐそこに見える京都市左京区松ヶ崎堀町の蔵をリノベーションした事務所兼サロンを訪問しました。「つなぎ」で中心的に活動しているのは、代表理事の中邨(なかむら)よし子さん(62)と、理事を務める竹内雅人さん(61)です。お二人は京都府警の元警察官で、2023年3月に中邨さんは定年退職し、竹内さんも早期退職しました。
中邨さんは在職中、宇治や下鴨、堀川警察署をはじめ府警本部などの異動を繰り返しましたが、どの警察署でも居場所がわからなくなって保護された高齢者を多数見てきたそうです。府警本部時代には、子どもが事件の被害から逃れるために駆け込める「こども110番の家」の府内への導入を担当したこともありました。こうした経験から定年後は高齢者の見守り事業をやろうと考えていたそうで、退職と同時に「つなぎ」を立ち上げました。
「高齢者110番の家(仮称)」は、認知症の人や高齢者が道に迷ったり、何か困ったりしたことが起きた時に立ち寄ることができる「駆け込み寺」として利用してもらうことを計画しています。
地域の企業や商店、民生委員や認知症サポーター等の個人宅にも協力してもらい、目印となるオレンジ色の看板やノボリを掲げ、道案内をしたり家族に連絡を取ったりしてもらうことを想定。すでにいくつかの金融機関や製薬会社、自治体や薬局などから賛同を得ていて、今年中には京都府内で看板やノボリを設置する予定です。
オレンジ色の看板にはロゴマークを付けますが、デザインは事務所から数分のところにある京都工芸繊維大デザイン学部門の中野デザイン研究室(中野仁人教授)の学生たちが考案中です。
拠点となる事務所は京都市内でいろいろ探したそうですが、「対象が高齢者なので古民家風の物件がいいかなあ……」と知人に相談したところ、勤務経験もある下鴨警察署管内の松ヶ崎にある内部を飲食店にリノベした蔵を紹介され、決めました。
京都市では健康体操や脳トレ、囲碁や将棋などができる「健康長寿サロン」と呼ばれる、高齢者が住み慣れた地域で健康で生き生きとした生活を送ることができる居場所作りを進めています。サロンは地域の集会所や商店街の空き店舗、個人の家など様々で、運営者には助成などの支援を行っています。蔵はこの制度を利用するにあたり、地域の高齢者が立ち寄る場所としてもぴったりの物件でした。
「つなぎ」が「高齢者110番の家(仮称)」に先立って行っている事業に「お迎えサービス」があります。認知症の高齢者が行方不明になり警察などで保護された時、家族に代わって迎えに行くサービスです。原則、京都市内で一人暮らしをしている人や夫婦だけで暮らしている世帯、同居していても家族が働いている世帯など、自分たちで迎えに行くことが困難な家族が対象です。
中邨さんは「ある警察署に勤務している時、10キロ以上離れた山科から出て来たおじいさんを夜の9時頃に保護したことがありました。身元はすぐにわかって電話を入れたら、おばあさんとの2人暮らし。『おばあちゃん、ごめんやけどタクシーに乗って迎えに来て』って言ったんです。警察としては仕方ない対応なんですよね……」と話してくれました。
警察官職務執行法の規定では、「警察署は原則24時間以内の保護を行い、家族や知人等が見つからないときは、他の公的機関に身柄を引き継ぐこと」とされています。「運良く警察に保護されたとしても、そこから先が問題なんです」と中邨さん。高齢者が警察に保護された後、どう家庭へ帰って行くかという現実を数多く目の当たりにしてきた元警察官の視点から生まれたのが「お迎えサービス」なのです。
お迎えサービスの利用には事前登録が必要で、24時間の見守りフルサービスは、登録時に入会権利金11,000円(税込み)、月々5,500円のサブスク制。出迎え時には利用料金11,000円(税込み)ですが、連携しているタクシーを利用するので、別途タクシー代の実費負担が必要です。
警察へのお迎え以外にも、行方不明になった際、家族に代わって警察への初動手配や捜索願の届け出に同行することや識別番号が標記され「つなぎ」の連絡先が記載されているステッカーなどの無料配布もあります。現在の会員数は34人です。
「つなぎ」のこのサービスは昨年、経済産業省が推進する、認知症の人が主体的に企業や社会等と関わり、認知症の人のニーズをとらえた製品・サービスの開発を行う「オレンジイノベーション・プロジェクト」で、「当事者参画型開発」の普及を目指した実践企業・団体のひとつに選ばれました。「保護された認知症の人や高齢者を迎えに行くのは本来家族の役目です。家族が忙しいときに厚意からケアマネジャーや施設の職員が代わりに警察に迎えに行ってくれたことがあったかもしれませんが、それは介護保険のサービスではありません。警察と自宅の間をつなぐ役割を仕事として私たちが担っていければと思っています」と中邨さんは事業の発展に期待を寄せています。