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認知症と共にある町探訪記

手作り弁当の宅配で見守りも 地域での高齢者同士の支え合い 新潟県阿賀町

お弁当を受け取る石部夫美さん(左)=新潟県阿賀町
お弁当を受け取る石部夫美さん(左)=新潟県阿賀町

2040年には認知症の人が約584万人になると予想されています。そんな中、高齢者が集まって料理や食事をする「シニア食堂」が全国的に広がりを見せています。調理をしながらコミュニケーションを図り、やりがいを見いだす。さらには孤立を防ぐ取り組みです。ときには、認知症疑いの人とつながるきっかけになることもあるといいます。新潟県阿賀町のシニア食堂を取材しました。

「お弁当持ってきました!」
矢部純子(やべ・すみこ)さん(83)が、閉店したガソリンスタンドに軽自動車で乗り付け声をかけました。矢部さんはボランティアでお弁当作りと配達を担っています。車内からお弁当8個を取り出し事務所の中に座る石部夫美(いしべ・ふみ)さん(92)に渡しました。石部さんは14年前に旦那さんを亡くし、今はガソリンスタンドの横にある自宅で一人暮らしをしています。「ここのお弁当はおいしいだけじゃなくて、すごく見栄えがきれいなんですよ。本当にこれが楽しみ」とうれしそうな顔を見せました。

見栄えも美しいお弁当
見栄えも美しいお弁当

阿賀町は新潟市内中心部から東に向かって車で約1時間、福島県の県境まであと十数キロにある山あいの町です。人口は9046人(2024年12月末)で高齢化率は県内最高で50%を越えています。

訪れたのは1月中旬。道路沿いには70センチ以上の雪が積もっていました。シニア食堂を主催しているのは、町内にある小規模多機能型居宅介護事業所「あっとほーむ たまち」の管理者、木村涼司(きむら・りょうじ)さん(57)です。シニア食堂と呼んでいますが、実際には手作りのお弁当を月に1回、高齢者の自宅に配達するサービスです。2021年12月から始めてこの日が38回目です。

木村さんは最初、高齢者が集まる食堂形式を考えたそうですが、当時、ちょうど新型コロナウイルスの感染が拡大していたため諦めました。町内には車などの移動手段を持たない高齢者も多いので、お弁当を配達する方式に切り替えたといいます。

木村さんは、もともと調理師として20年のキャリアがあります。実家は阿賀町で仕出屋を経営していたので、店を継ぐため新潟市内の割烹(かっぽう)料理店で修行して家業を継ぎましたが、両親が高齢になったのをきっかけに仕出屋は廃業。もともと興味があった福祉の世界に転身しました。しかし「いつか自分の特技を生かして高齢者が集まる場所を作ってみたい」と思っていたそうです。あるとき阿賀町の社会福祉協議会が主催するボランティア教室に参加して、そこで矢部さんや、寄付された食品を必要としている人々に分配する「フードバンクあが」の山田隆之代表らと出会い、意気投合してシニア食堂を開催することになりました。

配達先の高齢者のなかには認知症の疑いがある人もいます。木村さんは「お弁当を届ける時に、高齢者とボランティアとのちょっとした会話を通じて異変に気付くことがあります。実際、『この人認知症かも…』と感じた人がいて、次にお弁当を配るときに認知症の冊子をお弁当に挟んでおいたら、家族から電話があって介護サービスにつなげたことがありました」と話します。

おかずを詰めるボランティアたち=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会
おかずを詰めるボランティアたち=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会

調理・配達を担うのは66歳から87歳までの元気な高齢女性のボランティアたち。取材に訪れた日は、ボランティア11人全員が集まり、午前9時から阿賀町社会福祉協議会の調理実習室でお弁当作りが始まりました。

1月のお弁当の中身は、豆腐コロッケ、スルメと大根の煮物、和風パスタ、里芋サラダ、ホウレンソウの白あえ、ひじきと春雨の炒め物、味付きタマゴ、芋餅、果物、いなりご飯の10品です。値段は配達料込みで1個200円。内容は木村さんが原案となる献立を考え1週間前の「打ち合わせ会」で味付けや食材を決めます。もし足らないものがあれば「フードバンクあが」に提供をお願いします。ボランティアのなかには自宅で畑を持っている人も多いので、余剰野菜などを持ち寄ることもあります。

味見をする木村涼司さん(右)=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会
味見をする木村涼司さん(右)=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会

調理が始まった実習室は活気に満ちあふれていました。11人が一斉に調理に取りかかり、狭い実習室のなかで調味料や食器を持ったボランティアが行き交います。実習室にはガスコンロが備わった調理台が4台あって、ボランティアたちは3、4人のグループに分かれてそれぞれが担当するおかずを作っていきました。途中、味付けで迷った女性は調理師の経験がある木村さんに確認してもらっていましたが、木村さんは「みんな私に聞いてきますが、そもそも全員が主婦ですから味付けは間違い無いんですよ」と笑っていました。こうして次々に10品のおかず類ができあがりお弁当箱に詰めていきましたが、お弁当箱はおかずでふたが持ち上がっていました。同時に調理で使った鍋やフライパンはどんどん洗って片づけられていき、主婦ならではの手際の良さが垣間見える光景でした。

お弁当を作り終えたボランティアたち=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会
お弁当を作り終えたボランティアたち=新潟県阿賀町の阿賀町社会福祉協議会

この日作ったお弁当は60個。最初は35個から始まって徐々に増えていき60個になりました。木村さんは「本来であればもっとニーズに応えたいところなんですけど、やはり調理スペースの関係からこれが限界でしょうか…」と言います。

お弁当を配達する矢部純子さん=新潟県阿賀町
お弁当を配達する矢部純子さん=新潟県阿賀町

11時過ぎ、配達先が書かれたお弁当をボランティアたちが自分の車に積み込み出発しました。私はボランティアの矢部さんの軽自動車に同乗させてもらいました。最初に向かったのは石部さんのところです。8個渡しましたが、石部さんが近所に届けてくれるのだそうです。

次に向かったのは一人暮らしの女性宅。女性は開口一番、「待っていました」と矢部さんに声をかけました。最後は町外れの一軒家でお嫁さんと一緒に暮らしている伊藤フキさん(96)宅。矢部さん一人で一日に10個を配達しました。矢部さんは運転しながら「1カ月に1回だけど、届けた先の人が本当に喜んでくれるから達成感があるね」と満足げな表情を浮かべていました。

配達が終わって私もお弁当を食べてみましたが、おかずはどれもやさしい味付けで、まさに家庭料理の詰め合わせ。ポテトサラダはサトイモを使っていて粘り気があって独特の風味です。調理後すぐに配達されるので、お弁当にはまだぬくもりが残っています。食べた人は間違い無く満足すると感じました。

伊藤フキさんにお弁当を届ける矢部純子さん=新潟県阿賀町
伊藤フキさんにお弁当を届ける矢部純子さん=新潟県阿賀町

運転しながら矢部さんがぽつりと言いました。「そりゃ若い人から見れば(私たち高齢者は)衰えていると思うはず。でも全部じゃないからね。今までどおりの暮らしが続けられればこんな所でも暮らしていけるわけですよ。できるだけ自分の家で暮らしたいですよね……」。

認知症の人にやさしい社会の構築を説明する時によく使われる言葉に、「住み慣れた町でこれまでどおりの暮らしが続けられる……」というのがあります。雪深い山あいの町で暮らす人たちの心には、その思いが自然と備わっているように感じました。

お弁当の掛け紙は矢部さんが描いた絵手紙だ
お弁当の掛け紙は矢部さんが描いた絵手紙だ

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