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認知症診療における“一筋の希望” 笑顔で共に生きるためにできることとは

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

今回は、認知症診療における“一筋の希望”について語らせていただこうと思います。
さて、日本でアルツハイマー病の病名を明かして「初めて公の場で語った」とされる勇気ある方をご存じでしょうか?
『私はアルツハイマーです 語りはじめた人たち・上』という見出しの記事(2004年8月1日の朝日新聞生活面)で紹介されている夏子さん(仮名)という女性だといわれています。
記事の中で、主治医で筑波大学教授(当時)の朝田隆さんは、認知症には偏見があると指摘した上で「本人の話をきけば、その苦しみや実態がわかってもらえる」と夏子さんに公の場で語るように勧めたと記されています。

この記事を書かれたのは生井久美子さんという記者(当時)です。
その後、生井さんは、ご自身の著書『ルポ 希望の人びと』において、夏子さん(著書では本名で紹介)のほか、国内で初めて認知症当事者団体の活動を始めた人々や豪州やカナダの認知症当事者らについて詳細に紹介しています。

『ルポ 希望の人びと』

この著書の中で、私がとっても強く影響を受けた山崎英樹医師(いずみの杜診療所)の印象深いメッセージが書かれていましたので、引用させていただきます。

「早期診断=早期絶望といわれる。当事者にとって認知症との最初の出会いは、実は一人の医師との出会いによる。
『医師が放った言葉による暴力は、多くの当事者やその家族を容赦なく打ちのめしてきた。自分も加害者の一人であることは間違いない』
希望をもたない医師が、本人に希望を添えられるはずがない。」【生井久美子『ルポ  希望の人びと』朝日新聞出版, 2017, p206】

また、認知症医療そして認知症ケアの第一人者として活躍された長谷川和夫先生は認知症と診断された後、そのことを公表されました。その理由について著書『ボクはやっと認知症のことがわかった』で語っておられます。

公表した理由
ボクが認知症だと公表した理由をさらに突き詰めれば、「自分自身がよりよく生きていくため」といってよいだろうと思います。自分が生きているあいだに、人さまや社会のために、少しでも役に立つことをしたい。役に立てるかどうかはわからないけれど、認知症のありのままを伝えたい。それが、自分が生きていく道だと思ったのです。【長谷川和夫,猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった』 KADOKAWA,2019, p29-32】
『ボクはやっと認知症のことがわかった』

誰かの役に立つような生き方がしたい。共感する部分が多いですね。
私自身も、きっと誰かの役に立つはずだという信念に基づき、認知症に関する情報を中心にして種々の医療情報をSNSなどを通して発信し続けております。
認知症の告知に際して希望を添えることの大切さを痛感しており、私は告知の際にお渡しするパンフレットを作成しております。
そのパンフレットには私が認知症に関するたくさんの本と多くの医学雑誌を読み見つけたいくつもの希望について書いてあり、“希望のパンフレット”と名づけております。

「希望」という観点から興味深いことを伝えている本がありますのでご紹介しましょう。
『認知症ポジティブおばあちゃん~在宅介護のしあわせナビ~』(フォレスト出版, 2023)の著者〝だんだん・えむ〟さんは、認知症の義母と一緒に暮らしています。当初は、多くの家族が経験する、認知症から始まる負のループによる殺伐としたケアの時期を経験しました。その後、コロナ禍で会えなくなったことをきっかけに、YouTube動画(『認知症ポジティブおばあちゃん』)を撮って日々の様子を親戚に見せ始めました。やがて親戚以外からも動画にコメントがつくようになり、ポジティブな介護の様子を発信することは多くの方の役に立つのではないかとその意義を感じるようになっていったとのことです。
また、こうしたポジティブな介護により、認知症の義母本人の笑顔も増え、認知症の行動・心理症状(BPSD)が抑えられ、病状の進行も穏やかとなっているようです。
筆者は、YouTube動画の発信は、カメラが介在することにより一歩引いて自分を冷静に保てる(客観視できる)ので、おばあちゃんが何度も同じことを聞いてきてもイライラすることなく、落ち着いて対応できるようになるという副効果ももたらしたと指摘しています。

実は『認知症ポジティブおばあちゃん』、9月に伊勢神宮参拝のために三重県を訪れた際に、私が勤務している榊原白鳳病院に立ち寄って下さいました。

“認知症ポジティブおばあちゃん”(右)が、私の勤務する病院を訪ねてくださいました=三重県津市
“認知症ポジティブおばあちゃん”(右)が、私の勤務する病院を訪ねてくださいました=三重県津市

さて今回のクイズです。
米国の高齢の修道女 678人を亡くなった後で病理解剖して調べた研究では、脳にアルツハイマー病の病理所見があっても、生前の認知機能に問題がなかった方がおられたそうです。その割合はいったいどの程度だったでしょうか?

解答をお示しするために、前述した夏子さん(仮名)のエピソードで主治医として登場した朝田 隆先生(現在は、メモリークリニックお茶の水理事長)が著書『認知症グレーゾーン』 において、認知症の進行における多様性について指摘されているのでご紹介します。

認知症は治らないけど、進行しない人もいる
「認知症グレーゾーンの段階で食い止めることができなかったとしても、絶望的な気持ちになることはありません。認知症になると元に戻ることは困難ですが、認知症になっても症状が進行しない人がいるのも事実です。
私の診療している患者さんの中にも、アルツハイマー病と診断されてから四年たっても、症状がまったく変わらない方もいらっしゃいます。最初は誤診かと思いましたが、脳を画像検査するとアミロイドβは確かに溜まっていて、アルツハイマー病であることは間違いない。それでも、症状が進行しない人は確かに存在するのです。」【朝田 隆『認知症グレーゾーン』青春新書,  2020, p177-178】

では、クイズの解答です。
『100歳の美しい脳~アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち~』(デヴィッド・スノウドン,藤井留美訳, DHC, 2004, p130-131)によると、96~100歳で亡くなった修道女の脳を調べたところ、アルツハイマー病の病理所見が目立たなかった人(原文ではステージⅠか0に分類された人)が40%近くを占めており、アルツハイマー病に対して抵抗力の強い人が存在するようです。
そしてアルツハイマー病の病理所見が目立った方(原文ではステージⅤかⅥに分類された人)であっても、その3分の1にあたるシスターは最期まで認知機能の低下は見られず、アルツハイマー病から〝逃げおおせた〟ということです。希望を感じさせられるお話ですね。

ごく最近読みました本にも希望につながる大切なことが書いてありました。
その本とは『認知症の人のこころを読み解く─ケアに生かす精神病理』(高橋幸男、上田諭、水野裕、大塚智丈、齋藤正彦,日本評論社, 2023)という本です。この中で、上田諭医師が“アルツハイマー型認知症の人は無気力・無関心”という定説が間違いであることを論理的に解説されております。周囲の人が関わり方を変え、居場所と役割を付与することによって無気力・無関心が改善することを示されており、とても示唆に富みます。
また、同じ本の中で、東京都立松沢病院名誉院長である齋藤正彦先生は、「どんなに進行した患者であっても、その言葉の端々に、悲しみ、苦しみ、不安を読み取ることができる」と述べておられます。

「認知症の人は何も分からない人」「認知症になったらおしまい」という誤解と偏見は、認知症の人を早期診断後の早期絶望へと追い詰めてきた歴史があります。
このシリーズの中で幾度となくご紹介しました若年性アルツハイマー型認知症当事者で、なかまぁる特別プロデューサーである丹野智文さんが「希望と絶望」について著書『認知症の私から見える社会』 で語っておられます。以下にご紹介し、本シリーズの結びと致します。

希望と絶望
社会では「認知症になりたくない」という人が大多数で、予防と治療に希望を持っていると思います。政策の「予防」は「進行を遅らせること」「認知症になっても暮らしやすい地域作り」を意味していますが、世間一般の人々は「認知症にならないこと」に対し希望を持っているように感じています。だから、当事者は認知症になってしまったことにより、落第者のレッテルを貼られ、笑顔になれないのです。(中略)
本当なら社会にとっての希望は「認知症になっても安心して暮らしていけること」でなくてはならないと思います。
未来への希望は、身近な希望を周囲の人に伝え、一日一日をお互いに笑顔で楽しく過ごすことであり、認知症を受け入れ「認知症と共に生きる」ことだと考えます。【丹野智文『認知症の私から見える社会』 講談社, 2021, p147-152】

今回でこのシリーズは最終回となります。約2カ月半の短い期間でしたが、ご愛読ありがとうございました。またいつの日にか「なかまぁる」でお会いできることを楽しみにしております。

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