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アルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を徹底解説 効果や薬の値段は?

話題のアルツハイマー型認知症の新薬 アデュカヌマブについて専門医が解説します

アルツハイマー病の新しいタイプの治療薬として、2021年6月にFDA(米国食品医薬品局)に承認された「アデュカヌマブ」。バイオジェン(米国)とエーザイ株式会社(日本)が共同開発した新薬です。日本でも2020年12月に厚生労働省に承認申請されましたが、2021年12月に継続審議という結論が出て、承認は見送られています。脳神経筋センターよしみず病院の川井元晴医師に解説していただきます。

アルツハイマー病と認知症
根本治療薬なのか?
どのような人が使える薬なのか
投薬はどのように行われるのか
副作用はないのか
米国での承認プロセスについて
日本での状況

アルツハイマー病の新薬 アデュカヌマブについて解説してくれるのは……

川井元晴医師
川井元晴(かわい・もとはる)
脳神経筋センターよしみず病院副院長。1990年山口大学医学部医学科卒業、1996年同大医学部大学院卒業。同大医学部附属病院脳神経内科もの忘れ外来担当医、同大医学部神経・筋難病治療学講座教授を経て、2022年から現職。認知症の人と家族の会理事、同会山口県支部代表世話人も務める。

アルツハイマー病と認知症

アデュカヌマブは、早期アルツハイマー病の治療薬として米国で承認された薬です。そもそもアルツハイマー病とは、どのような病気なのでしょうか。アルツハイマー病と認知症との関連について、また日本におけるアルツハイマー病の現状について紹介します。

認知症は、さまざまな原因疾患により、認知機能が低下し、これまでできていた社会・日常生活に支障が出ている状態のことを指します。原因疾患には、アルツハイマー病、レビー小体病、脳血管障害、前頭側頭葉変性症などがあり、最も多いのがアルツハイマー病で、認知症の状態になった場合に「アルツハイマー型認知症」と呼ばれます。物忘れ(記憶障害)で発症することが多く、ゆっくりと進行していきます。
アルツハイマー病の発症は、「アミロイドβ」というたんぱく質が何らかの原因で脳の神経細胞の外側に蓄積することがきっかけになるとみられています。蓄積したアミロイドβがかたまりとなると、今度は神経細胞の中に「タウたんぱく」が蓄積します。すると、神経細胞が減少し、認知機能が低下すると考えられています。

日本におけるアルツハイマー病の現状

認知症の原因となる病気の比率 アルツハイマー型認知症67.6% 脳血管性認知症19.5% レビー小体型認知症4.3% 前頭側頭型認知症1% その他7.6% 2013年の厚生労働科学研究「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」研究班の調査
2013年の厚生労働科学研究「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」研究班の調査

現在600万人以上が認知症を発症していると言われていますが、アルツハイマー型認知症はそのうち、最も多い60~70%を占めます。アルツハイマー型認知症は、患者数が圧倒的に多いにも関わらず、根本的に治す薬はなく、症状を一時的に軽くする4種類の薬=下記、表【現在、日本で承認されている認知症の治療薬と適応、国内販売年】を参照=が承認されているのみです。こうした薬も10年以上新薬が承認されていません。そうした中、世界中で新薬開発のために多くの臨床研究が進行しています。

*薬についてもっと詳しく知りたい方は、こちらも
認知症4大タイプの特徴と薬物療法を専門家が徹底解説 気になる新薬も

根本治療薬なのか?

認知症治療において、アデュカヌマブの登場は“歴史に刻まれるできごと”とも言う人もいます。しかし、これまでも認知症の治療薬は存在していました。従来の薬とどのように異なるのでしょう。

従来の薬との違い

【現在、日本で承認されている認知症の治療薬と適応、国内販売年】
・ドネペジル(先発品の商品名アリセプト)          軽度~高度  1999年
・ガランタミン(同レミニール)               軽度~中等度 2011年
・リバスチグミン(同イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ) 軽度~中等度 2011年
・メマンチン(同メマリー)                 中等度~高度 2011年

従来の薬(上記の4種類)は、いずれも残っている神経細胞ができるだけ長く働くようにすることで、認知症の症状を一時的に軽くする効果が期待できます。

一方アデュカヌマブは、アルツハイマー病発症のきっかけとなる、脳内のアミロイドβを減らす作用が認められました。認知症の薬を開発する研究の中で、アミロイドβを除去する薬の研究は最も多く行われてきましたが、なかなか効果が認められず、失敗が続きました。アデュカヌマブは、初めてその効果が認められた薬なのです。とはいえ、アルツハイマー病の進行を抑えることができるのか、根本的に治療できるかどうかは、今後検証が必要です。

どのようなメカニズムで効くのか

アルツハイマー病は、脳の神経細胞の外側にアミロイドβが蓄積してかたまり、その後神経細胞の中にタウたんぱくが蓄積して神経細胞が減少すると考えられています。この現象は「アミロイドカスケード仮説」と呼ばれています。アミロイドβの蓄積は、発症の約20年前から始まっていると考えられています。アデュカヌマブは、「抗アミロイドβ抗体」と呼ばれる薬で、抗体の働きで脳内に存在するアミロイドβに結合して減らす作用を持っています。特に蓄積したアミロイドβがかたまりになる前段階のアミロイドβを除去することがわかっています。

アミロイドカスケード仮説/神経細胞 アミロイドβ アミロイドβが蓄積 → タウたんぱく質が蓄積 神経細胞が死滅 → 認知機能が低下
アミロイドカスケード仮説

どのような人が使える薬なのか

アデュカヌマブは、あくまで早期アルツハイマー病の人が対象です。つまり認知症の原因疾患がアルツハイマー病以外の人は、対象になりません。アデュカヌマブの登場は画期的なことではありますが、認知症治療全体でみると、まだまだ途上にあるといえます。

対象はMCIや軽度認知症の人。進行した人には効果が確認されていない

アデュカヌマブは、アミロイドPET検査でアミロイドβの蓄積が確認されたMCI(軽度認知障害)および軽度アルツハイマー型認知症の人を対象にした臨床試験で、効果が認められています。このため、MCIもしくは軽度アルツハイマー型認知症で、さらにアミロイドPET検査によりアミロイドβの蓄積が認められた人が対象になります。65歳未満の若年性認知症の人も、こうした条件を満たせば対象になります。MCIの人は生活習慣の改善(非薬物療法)などによっても、健常に戻る可能性があります。アデュカヌマブを使用すれば、薬物療法と非薬物療法の二本立てで、より効果を得やすくなることが期待できます。
一方で、中等度以上に進行したアルツハイマー病の人には、効果が確認されていません。また、MCIや軽度認知症であってもアミロイドβの蓄積が認められない人は対象外です。

投薬はどのように行われるのか

月に1回の点滴によって投与します。臨床試験では1年6カ月にわたり投薬していますが、どのような状態になったら投薬をやめるのかなど、治療期間については、現時点では定まっていません。

アデュカヌマブは点滴での投与になる
アデュカヌマブは点滴で投与する(画像はイメージです)

副作用はないのか

注意しなければならないのが、脳の浮腫や出血です。起こりやすい症状は頭痛ですが、浮腫や出血を起こした場所によって神経の障害を起こす場合もあります。ただし、自覚症状がないことも多いので、定期的にMRI(磁気共鳴画像法)検査を受ける必要があります。投薬後の最初の1年間は4回程度のMRI検査を実施することになっています。浮腫や出血が認められれば、投薬を休止、もしくは中止します。
また、アデュカヌマブは、バイオ技術を用いてつくられる抗体製剤で、点滴後に重いアレルギー症状「アナフィラキシー」や発熱、寒気などの症状が出ることもあります。

米国での承認プロセスについて

アデュカヌマブは、FDAから「迅速承認」という形で承認されました。つまり条件つきの承認であり、臨床的に効果があるのかどうかを今後も検証していく必要がある、とされています。検証結果次第では、承認が取り消される可能性もあるというわけです。

急ぐ承認に、批判の意見も

アデュカヌマブは当初、臨床試験によって効果が認められなかったことが発表されました。ところがその後に改めて結果を解析したところ、アデュカヌマブを投与したグループは、偽薬(プラセボ)を投与したグループに比べて治療効果があったと、結論が覆ったのです。治療効果は認められましたたが、わずかなものであり、「効果が十分に証明されているわけではないのに承認された」といった批判的な意見も少なからず出ています。
アルツハイマー病は世界的にみても患者数が多い病気です。このため、安全性がある程度担保されていて、一定の効果が認められているのであれば、承認しようという動きになったのかもしれません。
FDAも指摘しているように、今後も効果を検証していく必要がある薬なので、すでに使用が開始されている米国での新たな報告が待たれます。

日本での状況

アデュカヌマブは、2023年1月現在、日本では承認されていません。日本での状況について説明します。

承認される可能性があるのか

日本は、世界で3番目にアデュカヌマブの承認申請を行いましたが、2021年12月に継続審議という結論が出て、承認は見送られることになりました。やはり臨床試験のデータでは、誰もが納得できるような有効性や安全性は得られていないということで、欧州連合(EU)でも販売は見送られています。
アデュカヌマブと似たような作用のメカニズムを持つ新薬は、ほかにも複数開発されていて、臨床試験が進行しています。すでに治療効果が期待できる研究データが出ている新薬もあり、2023年1月にはバイオジェン(米国)とエーザイ株式会社(日本)が共同開発したレカネマブが米国で迅速承認され、日本でも承認申請されています。アデュカヌマブの米国での承認を機に、認知症治療の選択肢が今後増えていくことが期待できます。

薬の価格はどれくらいになるのか

米国での標準的な体重の人のアデュカヌマブの薬価は、日本円に換算すると年間約600万円です。アルツハイマー病は患者数が多い疾患であることを考えると、国民皆保険制度の日本では、承認にあたって解決しなければならない問題の1つが薬価であるといえるでしょう。

公的医療保険の適用となるのか

厚労省に承認されれば、基本的には公的医療保険が適用されます。アデュカヌマブを使用するには、アミロイドPET検査によって、アミロイドβの蓄積を確認する必要があります。現在、アミロイドPET検査は公的医療保険が適用されておらず、1回数十万円の検査費がかかります。アデュカヌマブの承認にあたっては、アミロイドPET検査も一緒に承認されることが望まれます。

承認されたら期待できること

「認知症は治らない病気」というイメージを抱いている人は多いでしょう。実際に治療によって進行を遅らせることはできても、進行を止めることはできません。このため、記憶障害などが気になり始めても、受診につながりにくいという現状がありました。しかし、進行を抑制する可能性がある薬が存在するようになるのであれば、早期発見、早期治療のためにも受診しようという意識が生まれるかもしれません。アデュカヌマブは、人々の行動変容に影響を及ぼす可能性がある薬ともいえるのです。

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