軽度認知障害から認知機能が正常に戻る割合は? 早期診断・治療の意義とは
認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。
認知症の早期受診を促すために、神戸市が2019年から65歳以上の市民を対象に、自己負担ゼロで認知症の検診・精密検査が受けられる制度を設けると、大きなニュースとなりました。その後、様々な年齢を対象に、いわゆる「もの忘れ検診」の受診を推奨し、費用面の支援をする取り組みが、各地の自治体で広がっているようです。
認知症の診療に長年関わってきた私にとっても、認知症の早期診断・早期治療は私の大きな夢でもありました。
私自身、1996年7月、津市内の中核病院で週1回の「痴呆予防ドック」を始めた経験があります(全国初の取り組みとされています)。「痴呆」という言葉を使っていることからも、隔世の感がありますね。(2004年末に厚生労働省が「痴呆」から「認知症」へと用語を変更する報告書を出しました)
アルツハイマー病の診断は、一般的には記憶テストと、脳の萎縮をみるMRIなどの画像診断が中心です。当時、私が始めた痴呆予防ドックでは、血液検査などを実施していることが特徴でした。
アルツハイマー病では「アポリポたんぱくE4」というたんぱく質をもっている人が発症しやすい(ただし、有していたからといって必ず発症するわけではない)ことが分かってきていました。このため、血液検査で、アポリポたんぱくE4の有無を調べました。
症状が少ない認知症初期の段階は、診断が難しいので、より多くの検査を組み合わせて精度を高めようとしたのです。
認知症検診立ち上げまでの経緯は私の著書『インターネットで痴ほう外来を』(つげ書房新社, 2004)において詳しく紹介しています。
さて、認知症早期診断の意義って何だと思われますか?
実は4つの大きな意義があります。
- 早期診断・早期治療により、アルツハイマー病およびレビー小体型認知症などの進行をなるべく遅らせる
- 治療可能な認知症(「特発性正常圧水頭症」や「慢性硬膜下血腫」、「甲状腺機能低下症」など)を見逃さない
- 初期のうちに、適切な認知症ケアの方法を指導し、「認知症の行動・心理症状」(BPSD)の発生を未然に防ぐ
- 軽度認知障害(MCI:認知症とはいえないほど軽度の認知機能障害)の段階であれば、運動や生活習慣の改善によりある程度の割合の人は認知症にならずに済むか、もしくは認知機能の面で正常な状態に戻る可能性があります
※軽度認知症障害(MCI)についてはこちらの記事をご参照ください。
MCI【基本編】
MCI【対策編】
MCI【テスト編】
ここで、今回のクイズです。
現状では、軽度認知障害の人の何割ほどが、認知機能の面で正常に戻ると思いますか?
答えをお示しする前に、最近、軽度認知障害や認知症初期の方々を対象とした新薬が大きな話題となっておりますので、そのことにも触れておきたいと思います。
2023年8月21日に、エーザイと米バイオジェンが開発した「レカネマブ」が厚生労働省の専門家部会で、国内での製造販売を了承されました。また今後、イーライ・リリーが開発を進めている「ドナネマブ」も承認される可能性があります。
※「レカネマブ」についてはこちらの記事をご参照ください。
これらの新薬は、「疾患修飾薬」と呼ばれています。疾患修飾薬とは、疾患(病気)の原因となっている物質を標的として作用し、病気の発症や進行を抑制する薬のことです。
それでは、現在使用されている認知症薬とは、いったい何が違うのでしょうか?
現在(2023年9月時点)、日本では、アルツハイマー病、もしくはレビー小体型認知症と診断された場合には、「抗認知症薬」と呼ばれる治療薬が4種類使えます。レビー小体型認知症においては、アリセプト(一般名:ドネペジル)のみ保険適用となっています。
これらの薬剤は神経伝達物質であるアセチルコリンなどを増やすことで認知機能を改善する薬剤であり、短い期間ながらも症状の改善効果が期待されますが、認知症の病態そのものの進行を抑える効果はないとされています。軽度から重度まで幅広く適応されますが、メマリー(一般名:メマンチン)は、中等度および高度アルツハイマー型認知症に対する薬剤です。
※これまでに使用されている認知症薬についてはこちらの記事をご参照ください。
認知症4大タイプの症状と特徴 薬物療法を徹底解説 気になる新薬も
一方、新しく出てきた疾患修飾薬は、アルツハイマー病の病態そのものの進行を抑える効果が期待されています。ただ、投与対象は、アルツハイマー病での軽度認知障害や初期の人で、しかも、脳にアミロイドβというたんぱく質が蓄積していることが確認された人に限られます。アルツハイマー型認知症でも中等度および高度の人には使用できません。
こうしたことから、新しい薬を投与できるかどうかの決め手となるのは、脳内のアミロイドβの蓄積の有無を調べることができる陽電子放出断層撮影(PET)や脳脊髄液(CSF)検査の態勢づくりということになります。早期の態勢整備を期待したいところです。
さてそれでは、クイズの正解をお伝えましょう。
実は、医師が診断の基本としている『認知症疾患診療ガイドライン2017』の第4章の147ページに以下の答えがあります。
「コンバート」「コンバージョン」とは認知症へと「移行」する、「リバート」「リバージョン」とは認知機能の面で正常に「戻る」ことを言います。
- CQ 4B-2 軽度認知障害 mild cognitive impairment(MCI)から認知症へのコンバート率およびリバート率はどのようなものか
- 41の研究をまとめたレビューによれば、軽度認知障害から認知症へのコンバージョンは専門医による追跡では9.6%/年,地域研究では4.9%/年とされた。その他の研究でも同様の範囲にコンバージョン率は入るため、おおよそ5~15%/年程度がコンバージョンするという数字が正しいと考えられる。
一方で軽度認知障害から正常へのリバージョンは16~41%/年と幅が広い。
【認知症疾患診療ガイドライン2017 編/「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会 医学書院, 2017, p147】
「軽度認知障害から正常へのリバージョンは16~41%/年」って、幅はあるもののすごく高い数字ですよね。
これだけ認知機能の面で正常に戻る確率が高ければ、認知症の予防に留意しようって機運が高まるのもうなずける気がします。
しかし、軽度認知障害からのリバージョン率について、上記のガイドラインでも「誤診による訂正なのか、そもそもそのような病態が確実に存在するのかは議論のあるところだろう」と記されています。最初の診断で、専門医により神経変性疾患(脳や脊髄の神経細胞が徐々に脱落していうことで起こる病気)が原因とならない軽度認知障害(具体的には、精神疾患や代謝性疾患など)が正確に除外された場合、リバート率はもっと低くなる可能性があります。長寿医療研究センター病院が中心となって全国規模で構築されているORANGE-MCI レジストリの最終報告が待たれるところです。
ただ、これまで、この連載でも紹介してきたように、認知症になっても自分らしく暮らし続けている方は多くいらっしゃいます。また、認知症の進行具合の違いには、日々の暮らし方やケアのあり方が影響しているように感じます。
※「認知症における早期診断=早期絶望にしないために必要なこと 大切な仲間の存在」
※「生活の不便を工夫で乗り越える 若くして認知症になった人々の生き様」
最後に認知症との「共生」と「予防」についておさらいをして本稿を閉じたいと思います。
- はじめに
- 2019年に閣議決定された「認知症施策推進大綱」は、「認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人や家族の視点を重視しながら、『共生』と『予防』を車の両輪として施策を推進していく」ことを基本的な考え方としています。
医療の現場に身を置いていると、疾病は(望ましいものではないので)可能な限り予防すべき、というように、「予防」を重視しがちになります。上記大綱においても、当初は「『予防』と『共生』」と、「予防」が先に書かれていたところ、認知症の患者さんたちから強い批判の声が上がり、「『共生』と『予防』」へと記載の順番が変更された、という経緯があります。この一件から、「予防」という言葉には、病者に対する負のラベリングをしてしまう危険性があることを私たちは学びました。
【編/近藤尚己、五十嵐 歩 認知症plus地域共生社会 つながり支え合うまちづくりのために私たちができること 日本看護協会出版会, 2022, pi】