「いまから話そう、認知症」

【基本編】軽度認知障害(MCI)について専門家が徹底解説

認知症は突然発症するわけではなく、時間をかけてゆっくり進行していきます。認知症の手前の段階を軽度認知障害(MCI=Mild Cognitive Impairment)と言います。MCIに詳しい横浜市立脳卒中・神経脊椎(せきつい)センターの秋山治彦医師は、「多くの場合、早い段階で治療を始めれば、認知症への進行を先送りに出来る」と話します。

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軽度認知障害(MCI)とは?
「おかしいな?」と感じたら
MCIと診断されたら
本人・家族へのメッセージ

軽度認知障害(MCI)について解説してくれるのは……

秋山治彦先生
秋山治彦(あきやま・はるひこ)
横浜市立脳卒中・神経脊椎センター臨床研究部長
1980年、京都大学医学部卒業。87年、京都大学大学院医学研究科内科系神経内科学修了(医学博士)。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学精神科キンズメン神経学研究所、東京都精神医学総合研究所などを経て、2016年より現職。14~20年、日本認知症学会理事長、現在は同学会顧問を務める。

【軽度認知障害(MCI)とは?】

認知症は認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態を指し、その原因となる病気はアルツハイマー病や、脳梗塞(こうそく)や脳出血といった脳血管障害など、数多くあります。認知症の手前の段階を軽度認知障害(MCI)と呼びます。認知症まではいかなくとも、認知機能が年齢相応であるとは言えない、いわばグレーゾーンです。例えば、「料理が得意だったのに、あまり上手に作れなくなる」「薬の飲み忘れが目立つ」「ずっと続けてきた趣味に興味がなくなる」といったように、さまざまな軽い変化が生じます。症状が進むとやがて認知症に移行し、毎年、MCIの人の5~15%が認知症になると言われています。

MCIには四つのタイプがあります=図1。 記憶障害がある場合は「健忘型MCI」、記憶障害が明らかではなく、言語障害や遂行機能障害(段取り良く作業が出来なくなる)など、記憶以外の障害が見られる場合は「非健忘型MCI」と呼びます。いずれも、初期の段階は障害が一つだけの「単一領域」、症状が進んで、複数の障害が現れるようになると「多重領域」に細分化されます。

図1 MCIのタイプ

MCIのサブタイプ診断のためのフローチャート。記憶障害「あり→健忘型MCI」、記憶障害のみ「はい→健忘型MCI単一領域」「いいえ→健忘型MCI多重領域」、記憶障害「なし→非健忘型MCI」、記憶以外の障害が一つのみ「はい→非健忘型MCI単一領域」「いいえ→非健忘型MCI多重領域」
MCIのサブタイプ診断のためのフローチャート (Petersen,R.C 2004)をもとに編集部で作成

認知症の原因となる病気には、アルツハイマー病や脳血管障害など、さまざまなものがありますが、MCIも同様です。MCIのタイプによって、ある程度、原因となっている病気や今後の進行を推測できます。例えば、健忘型MCIはアルツハイマー病がもとになっていることが多く、言語障害が見られる非健忘型MCI単一領域の場合、将来的に前頭側頭型認知症に移行することが多いと言われています。

厚生労働省の発表によると、2012年時点の認知症の高齢者人口は462万人。各年齢の認知症有病率が増加した場合、25年には730万人、30年には830万人まで増加すると推測されています=図2。数々のデータから、MCIの高齢者人口もほぼ同じように増加していると考えられ、20年時点で500万~600万人程度だったと想定されます。

図2 認知症高齢者人口の将来推計

認知症高齢者人口の将来推計。2012年462万人、2025年730万人、2030年830万人、2040年953万人
厚生労働省発表の数字をもとに編集部で作成

MCIは高齢者だけでなく65歳未満にも見られ、症状が進むと若年性認知症に移行します。家計を支えていたり、子育てや介護を担っていたりする場合、本人や家族の不安は大きいでしょう。したがって、まだ自立した生活を送ることが出来るMCIの段階から、いざという時に支援を受けられるよう、環境を整えておくことが重要です。介護保険制度や精神障害者保健福祉手帳などにひもづく、認知症と診断された場合に利用できる公的サービスについて調べたり、自治体ごとに設置されている地域包括支援センターや若年性認知症支援コーディネーター、さらには家族会などに相談してみたりするのも良いと思います。

【おかしいな?と感じたら】

少しでも異変を感じたら、まずはかかりつけ医に相談してください。必要に応じて、認知症の専門医や認知症疾患医療センターなどの専門医療につないでくれます。かかりつけ医がいない場合でも、日本認知症学会や日本老年精神医学会のホームページで専門医や専門病院が紹介されていますし、自治体の相談窓口や地域包括支援センターでも相談に乗ってくれます。

インターネットや本などで、認知機能の低下の度合いをはかる「チェックリスト」のようなものを見かけます。自治体や医療機関などが公開しているものなら、比較的信頼できますが、あくまで自己判断によるチェックです。「自分は認知症だ」とか、「まだ大丈夫」といった結論は出さず、医療機関を受診する「入り口」と考えると良いでしょう。

医療機関を受診すると、認知機能がどれくらい低下しているか、その原因となっている脳の病変は何かを調べるため、いくつかの検査をします。問診や認知機能検査、身体的な異常がないかを確認する血液検査、脳の萎縮や脳血管の病変を調べる画像検査(CT、MRI)、脳の血流や各部位の活動状態を見るSPECT(スペクト)検査などが保険診療で受けられます。まだ研究開発中ですが、数年後にはPET(陽電子放射断層撮影)検査や脳内物質の量を調べる血液検査でのアルツハイマー病診断も広まると期待されています。

MCIと認知症の線引きは非常にあいまいで、例えば認知機能検査で「何点以上がMCI」「何点以下が認知症」など、はっきりと分けられません。日常生活の様子やさまざまな検査の結果を総合して、認知症ではないが、年齢相応程度よりも認知機能が低下している状態と判断されれば、MCIと診断がつきます。

【MCIと診断されたら】

MCIの原因となる病気には、ホルモン異常などの病気(内分泌疾患)やうつ病などがあり、適切な治療をすることで認知機能も健常に戻る場合があります。したがって、「年齢のせいだろう」とそのままにせず、異変を感じたら、早期に診断を受け、原因に合わせた適切な治療を始めることが大切です。また、アルツハイマー病をはじめとする進行性の病気でも生活習慣の改善など、適切な治療によって、進行を遅らせることが出来ます。元気な状態を長く保つためには、MCIの初期段階で発見し、治療を始めることが大切です。

MCIの治療では現在、保険が使える薬(薬物療法)はありません。したがって、体を動かす運動療法、音楽を聞くことで脳に働きかける音楽療法、ゲームやパズルなどで脳を活性化させるトレーニングなどの非薬物療法が用いられます。また、認知症と同様、生活習慣を改善することで、MCIの発症リスクを抑え、また症状の進行を緩やかにすることが出来ると言われています。さらに、視力や聴力を良い状態に保つことも重要です。

MCIの原因となる病気によって、とるべき行動は変わってきますが、ここでは一般論をお話しします。2019年に世界保健機関(WHO)が「認知機能低下および認知症のリスク低減」というガイドラインをまとめました。そこでは、運動の習慣のほか、高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病の改善、食事内容の見直し、飲酒量のコントロール、禁煙などがあげられています。また、いわゆる「脳トレ」などの認知トレーニング、社会活動なども推奨されています。

【イラスト】食事や飲酒量のコントロール、禁煙、定期的な運動など生活習慣の改善でMCIの発症リスクを抑える

バランスの良い食事、飲酒量のコントロール
禁煙、適度な運動

【本人・家族へのメッセージ】

MCIの早期発見、早期治療は、本人だけでなく家族にとってもメリットが大きいです。例えば、記憶機能が低下すると「今日は何日だっけ?」など、何度も同じことを尋ねます。MCIだと気づいていないと、聞かれた家族は「何度も言わないで!」と怒ってしまうかもしれません。こうしたことの積み重ねにより、長年築きあげてきた関係性が壊れてしまうことも少なくありません。しかし、MCIだと分かっていたら周りも適切な対応がとれます。また、ある程度判断力が保たれているMCIの段階で、将来設計の見直しをしたり、本人があらかじめ希望を伝えたりしておくことも出来ます。現在はコロナ禍でさまざまな制約がありますが、少しでも異変を感じたら、どうか迷うことなく医療機関を受診してもらいたいです。

(イラスト協力/朝日新聞メディアプロダクション)

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