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本から知る認知症

年末年始特別編 親子で認知症について語るきっかけに お薦めの本

本から知る認知症

認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

皆さんお久しぶりです。今回は「年末年始に読みたい認知症の本」を4回シリーズとしてご紹介させて頂きます。
いつにも増して忙しい年越しの時期には、ぱっと見て分かりやすく、ほろ酔い気分でもすっと頭に入ってくる本が良いですよね。私のお勧めの一押しの本は『ぜんぶわかる認知症の事典』です。書名に“事典”とありますが、ページ数は160ページほどで分厚くはありません。けれど、認知症の症状から検査、診断、最新治療まで、カラーのイラストをふんだんに示しながら、とても分かりやすく、かつ丁寧に書かれていますので、まさに認知症に関する事典のような本です。

嗜銀顆粒性認知症―軽度のアルツハイマー型と診断されやすい

『ぜんぶわかる 認知症の事典』

まず、この本の中から抜粋して、「嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症(argyrophilic grain  dementia:AGD) について紹介します。

嗜銀顆粒性認知症
その頻度はアルツハイマー型認知症に次ぐともいわれるが、認知度が低く、また画像や症状からは確定できないため、軽度アルツハイマー型と診断されやすい。
記憶障害は軽く、進行は遅い。易刺激性、自発性の低下などの前頭葉症状が現れることもある。
【監修/河野和彦,『ぜんぶわかる認知症の事典』,成美堂出版,2016,p65】

この嗜銀顆粒性認知症と診断されたことを、認知症のスクリーニングテスト『長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)』の開発者として高名な長谷川和夫先生(故人)は晩年、著書『父と娘の認知症日記』で告白されています(p75)。

また、この本の中には、長谷川先生が2020年8月、入院中にリハビリの一環として講演したときのエピソードが記されています。

「こうして介護される身になると、たんに仕事としてかかわってくれる人と、本当に親身になって接してくれる人、その違いがわかっちゃうんだよ。わかるの。
今の自分の状況を踏まえて思うことは、認知症になってもそれで終わりではない、また戻ってこられる、ということです。こういったことも発信し、体験を書いて、世の中に広める。自分の結末をつくりたい。患者になっても学び続けたいと思っています。」
【長谷川和夫・南髙まり,『父と娘の認知症日記 認知症専門医の父・長谷川和夫が教えてくれたこと』,中央法規, 2021, p154-155】

「認知症になってもそれで終わりではない、また戻ってこられる」 とても重く、心に留めたい言葉です。

さらに、同書には、2004年12月に「痴呆(ちほう)」から「認知症」へと呼称が変更されたいきさつも書かれていて(p50-52)、これまでの社会の変化の理解にも役立ちます。

『父と娘の認知症日記』

ここで、少しだけ専門的な話をさせて下さいね。
みなさんもよくご存じのアルツハイマー病では、神経細胞の周りに「アミロイドβ」というたんぱく質が蓄積し、その量が増えるにつれて神経細胞内に「タウたんぱく」がたまっていき、神経細胞の破壊、死滅へとつながっていき、やがて脳が萎縮していくと考えられています。
一方で、アミロイドβの蓄積は乏しい(優位ではない)のに、細胞内にタウたんぱくが異常に蓄積し、神経系の変性をきたす疾患をタウオパチーといい、高齢者タウオパチーの代表的なものの一つが、前述の嗜銀顆粒性認知症で、もう一つが神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)といわれるものです。

神経原繊維変化型老年期認知症については、「認知症疾患診療ガイドライン 2017」
から引用して、ご紹介します。

神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)
概念:
発症は加齢とともに増加し、高齢者認知症剖検例の1.7~5.6%と報告されており、90歳以上の認知症発症例の20%を占めるとされている。
臨床的特徴:
 ①後期高齢者に多い
 ②緩徐進行性
 ③記憶障害で初発
 ④他の認知機能障害や人格変化は比較的軽度
 …(中略)…
治療:
実臨床では、SD-NFTの多くはAlzheimer型認知症としてコリンエステラーゼ阻害薬が投与されているが、SD-NFTに対して有効性が証明された治療法はない。
【『認知症疾患診療ガイドライン2017』,医学書院,2017,p300-301】

上記の「治療」の部分で記されている「コリンエステラーゼ阻害薬」というのは、

「アセチルコリン」という記憶に関与する伝達物質を増やし、脳を活性化させる作用がある薬のことです。アルツハイマー型やレビー小体型認知症の抗認知症薬として、ドネペジル塩酸塩(商品名:アリセプト)などがよく知られています。
しかし、神経原線維変化型老年期認知症では、こうしたコリンエステラーゼ阻害薬が効かないとされているのです。つまり、90歳以上の認知症発症例のうち2割ほどは神経原線維変化型老年期認知症とされるため、これらの人々にはコリンエステラーゼ阻害薬の投与は慎重にした方が良いということになります。これは、私が、みなさんに知ってもらいたいと思ってきたことの一つです。

もう1冊、ご紹介したいと思います。年末年始は、帰省などで久しぶりに親子だんらんもあることでしょう。還暦を過ぎたノンフィクション作家・髙橋秀実さんが認知症の父親を介護する日々をユーモラスに描いた『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』(新潮社, 東京, 2023)もお薦めの本です。
髙橋秀実さんは、幻視が見え病識がある父との会話を通して認知症への理解を深めていきます。

『おやじはニーチェ』

私はWeb上の書評欄に以下のような感想を寄せました。

筆者の髙橋秀実さん(ノンフィクション作家)は、たくさんの専門書を読んで勉強され、「『さっき見えた』と過去形で語るとアルツハイマー型認知症で、『見えている』と言って声をかけたりする場合はレビー小体型認知症らしい。」(p66)といった有益な医療情報を随所に披露して下さいます。

また、髙橋秀実さんと奥様のやり取りにも興味深いものがあります。

「お父さんは認知症じゃないわよ」
――そうなの?
「ボケてるだけでしょ」
「認知症」はあくまで行政用語。親子のことを社会問題にすり替えるな。「ボケてるだけ」とは自分の親としてきちんと向き合うべきだという愛の宣言なのである。【髙橋秀実,『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』,新潮社,2023,p210】

様々なことを考えさせられるエピソードですね。
このほかにも、哲学的な知識とともに認知症について深く学ぶことができる内容の本となっています。

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