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本から知る認知症

認知症における早期診断=早期絶望にしないために必要なこと 大切な仲間の存在

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

みなさん、認知症診療において使われることがある『空白の期間』という言葉を知っていますか?

2007年、45歳の時にアルツハイマー型認知症と診断された藤田和子さん(日本認知症本人ワーキンググループ代表理事)は『空白の期間』について以下のように言及しておられます。

早期診断の広がりによって、自分が認知症であることを認識できる『初期』で診断される人が増えているものの、診断前後から介護保険サービスの対象とされるまでの支援は未整備であり、絶望に陥る人があとを絶ちません。この『空白の期間』の解消は、これから認知症になる可能性のあるすべての人にとって深刻かつ切実な問題です。【藤田和子:認知症になってもだいじょうぶ!─そんな社会を創っていこうよ 徳間書店, 2017, p107-108】
書影『認知症になってもだいじょうぶ!』

このように、認知症診療においては「早期診断=早期絶望」という問題点が指摘されてきました。早期絶望を解消するためには、どういったことが必要なのでしょうか。

若年性アルツハイマー型認知症当事者である下坂 厚さんは著書において、同じく若年性アルツハイマー型認知症当事者である丹野智文さんに初めて会ったときのことを書いておられます。

ネットで『認知症になったら、早ければ2年で寝たきりになる』と書いてあるのを読んで落ち込んでいたのですが、目の前にいる丹野さんは、認知症の診断から6年も経っているにもかかわらず、元気で明るく、生き生きとしていて、まぶしいほどに前向きなパワーを発していました。講演会が終わった後に挨拶に行くと、丹野さんはぼくに向かって、明るい笑顔で『下坂さん、大丈夫だよ!』と言ってくださいました。とてもシンプルな言葉ですが、認知症の当事者である丹野さんから発せられたあのときの『大丈夫』という言葉は、ぼくの胸にまっすぐに届き、大きな勇気と希望を与えてくれました。【下坂 厚、下坂佳子『記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと』 双葉社, 2022, p92-93】

※下坂厚さんの写真連載「つなぐ、つながる下坂日記」もご覧ください。

書影『記憶とつなぐ』

ちょうど、第24回日本認知症ケア学会(2023年6月3~4日・京都)の会場で下坂 厚さんの講演を聴く機会がありましたので、「丹野智文さんと実際に会って話さないとダメだったのですか?」と確認したくなりました。

私が「丹ちゃん(丹野さん)の映像を見ていたとは思うのですがやはり、実際に会って話すことが大切!!という理解でよろしいですか?」と質問したところ、
下坂さんは、「はい。実際に会うことがきっかけになりました」とお返事されました。それを聞き、私は、対面によるピアサポート(仲間同士の支え合い)の重要性を再認識いたしました。

当事者相談員が行うピアカウンセリングの様子を詳細に伝えている本【大塚智丈『認知症の人の心を知り、「語り出し」を支える 本当の想いを聴いて、かかわりを変えていくために』,中央法規, 2021】もあり、診断直後の認知症の人を支えるという視点でとても参考になるのではないかと思います。

書影『認知症の人の心を知り、「語り出し」を支える』

さて、今日のクイズです。
若年性認知症発症時の就労状況と調査時の就労状況を比較したデータがあります。
「同じ職場で働いている」と回答したのは何%でしょうか?

正解をお伝えする前に、認知症の人が“はたらく”ということに果敢に挑んでいる前田隆行さんに触れておきましょう。
なかまぁるの皆さんは、連載『みんなが心開いて「素」になれる場所』の「100BLG」の代表としておなじみですね。

その活動の理念を前田隆行さんが本の中で述べておりますのでエッセンスを以下にご紹介します。

認知症と診断され、地域とのつながりが希薄化、もしくは寸断され孤立している認知症の人たちも安心して「素(す)」になれるような集える場がBLGである。そこで仲間意識をもった人たちがグループとなり,地域へ出掛けて行き,地域に貢献する仕事を引き受けている。
仕事の一部は有償の仕事として、企業等から謝礼が支払われる。地域に貢献し、時には謝礼をもらうことは、生きがいにつながる。「はたらくこと」は、地域とのつながりを生み、その人の役割をつくり、仲間を育む。【編:近藤尚己、五十嵐 歩『認知症plus地域共生社会 つながり支え合うまちづくりのために私たちができること』日本看護協会出版会, 2022, p79-84】
書影『認知症 plus 地域共生社会』

それでは、クイズの正解を言いますね。

若年性認知症発症時の就労状況と調査時の就労状況を比較し、「同じ職場で働いている」と回答したのはたった10%でした。
67.3%が退職しており、解雇された方も6.2%ありました。休職・休業中の方が5.3%です。
認知症を抱えながら働き続けることの困難さを感じさせる数字ですね。
※出典:粟田主一「若年性認知症の疫学と社会政策」 週刊『 医学のあゆみ』 Vol.278 No.12 1016-1022, 2021

そうした現状がある一方で、高知県在住の若年性アルツハイマー型認知症である山中しのぶさんは
2022年10月に同県香南市で地域密着型通所介護「でいさぁびすはっぴぃ」を開所され、BLG高知の代表を務めておられます。当事者が運営するデイサービスは全国初だと思われます。

私は、2023年4月22日に開催された講演会『誰もが一人じゃないと感じる居場所~認知症当事者が運営する全国初のデイサービス~ 山中しのぶ氏(BLG高知代表)×前田隆行(100 BLG代表)』を聞くことができました。
山中しのぶさんの発言が印象的でしたのでご紹介します。
「どん底から救ってもらったように、次は私の番です。孤独になっている人、診断されて不安になっている人、もしかしてと病気を疑っている方に寄り添いたいと思い、2022年4月に法人を設立しました。名前は、「セカンド・ストーリー」。認知症になってからの第二の人生です。認知症の私がデイサービスの経営者。いろんな不安もあるかと思いますが、私一人ではありません。いろんな方が支援してくれ応援してくれています。」

山中しのぶさんの姿をみておりますと発症後も人は人間的に成長を続けるということが実感できますね。
※山中しのぶさんの記事「誰もが一人と感じない場所をつくりたい@高知~BLGの活動報告」もご参照ください。

第24回日本認知症ケア学会(2023年6月3~4日、京都)にて撮影。左から、筆者(笠間睦)、山中しのぶさん(中央)、大塚智丈さん(右)
第24回日本認知症ケア学会(2023年6月3~4日、京都)にて撮影。左から、筆者(笠間睦)、山中しのぶさん、大塚智丈さん

山中しのぶさんの成長していく姿から『認知症のスピリチュアルケア』という本の冒頭に書かれている一文を思い出しましたので、最後にご紹介したいと思います。

スピリチュアル回想法を一言でいえば、対話を通じて本人が人生をふり返り、生きることに意味を見出せるよう助ける手法である。その根底にあるのは、認知症によって「人生が終わる」どころか、発症後も人は人間的に成長を続け得るという確信である。エリザベス(※著者)はクリスティーン(※豪在住の認知症当事者発信活動の先駆者)との対話を通して得たこの仮説を、多くの認知症の高齢者とともにスピリチュアル回想法を実践することによって確信にまで深めたのである。そして、それと同様に重要なことは、この旅路をともにすることを通じて、ケアする側もまた人間的に成長するということである。ケアする人の成長なくして、認知症の人のケアは行えない。【著:エリザベス・マッキンレー、コリン・トレヴィット 監修:遠藤英俊、永田久美子、木之下 徹 訳:馬籠久美子 『認知症のスピリチュアルケア こころのワークブック』 新興医学出版社, 2010, p i】
書影『認知症のスピリチュアルケア』

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