【テスト編】軽度認知障害(MCI)の診断は? 長谷川式 MoCA-J ほか
更新日 取材/渡辺鮎美
「もしかして軽度認知障害(MCI)?」と感じて病院に行ったら、どんな診察を受けるのでしょうか。何かを試す? 内容、所要時間は? 病院じゃなくても調べられる? 気になるあれこれを、国立長寿医療研究センター・もの忘れセンター長の櫻井孝先生が解説します。
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・【認知機能の診断方法って?】
・【自立した生活を送れているかどうかを調べるには?】
・【年齢などによって判断が難しい場合は?】
・【認知機能・生活機能の評価法「DASC(ダスク)-21」とは?】
・【早期発見のための取り組みと最先端の研究】
・【本人・家族へのメッセージ】
軽度認知障害(MCI)テスト編について解説してくれるのは……
- 櫻井孝(さくらい・たかし)
- 国立長寿医療研究センター・もの忘れセンター長、認知症先進医療開発センター長、副院長
- 1985年、神戸大学医学部卒業。神戸大学大学院修了(医学博士)、岡崎国立共同研究機構生理学研究所、米ワシントン大学薬理学教室、神戸大学附属病院老年内科を経て2014年より国立長寿医療研究センターに勤務。名古屋大学大学院医学系研究科で、認知機能科学分野の連携教授も務める。
認知機能の診断方法って?
受診されたかたには、まず認知機能がどれだけ低下しているか、次に生活機能が低下しているのかを問診で確認します。認知機能が低下していて、自立した生活を送ることが難しい状態であれば、すでに認知症に進んでいるかもしれません。自立した生活が送れているのであれば、軽度認知障害(MCI)であろう、と考えます。
認知機能の低下を診断する際は、「長谷川式簡易知能評価スケール(以下、長谷川式)」や、「MMSE(Mini-Mental State Examination)」などがよく使われます。5~7分程度かけて口頭でやり取りをし、「今日の日付は?」「今どこにいるか」、言葉の復唱や計算、図形の模写など、それぞれの質問への答えや反応から採点します。いずれも30点満点で、長谷川式の場合20点以下、MMSEだと23点以下で、認知症の疑いが高いと判断されています。
しかし、これらはもともと、認知症の疑いがある人を対象にそこから選別する「スクリーニング診断用」に作られたものなので、MCIかどうかを調べるには必ずしも十分ではありません。そこで、MCI診断のために作られたのが、「MoCA(モカ、Montreal Cognitive Assessment)」という方法です=図。カナダ発で、多言語に翻訳され世界各国で採用されている、信頼度の高い指標でもあります。質問内容は長谷川式やMMSEと重なるところもありますが、8~10分ほどかけて、より広い質問内容で認知機能を評価します。30点満点中、25点以下でMCIの疑いがあるとされます。
図 日本語版MoCA
自立した生活を送れているかどうかを調べるには?
次に、日常生活を送るために必要となる動作の能力「ADL(Activities of Daily Living)」が、維持できているかを調べます。
ADLは大きく2つに分けられます。1つは、移動や階段の上り下り、入浴やトイレの使用、食事など、生活を送る上で基本となる動作の「基本的ADL」。もう1つが、買い物や食事の準備、服薬管理、交通機関を使った外出など、より複雑で多くの動作からなる「手段的ADL」です。
認知機能の低下が起こると、まず手段的ADLから下がっていきます。暮らしのささいなところに現れるので、日常生活に関することを重点的に、ご本人や家族に質問していきます。
例えば、薬を飲み忘れたり管理ができずにためてしまったりしていないか、自宅にあることを忘れて何度も同じものを購入したり、冷蔵庫にあるものを腐らせたりしていないか――。料理も、認知的にとらえると結構難しいことをしているんです。何品もの料理を同時に作るのは、高度なタスク。これができなくなってくると認知機能の低下が疑われるので、「お料理は最近どうですか?」と質問することもあります。
もちろん男女差や習慣の違いもあるので、医師が個別に判断して尋ねる必要があります。例えば料理や買い物の習慣が少ない人もいますので、そういった人には「電車やバスに間違えずに乗って、1人で外出できていますか」といったことを聞いています。
年齢などによって判断が難しい場合は?
60~70代の人であれば自立生活が送れている状態が基本ですが、90歳を超えたかたなど、もっと年齢を重ねると足腰だって衰えてきますから、むしろ買い物や外出が難しいのはあたりまえです。そういった人が果たして認知症なのか、それともMCIなのか判断するのは難しいところです。どうしても線引きをしたい時は、認知症の重症度を測る「CDR(Clinical Dementia Rating)」という方法を採用し、健常(0点)、認知症の疑い(0.5点)、軽度認知症(1点)、中等度認知症(2点)、重度認知症(3点)に分類し、CDR=0.5を軽度認知障害(MCI)として捉えることが多いです。こちらは40分ほどかかる大がかりなものなので、受診されたかた全員には行いません。それぞれの医師が、適切な検査法を選んでいます。
MRI検査やCTによる脳の画像検査、血液検査、神経心理検査なども必要になりますが、これらは問診を終えてから、より詳しく原因を調べるために行います。記憶力の低下がみられる「健忘型MCI」と、言葉が出にくかったり視覚による空間の認知障害が現れたりする「非健忘型MCI」では、原因や対処法が異なることがあるからです。
認知機能の低下につながる病気は100ほどあります。まずは問診で症状の度合いを調べた上で、原因を究明し、対処法を検討していく、という流れになります。
認知機能・生活機能の評価法「DASC(ダスク)-21」とは?
「DASC(ダスク)-21」というツールも紹介します。これも医師らがよく用いる指標の一つですが、21の質問の回答により「認知機能」と「生活機能」の両方を総合的に評価します。各回答を1~4点で採点し、点数に応じて支援の目安をつけることもできます。原則として、このツールの研修を受けた専門職が回答内容を評価していくものですが、一般の人にもわかりやすい質問になっており、MCIかな?と思っている本人や、家族や身近にいる人などが本人の状態に照らし合わせることもできるので、参考にしてみてください。
● 財布や鍵など、物を置いた場所がわからなくなることがありますか
● 今日が何月何日かわからないときがありますか
● 1人で買い物はできますか
● バスや電車、自家用車などを使って1人で外出できますか
● 貯金の出し入れや、家賃や公共料金の支払いは1人でできますか
● トイレは1人でできますか
● 食事は1人でできますか
● 家のなかでの移動は1人でできますか
DASC-21より、質問を一部抜粋
今の段階では、一般の人が簡単にMCI診断できるようなツールはなく、ご本人や家族などが自己診断することはできません。先に挙げたように、MCI診断は、医師が様々な質問をし、正しく答えられたかだけではなく、回答の内容や反応なども含めて細かく確認する必要があります。
認知機能を測るテストは、ネットや書籍などで紹介されていることもありますが、若いかたの場合、軽々とクリアしてしまうこともあるでしょう。少しでも心配を感じる場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。「ちょっと心配で」とか「両親が認知症だったので、自分も心配」「こんなことで来て申し訳ない」と言いながらいらっしゃるかたがいますが、それでいいと思います。医療機関で調べて大丈夫であれば、「問題ありませんよ」と伝えられますから。
早期発見のための取り組みと最先端の研究
現在、私たち国立長寿医療研究センターが中心となり、他の研究機関や大学、企業とも共同で進めている「BATONプロジェクト」では、血液検査で認知症のリスクやタイプを推定したり、どのように進行するか予測を可能にしたりするためのシステムを開発中です。アルツハイマー病や脳梗塞(こうそく)など、認知機能を低下させる要因はいろいろありますが、実は認知機能の低下がみられるよりもずっと前から、脳の中では何年もかけて病気が進行しています。早期に発見できれば、より効果的な対処ができますし、血液検査だけで済めば低コストというメリットもあります。まだ研究段階ではありますが、近い将来、脳ドックや検診に組み込まれるようになるかもしれません。
MCIと診断されてもストレートに認知症になる人だけでなく、いったんは健常に戻り、MCIと健常の状態を行ったり来たりしながら進行する人もいます。先々の予測が可能になれば、診断後の治療や対応についての見通しもしっかり立てることができ、よりその人らしい生活を送ることができるでしょう。
また、「これをやれば認知機能の低下を抑制できる」とか「認知機能が向上する」と、太鼓判を押せる対処法の指標作りにも取り組んでいます。特にMCIは薬による治療がありませんので、薬以外の部分でどれだけの効果が実証できるかが大切です。認知機能を高める訓練だけでなく、運動法や食事法、フレイル予防なども含めて複合的に研究し、最終的には病院だけでなく、民間による認知症予防サービスなどとしても社会に普及させたいと考えています。
本人・家族へのメッセージ
どんな病気も先手必勝です。「忘れっぽいかも」「最近仕事の失敗が多いな」と、少しでも心配を感じた場合は、ためらわずぜひ受診をしてほしいと思います。MCIと診断された人のうち、年間で5~15%の人が認知症へと進行しているといわれますが、それと同時に、16~41%の人が健常状態に戻っています。診察を受けてMCIでなかったら不安な気持ちを手放すことができますから、もし周囲で心配している人がいたら「大丈夫だと早くわかったほうが安心できるよね」と伝えて、背中を押してあげるのが良いと思います。MCIではなかったからといって、受診していけないことはないのですから。どんどんいらしてください。
当センターが立ち上がった約10年前、受診されたかたのうち、MCIと診断される人の割合はとても少なく、すでに認知症の段階に進んでいるケースがほとんどでした。ですが、今は初診患者の4分の1がMCIと診断されています。気軽に来院されるかたが増え、みなさんの意識も変わっているのだと感じています。これからは、がんの検診を受けるのと同じように、MCI受診もあたりまえの時代になっていくのではと思います。
(イラスト協力/朝日新聞メディアプロダクション)