国内でも承認 アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」を徹底解説
更新日 取材/中寺暁子
アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」が2023年9月25日、日本で承認されました。2021年6月に米食品医薬品局(FDA)で承認された「アデュカヌマブ」と同様、バイオジェン(米国)とエーザイ株式会社(日本)が共同開発した新薬です。認知症の原因物質に作用し、早期アルツハイマー病の進行を抑えることが期待される初めての治療薬となります。脳神経筋センターよしみず病院の川井元晴医師に解説していただきます。
レカネマブについて解説してくれたのは……
- 川井元晴(かわい・もとはる)
- 脳神経筋センターよしみず病院 副院長
1990年山口大学医学部医学科卒業、1996年同大医学部大学院卒業。同大医学部附属病院脳神経内科もの忘れ外来担当医、同大医学部神経・筋難病治療学講座教授を経て、2022年から現職。認知症の人と家族の会理事、同会山口県支部代表世話人も務める。
レカネマブとは
バイオジェン(米国)とエーザイ株式会社(日本)が共同開発した、アルツハイマー病の新しい治療薬です。アルツハイマー病発症のきっかけとなる、脳内のアミロイドβを減らす作用が認められ、早期アルツハイマー病の進行を抑えることが期待されています。
従来薬やアデュカヌマブとの違い
日本では現在、4つの認知症治療薬が使用できます。また、日本では承認されていませんが、米国ではレカネマブより先にアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」が承認されています。レカネマブの作用や従来の薬、アデュカヌマブとの違いについて説明します。
どのような作用があるのか
認知症の原因疾患はさまざまですが、最も多いアルツハイマー病は、「アミロイドβ」というたんぱく質が何らかの原因で脳の神経細胞の外側に蓄積することがきっかけになるとみられています。蓄積したアミロイドβがかたまりとなると、今度は神経細胞の中に「タウたんぱく」が蓄積します。すると、神経細胞が減少し、認知機能が低下すると考えられています。
レカネマブは「抗アミロイドβ抗体」と呼ばれる薬で、抗体の働きで脳内に存在するアミロイドβに結合して減らす作用を持っています。特に蓄積したアミロイドβがかたまりになる前段階のアミロイドβ(プロトフィブリル)を除去することがわかっています。
従来の薬(アリセプトなど)との違い
日本で承認されている認知症の治療薬は、ドネペジル(先発品の商品名アリセプト)、ガランタミン(同レミニール)、リバスチグミン(同イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ)、メマンチン(同メマリー)の4種類があります。いずれも残っている神経細胞ができるだけ長く働くようにすることで、認知症の症状を一時的に軽くする効果を期待できます。しかし進行を抑えることはできません。
一方、レカネマブはアルツハイマー病発症のきっかけとなる脳内のアミロイドβを減らす作用が認められているため、アルツハイマー病の進行を抑えることが期待できるのです。
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アデュカヌマブとの違い
アデュカヌマブもレカネマブも「抗アミロイドβ抗体」と呼ばれる薬で、脳内のアミロイドβに結合して減らす作用があります。アミロイドβはかたまりを作る過程で、数や形態が変わっていきますが、そのうちどのアミロイドβに結合するかという点が、アデュカヌマブとレカネマブでは異なります。その違いが治療効果の差にも表れていると考えられています。
日本を含めたアジア、北米、欧州各地の235施設でおこなわれた「第三相臨床試験」(治験の最終段階)では、脳内にアミロイドβの蓄積が確認されたMCI(軽度認知障害)と軽度アルツハイマー型認知症の1795人を対象に、レカネマブを投与するグループと偽薬を投与するグループに分けて治療効果を検証しました。2週間に1回投与し、18カ月後の認知機能の変化を比べたところ、レカネマブを投与したグループは偽薬のグループに比べて27%、症状の悪化を抑制できたのです。
アデュカヌマブは、2つの臨床試験のうち、1つの治験では認知機能の低下を抑制できましたが、もう1つの治験では効果が認められないまま米国で迅速承認されたという経緯があります。
一方レカネマブの臨床試験は、統計学的に明らかな治療効果が得られたといえます。
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誰に使える薬なのか
MCIもしくは軽度アルツハイマー型認知症で、さらにアミロイドPET検査や脳脊髄液検査によりアミロイドβの蓄積が認められた人が対象になります。
中等度以上に進行したアルツハイマー病の人には、効果が確認されていません。また、MCIや軽度認知症であってもアミロイドβの蓄積が認められない人は対象外です。
臨床試験の対象は65歳~80歳くらいの人が多く、それより若い人、もしくは高齢の人はデータが多くありません。特に高齢者には慎重に投与する必要があります。
また、治験では抗凝固薬など出血傾向のある薬を使用している人、さらにMRI検査で脳内に出血性の病変が見つかった人は副作用のリスクが考慮され、対象から外しています。レカネマブが承認された際には、こうしたことも留意する必要があります。
投薬はどのように行われるのか
2週間に1回、点滴投与します。点滴にかかる時間は、1時間程度です。認知症と診断された人は、一般的に2~3カ月に1回程度通院しますが、レカネマブを使用する場合は通院頻度が高くなります。レカネマブが承認された場合、通院しやすい場所にレカネマブを使用した治療ができる病院があるかどうかということも、治療を受ける条件の一つとなるでしょう。
臨床試験では18カ月にわたり投薬していますが、どのような状態になったら投薬をやめるのかなど、治療期間については、現時点では定まっていません。
副作用について
アデュカヌマブと同様に、副作用として脳の浮腫や出血があります。臨床試験では、12.6%の人に脳浮腫、17.3%の人に脳内出血が確認されましたが、多くの人は自覚症状がありませんでした。このため、レカネマブを使用できるようになった場合は、定期的にMR検査を受ける必要があり、浮腫や出血が認められれば、投薬を休止、もしくは中止します。
また、レカネマブは抗体製剤のため、特に初回の点滴後には、重いアレルギー症状「アナフィラキシー」や発熱、寒気などの症状が出ることもあります。
米国での承認プロセスについて
FDAは、2023年1月6日にレカネマブを迅速承認しました。迅速承認とは、重篤な病気の薬を早く実用化するための制度で、レカネマブは治験の中間段階の結果をもとに迅速承認されました。
日本での状況
日本では2023年1月16日に厚生労働省に承認申請がおこなわれました。
また、レカネマブは、重篤な疾病で医療上の有用性が高いと認められた新薬に与えられる「優先審査品目」に指定されました。治験の結果については、アデュカヌマブのように専門家からの疑義が上がっていないため、承認に向けて期待が高まっていました。
そして、厚生労働省の専門部会は同年8月21日、国内での製造販売を了承しました。近く正式に承認される見込みです。
薬価はどれくらいになるのか
米国での薬価は、日本円に換算すると1人あたり年間約2万6500ドル(約340万円)です。アデュカヌマブと比べるとかなり抑えられていますが、アルツハイマー病は患者数が多い疾患であることを考えると、保険適用の範囲などが課題となります。
保険適用となるのか
厚労省に承認されれば、基本的には公的医療保険が適用されます。レカネマブを使用するには、アミロイドPET検査や脳脊髄液検査によって、アミロイドβの蓄積を確認する必要があります。レカネマブの承認にあたっては、こうした検査も一緒に承認されることが望まれます。
レカネマブはたとえ保険適用になったとしても、認知症の人すべてが使用できるわけではありません。条件に当てはまるかどうかを正しく診断し、フォローアップできる施設での治療が必要です。
アルツハイマー型認知症とは
認知症は、さまざまな原因疾患によって発症しますが、約6割を占めるのがアルツハイマー病によるものです。アルツハイマー病を原因疾患とする認知症は「アルツハイマー型認知症」と呼ばれます。もの忘れから症状が出ることが多く、ゆっくり進行していくのが特徴です。
根本的な原因は明らかになっていませんが、脳内にアミロイドβというたんぱく質が蓄積することが、発症のきっかけになると考えられています。現在使用できる治療薬は、進行のスピードを遅らせることしかできないため、アミロイドβを除去して進行を抑える可能性がある新薬に注目が集まっています。
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