「介護のない世界」を目指したい 介護大手ソラストが健康寿命の延伸を支援する「要介護者にならない」ためのサービスを強化へ
取材・岩崎賢一、写真・北森哲平
「科学的介護」という言葉をご存じでしょうか。介護の質の向上に向け、介護データを収集し、それを科学的に分析し、施策のほか、介護サービス事業者にフィードバックして利用者の介護の質向上に役立てようとするものです。介護事業部門を持つ「株式会社ソラスト」(本社・東京)の藤河芳一・代表取締役社長 CEOや幹部は、このほど開かれたメディア向けのセミナーで、重度の要介護者に向けた介護サービスの提供にとどまらず、データヘルスなどとも連携し、要介護者にできるだけならないためのサービスの提供も重視し、健康寿命の延伸に取り組んでいく方針を強調しました。そのポイントとして「科学的根拠に基づく介護」と「適切な栄養サポート」への取り組み強化を挙げています。
ソラストがチャレンジする「介護のない世界」へのロードマップ
メディア向けのセミナーは、7月6日に開かれ、藤河CEOら幹部が今後の事業について説明し、その後、個別取材も行われました。
ソラストの事業(連結売り上げ)は、医療関連受託事業が売り上げの約55%を占め、介護事業が37%、こども事業が8%と続いています。介護事業所数は663で、関東、関西、東海の3つのエリアを中心に、訪問介護、デイサービス、居宅介護支援、グループホーム、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅などを経営しています。同社は2023年度3月期の決算で10年連続の営業黒字を達成しました。
そのうえで、藤河CEOは「この延長線上では(さらなる成長が)難しいことから、新たなステージにチャレンジするために、昨年4月に企業理念まで変えました」「2030年、2050年に向けて普遍な理念にすべきだということから変えました」と説明しました。
新しい企業理念は、『人とテクノロジーの融合によって、安心して暮らせる地域社会を支え続けます』です。
藤河CEOはソラストが目指す領域について、「これは長いロードマップになります。今の段階では夢物語ですが『介護のない世界』をつくりたいということです」と目標設定を明らかにしました。
人生100年時代と言われていますが、平均寿命と健康寿命に差があることは多くの人に知られています。政府の政策も、医療界も、そして国民も、健康寿命を延ばすことへの関心が高まっています。ソラストの介護事業でサービス別売り上げを比較すると、デイサービスが26%、訪問介護が19%といったように、在宅で暮らす高齢者への介護サービスを得意としているのが特長の一つです。
介護保険の介護報酬でも「科学的介護情報システム(LIFE)」の活用等が要件として含まれるLIFE関連加算が採り入れられたほか、介護サービスの利用者の日常生活動作(ADL)を維持・向上を評価して加算するような仕組みの導入へのトレンドもあります。ソラストの新戦略は、こうした流れに呼応し、積極的に対応していくものとみられます。
デイサービスに通う約3割が「低栄養や低栄養のリスクがある状態」
「介護のない世界」を作る理由について、こう説明しています。
「高齢者の方の約70%は介護を受けずに天命を全うしています」(藤河CEO)
科学的介護には7つのテーマがあります。認知機能、ADL向上、業務効率、事故防止、口腔ケア、栄養管理、感染対策です。ソラストでは、まず栄養に注目しています。高齢者の低栄養は、免疫低下、筋肉量や骨量の低下による転倒・骨折のリスクが増加するほか、認知機能の低下などの悪循環を繰り返し、心身が虚弱する「フレイル」が進行していくからです。
ソラストは「認知症、感染症など全身状態に関与するため栄養管理は重要」としており、栄養状況を可視化することで本人以外の人たちが、科学的に判断できるようにすることを目指しています。
そのため、大手食品飲料会社「ネスレ日本」と栄養管理に関する共同研究も進めています。
ソラストでは、2021年4月~2022年11月の間、13施設のデイサービスを利用している65歳以上の利用者を対象に、科学的介護に向けた「高齢者の栄養改善効果の研究」を実施。中間報告では、適切な栄養サポートがデイサービス利用者の健康維持とQOL(生活の質)の向上に寄与する可能性が示されました。
中間報告によると、調査数507人に対し、138人の利用者が「低栄養または低栄養のリスク」であることが分かりました。27.2%です。
この中から研究内容に同意してもらった54人を対象に「栄養サポートに関する効果測定」を実施。栄養補助食品を摂取した人と摂取しない人を比較すると、デイサービスの利用中止率は摂取なしの30.0%に対し、摂取ありは11.8%にとどまることが分かりました。摂取なしの利用者のデイサービスの利用中止の主な理由は、特別養護老人ホームや介護老人保健施設への入所が15.0%、病院への入院が5.0%、死亡が10.0%でした。摂取ありの利用者のデイサービスの利用中止の主な理由は、特別養護老人ホームや介護老人保健施設への入所が8.8%、病院への入院が2.9%でした。
また、6カ月後までデータを得られた利用者の体重、握力、BMIを摂取した人と摂取しない人を比較すると、摂取した人は摂取前に比べて優位に体重、握力、BMIが増加していることが分かりました。
こうしたことから、「早期の栄養介入は利用者、事業者の双方にとってメリットがある」としており、具体的には「施設稼働率の大幅な向上が期待できる」としています。
また、すでに首都圏内通所事業所の9割で東京都栄養士会と連携し、「栄養アセスメント」を実施して介護報の加算を取得しているほか、今後は関西地区でも多職種連携によって利用者の栄養管理のサポートを実施していくとしています。
栄養状態に合わせた適切なエネルギー、たんぱく質の摂取と、デイサービスでの適度な運動が重要
監修者である医療法人ちゅうざん会ちゅざん病院副院長で金城大学客員教授の吉田貞夫氏は、プレスリリースの中で、こうコメントしています。
「今回の中間報告から、低栄養または低栄養リスクのあるデイサービス利用者に経口栄養補助食品を1カ月以上摂取してもらうことで、体重や握力が増加するとともに、デイサービスの利用中止、入所や入院、死亡などのリスクを低減できる可能性があることが分かりました。デイサービス利用者の栄養状態を把握することはとても有用であり、栄養状態に合わせた適切なエネルギー、たんぱく質の摂取と、デイサービスでの適度な運動は、低栄養やフレイル、サルコペニア、さらには免疫力低下を防ぐ対策としてとても重要です。今後も研究データを集積し、デイサービス利用者の低栄養や経口栄養補助食品摂取によるサルコペニアやADL(日常生活動作)への影響などについて詳細に検討していく予定です」
デイサービスを核に自宅で過ごす高齢者の栄養管理を推進
加齢により筋肉の量が落ちていく状態である「サルコペニア」や筋力や心身の状態が低下して要介護になりやすい虚弱の状態である「フレイル」になると、動くことがおっくうになり、活動量が減っていくことで、身体の機能の低下を招くとされています。一方、一部のデイサービスでは、「機能訓練」(リハビリ)のためにマシンや体操などを活用したメニューが採り入れられていますが、低栄養といったことも重なると、なかなかADL(日常生活動作)の改善につながらないこともあるといわれています。
ソラストでは今後、デイサービスでの栄養管理施策について2つの展開を計画しています。一つは、「栄養管理の重要性を理解する」(認知拡大)、もう一つは「栄養管理を実践し、実感させる」(健康推進)です。
認知拡大の施策で検討しているのは、ソラストのデイサービス事業所の食堂に「栄養ボックス」を設置し、ネスレ日本の「アイソカル」などの栄養補助食品などを利用者が購(自費)入できるようにする仕組み作りです。栄養冊子や製品を通じて、栄養の大切さを知るとともに、栄養管理の動機付けとして考えています。栄養補助食品を自宅に持ち帰って、日常的な栄養管理も行えるようにするものです。
健康推進の施策では、吉田氏監修の栄養マニュアルを作成し、利用者の栄養スクリーニングをすることで低栄養や低栄養のリスクがある人たちを早く見つけ出し、マニュアルに沿って栄養管理をしていく予定です。栄養補助食品の利用(自費)や機能訓練などを通じて、ADLの向上や維持をすることです。
藤河CEOは、プレス向けセミナーの中で、「健康寿命を長くできることに寄与できればと思う」とし、その第一歩としてデータを活用した栄養管理に取り組むことにより、フレイル予防をしていきたいと語っていました。