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アンガーマネジメントから始まるケア

思考を止める 冷静さを取り戻すテクニック【アンガーマネジメントから始まるケア(13)】

いろいろな思考が頭を巡って苦しいというとき、みなさんはどうしていますか?
心臓がドキドキして、不安とイライラが交錯し、過去や未来へと思考が飛んでしまう状態です。あれこれ考えても事態は変わらないのに、こうした思考を止められない。冷静さを取り戻すためのテクニックについて、介護や医療のアンガーマネジメントに詳しい横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に考えてみましょう。(なかまぁる編集部)

いろいろな思考が頭を巡って苦しいとき

東日本大震災が発生当時、私は岩手県に住んでいました。その日は予定していた東京への出張がたまたま変更になり、職場で仕事をしていたときに大きな地震が発生しました。今も、ふとしたとき、そんな場面を思い出します。

記憶が薄れている人もいるでしょうし、3月11日前後になると不安定になるという人もいるでしょう。マスメディアの影響で、心が揺さぶられるからかもしれません。地震に限らず自然災害や事故、身近な人の喪失体験など、さまざまな体験があるでしょう。

今回は、いろいろな思考が頭を巡って苦しいときに、その思考から一旦離れる方法を紹介します。

思考が飛んでしまっている状況

精神看護が専門の私は、震災後、中長期のこころのケアチームの一員として、岩手県の沿岸の町へ通っていました。この地域での移動手段はレンタカーです。いつも医師、看護師、臨床心理士などのチームで活動するのですが、この日は、夕方にメンバーと別れて、ひとりでレンタカーを運転して帰ることになりました。新幹線の駅まで車で2時間ほどの距離です。

いつもの道を順調に走っていたのに、突然渋滞にはまってしまいました。カーブの先の様子は見えませんが、車の列は全く動かず、対向車もこないので、どうやら前方で事故が起きたのだろうと推察しました。う回路もなく、山奥の暗い峠道で止まったまま時間が過ぎ、東京行きの最終の新幹線の出発時刻が迫ってきました。これまで吹雪や土砂崩れなどさまざまな経験をしており、帰れなければ諦めて泊まるのですが、今回は翌日の仕事の都合で何としても帰らなくてはなりませんでした。

「なんで進まないの?」

「勘弁してよ」

「新幹線に乗り遅れるかもしれない」

「今晩帰り着けないのか」

このように思考が巡ります。

手に汗をかいて、心臓がドキドキして、不安とイライラが交錯します。「カーブの先では何が起きているのだろう」と想像したり、「もっと早く出発していれば」と悔やんだり、「明日の仕事どうしよう」と考えたりするのは、別の場所や、過去や未来へと思考が飛んでしまっている状況です。あれこれ考えても事態は変わらないのに、こうした思考を止められないのです。

Getty Images

冷静さを取り戻すテクニック

そんなとき、冷静さを取り戻すテクニックがあります。例えば、「大丈夫」「なんとかなる」と自分に言い聞かせてみる、別の楽しい場面を想像してみる、深呼吸してみる、いったん頭の中を空っぽにするなどの方法があります。またの機会に紹介しますが、テクニックはいろいろあるので、その時々で使えるものを試してみるのです。また、あの手この手と活用できそうなテクニックを考えること自体が、不安やイライラから意識をそらすのに有効です。

今回は車の中でいくつか試しました。役立ったのは、「いま」「ここ」に意識を集中する方法でした。ハンドルを握った感触、質感、継ぎ目の凹凸など手のひらや指先からいろいろな情報が伝わってきます。ふとブーンという小さな音が聞こえてきました。車のエアコンの音です。同じようにハンドルを握っていて、エアコンの音もしていたと思うのですが、不安やイライラに気を取られていたときには気づかなかったのです。

ハンドルの感触、座っているシートの感覚、そしてエアコンの音を感じるのは、「いま」「ここ」に意識がある状態です。ぐるぐると巡る思考から離れて心が落ち着いてきたころに、渋滞の車の列の脇をパトカーが通り過ぎていきました。ほどなくして、事故現場の交通整理が始まり、私はこの渋滞から抜けました。そして、なんとか最終の新幹線に間に合いました。

ひとりで踏ん張らずに誰かに支えてもらっても良い

これは、日常の場面でも活用できます。さまざまな出来事を考えて気づけば仕事の手が止まっていたということはありませんか。相手はメールを読んだはずなのに返信がない、電車の遅延など、別の場所、過去や未来のことを考えてイライラしてしまうときに試してみてください。

ただし、自分の感情や思考を止めるばかりではなく、怒りをかみ締め、あるいは悲しみに浸り、思いを巡らせる時間が必要なこともあります。震災から時間が経っても、当時を思い出すことがありますし、泣きたくなるときだってあります。そんな時に、無理にその感情から抜け出す必要はありませんし、ひとりで踏ん張らずに誰かに支えてもらうのも良いのではないでしょうか。

次回は、「私を励ます『魔法の言葉』」をテーマに考えていきます。

【終了しました】田辺有理子さんを講師に招き、セミナーを開催します

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田辺有理子(たなべ ゆりこ)
横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。

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