感情との上手なつき合い方 利用者や患者にやさしくなれない【アンガーマネジメントから始まるケア(1)】
文:田辺有理子 イラスト:ゆぜゆきこ 構成・インフォ:岩崎賢一
「やさしくなれない……」
病院や介護施設や福祉施設で働く人だけでなく、自宅で家族のケアをする人たちの中にも、このような感情を抱いたことがある人はいませんか?
「イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版)の著者で、横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に、これからイライラ事例を通して、いきいきとケアをしながら日常を過ごすためのヒントをシリーズでお伝えしていきたいと思います。(なかまぁる編集部)
忙しくて余裕がないとき、ストレスがたまったとき、どうしていますか?
一生懸命やっているのに、認知症の人に疑いをかけられる。
必要な介助なのに、手加減なしに殴りかかられそうになる。
施設の規則を守らずに一方的な要求ばかりで、イライラする。
それが仕事だと自分に言い聞かせても、どうしても利用者やその家族に、やさしい気持ちで接することができない。そんな悩みを抱えながら働いている人もいるのではないでしょうか。
医療・介護・福祉の仕事は人を援助するいわゆる対人援助職で、援助を必要とする人の役に立ちたいという思いで働いています。ところが、患者や利用者やその家族のなかには、理不尽な要求や暴言、暴力などをぶつけてくる人がいて、職員が疲弊してしまうことがあります。
病院に行く人の多くは、何かしら身体の不調や病気を抱えています。それなのに診察までの待ち時間は長いし、治療には痛みや苦痛が伴うことがあります。入院となれば、生活や仕事の制約もあり、思い通りにならないことばかりです。そのようなストレスを医療者へぶつけてしまうことがあります。
しかし、これは病院だけのことではありません。介護施設や福祉施設、訪問サービス、あるいは家族による介護など、さまざまな状況で生じる可能性があります。安全で安心できる療養環境を整えるため、患者や利用者や家族からの暴言・暴力・理不尽なクレームなどへの対策が求められています。
クレームの元は周囲を不快にさせる表情や態度かもしれない
一方で、医療や介護に従事する人たちも、患者や利用者と接するとき、感情的になってしまう危険性があります。煩雑な業務、求められる高度な技術、急変時の緊張感、人の命や暮らしを守る仕事は心身に大きな負担がかかります。忙しくて余裕がないとき、ストレスがたまったとき、それを患者や利用者に向けてしまう場合があるからです。
イライラした様子で忙しそうにしているスタッフに対しては、患者も利用者も同僚さえも近寄り難く、ちょっと頼みたいことがあっても躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。そのような表情や態度が周囲を不快にさせ、対応によってはクレームにつながってしまう可能性があります。そのため、医療や介護に従事する人たちには接遇や倫理などの向上が求められます。
怒りやイライラへの対処が重要なカギ
このような問題を考えるとき、共通する課題として挙げられるのが感情の扱い方です。特に、人と人との関わりでは、怒りやイライラへの対処が重要なカギになります。そこで役立つのがアンガーマネジメントです。
アンガーは「怒り」という意味で、アンガーマネジメントは、怒りやイライラを知って上手に対処するための方法です。1970年代からアメリカで発展してきました。日本でも子育てや教育現場、企業研修などで活用されています。医療や介護、福祉の分野では特に虐待防止、接遇、倫理などの課題、あるいは職員のメンタルヘルス対策などにアンガーマネジメントを取り入れた研修が増えています。
不要な怒りに振り回されることがなくなるポイント
さまざまな感情のなかで怒りは扱いが厄介な面があります。
- 勢いに任せて怒鳴り散らして、後で言い過ぎたと落ち込んでしまう。
- 理不尽な要求や不当な叱責に対して言い返せず、ムシャクシャした気分を引きずってしまう。
きっと多くの人は、こんな感じで大なり小なり怒りで失敗した経験があるでしょう。アンガーマネジメントを学ぶと、自分の感情と上手に付き合えるようになります。怒りっぽい人は、不要な怒りに振り回されることがなくなります。
例えば……。
- 勢いで怒鳴ってしまう人は、ほんの数秒間反応を遅らせるだけで冷静に言葉を選べるようになります。
- 嫌な気分を引きずってしまう人は、感情をリセットする方法を準備しておくと気持ちを切り替えられるようになります。
- いざというときには怒ることも必要で、必要に応じて上手に怒ることができるようになります。
- 自分の感情と上手に付き合うことができると、周囲との人間関係も円滑になります。
いつの間にか感情にフタをしていませんか?
私自身を振り返ると、子どものころは嬉しい楽しいことも嫌なことも素直に表現していたのに、いつの間にか感情にフタをして、我慢と忍耐でやり過ごすようになっていました。知らず知らずのうちに、怒りを表出するのは未熟なことという考えが刷り込まれていたのかもしれません。とはいえ、うまく発散できずに、ストレスやイライラが溜まって、関係のない人に八つ当たりしてしまうという悪循環でした。
日々の生活や仕事のうえで、つらいこと、嫌なこと、理不尽なことはたくさんあります。しかし、そうした現実を容易に変えることはできません。でも、怒ってはいけないのでなく、怒りの感情をうまく付き合っていけばよいのだと知って、とても気持ちが軽くなりました。どんな感情も自分にとって大事なものだと気づいたことで、うれしいとか楽しいという感情も鮮やかに感じられるようになったような気がします。
このコラムでは、医療・介護・福祉の日常を題材に、患者や利用者、家族のほか、現場で働く人にも役立つアンガーマネジメントを紹介していきます。次回は、「怒りとストレスのセルフケアに共通点」をテーマに考えていきます。
【終了しました】田辺有理子さんを講師に招き、セミナーを開催します
なかまぁる編集部では、アラフィフや50代のLIFE SHIFT世代を対象にした「project50s」を始めました。コンテンツ&セミナーを基本とし、みなさんに満足度の高い情報をお届けします。
12月25日(日)には、田辺有理子さんを講師に招き、午前中は一般向け、午後は介護者向けの有料セミナーを開きます(申し込みは別)。詳しくは下記のバナーをクリックしてください。
▼午前セッション(https://project50s1seminar.peatix.com)
▼午後セッション(https://project50s2seminar.peatix.com)
- 田辺有理子(たなべ ゆりこ)
- 横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。