怒りの流れ方 モンスタークレーマーか コミュニケーションか【アンガーマネジメントから始まるケア(12)】
文:田辺有理子 イラスト:ゆぜゆきこ 構成・インフォ:岩崎賢一
介護や医療の現場では、モンスタークレーマーやモンスターペイシェントという存在に悩まされることがあります。介護や医療の現場では、利用者や患者との対等な立場に留意して接しつつも、それが大きく崩れてしまうときがあるのです。怒りを表出したときに起きやすい、怒りの流れ方について、介護や医療のアンガーマネジメントに詳しい横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に考えてみましょう。(なかまぁる編集部)
怒りのもう一つの特徴を知ろう
いつも一緒にいる人や身近な人には、イラッとしやすく、怒りが強くなりがちです。ねたみやひがみを抱きやすいとも言えます。これは厄介なもので、他人に対しては納得できても、自分のなかに沸き起こる感情については認めたくないことがあります。
◇参考:「不要な怒りに振り回されないために」(https://nakamaaru.asahi.com/article/14716167)
今回は怒りの特徴をもう一つ取り上げます。それは、高いところから低いところに向けて表出されやすいということです。水が高いところから低いところに向かって流れていくようなものです。高いところから怒りを投げつけられても、下から投げ返すことができずに、もっと低いところに怒りを向けてしまう場合があるのです。
場面や状況によって上下が入れ替わる
本来、人と人との間に上も下もなく、すべての人は等しく価値ある存在です。しかし、職場では職位や勤務年数、また部署間の関係など、様々な形で上下の関係が存在します。組織が円滑に運営されるためには、指示命令系統の整備が不可欠です。ところが厄介なことに、人の上下関係というのは実にあいまいで、場面や状況によって上下が入れ替わることがあります。
例えば、職場で上司に怒られた内容が理不尽だと思ったとします。それを上司に伝えて、双方が納得するまでやり取りできれば理想的です。しかし、そのようにできないことが多いのではないでしょうか。ムシャクシャした気分で仕事に戻って、自分の同僚や部下に対して不機嫌な態度をとったり口調が強くなったりすることがあるかもしれません。それが、ハラスメントやいじめとして表面化することがあります。
力関係が職位によって決まるかというとそうとも限りません。ハラスメントと言われることを恐れて、部下に注意できない、指導できないと悩む管理職もいますし、反対に勤続年数が長い一般職員や非常勤職員が、組織のラインとは別の力関係を持つ場合もあります。取引先やお客様への対応なども、一方がへりくだり過ぎたり、特別扱いを求めたりして対等とはいかないことがあるでしょう。
機嫌を損ねないようにという気遣い
病院での医師と患者の関係に置き換えてみましょう。患者が処方された薬を使っても体調が芳しくないと言い出そうとしたときに、医師から「私の治療に口を出すとは何事か!」と怒鳴られるようなことがあれば、患者は何も言えなくなってしまいます。もちろん、これはたとえであり、「今どきそんな医師はいない」と思うかもしれません。ところが患者側に聞いてみると、医師の機嫌を損ねないようにという気遣いは絶えないようです。言いたいのに言えない不満や不安が、家族や看護師など別の相手に向かって表出されることがあります。
医師と患者との関係は、医師が上で患者が下かと言えば、これもまた一概には決められません。モンスタークレーマーやモンスターペイシェントという言葉に表されるように、医療従事者や病院に対して脅しや暴言・暴力などの手段で理不尽な要求を迫る患者がいることも事実です。
気づかぬうちに高圧的な対応をしてしまう
介護や医療の現場では、利用者や患者と対等な関係でコミュニケーションを取りながらケアや治療の方針を決めて、ケアや治療、療養に移していく時代になってきています。しかし、この関係は未だ不安定です。
私は大学で看護教育に携わっていますが、医療従事者の多くは、患者を中心に患者を尊重するという教育基盤の上に、より良い医療を提供するために日々努力しているのに、一方で気づかぬうちに高圧的な対応をしてしまうことがあります。また、患者の一部には、医師の顔色を伺って何も言えない人もいれば、反対に脅しや暴言・暴力で要求しようとする人もいます。
介護の現場でも似たようなことはありませんか。
別の怒りを上乗せして流さないように
感情を不適切な形で表出してしまうとき、人は上下関係を作って上に立とうとします。そうなると次々に上下の関係が作られて、怒りの流れが生まれてしまいます。ですから私たちは、怒りの流れにのみ込まれていないかを見極める冷静な目を持つことが大切なのです。
相手が怒っているときに、相手の要求や改善点が自分の問題なら対応すれば良いでしょう。しかし、八つ当たりされた感情までを一身に受け止める必要はありません。また、上から流れてきた怒りの感情を別の誰かに流さないように意識しておくことが大切です。流れてきた怒りを処理できないまま別の怒りを上乗せして、さらに下に向けて流さないように、誰との間に生じた怒りなのかを見直してみて下さい。
次回は、「思考を止める」をテーマに考えていきます。
【終了しました】田辺有理子さんを講師に招き、セミナーを開催します
なかまぁる編集部では、アラフィフや50代のLIFE SHIFT世代を対象にした「project50s」を始めました。コンテンツ&セミナーを基本とし、みなさんに満足度の高い情報をお届けします。
12月25日(日)には、田辺有理子さんを講師に招き、午前中は一般向け、午後は介護者向けの有料セミナーを開きます(申し込みは別)。詳しくは下記のバナーをクリックしてください。
◆午前セッション(https://project50s1seminar.peatix.com)
◆午後セッション(https://project50s2seminar.peatix.com)
- 田辺有理子(たなべ ゆりこ)
- 横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。