その人らしく最期まで(前編)~日本人初 仏「アルツハイマー村」訪問記
9月は、国際アルツハイマー病協会(ADI)などが認知症への理解を進めていくために定めた世界アルツハイマー月間です。認知症になっても自分らしく暮らし続けていけるように、海外ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。国内各地の高齢者施設を訪ね歩いているファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんが、海外へと飛び出して、最新情報を探りました。前編となる今回は、日本人として初めて見学したフランスのアルツハイマー村の訪問記です。
- 畠中雅子(はたなか・まさこ)
- 1963年生まれ。マネーライターを経て、92年からFPとして活動。「高齢期のお金を考える会」「働けない子どものお金を考える会」を主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでも どうにかなるって本当ですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』『おひとりさまの大往生 お金としあわせを貯めるQ&A』など著書・監修書は70冊を超える。
村と共生しながら暮らす
フランスのアルツハイマー村は、パリから高速鉄道で4時間弱。スペインに近いダクス(Dax)という街に開村されました。開村したのは2020年とのこと。その年の秋に、私は訪問する予定をいったん立てていたのですが、開村してすぐにコロナウイルスの感染拡大の影響で外部の人間は入村できなくなってしまいました。このため、再び外部の人間も入村できるようになるのを待って、2022年6月に訪問する流れになりました。
ちなみに、アルツハイマー村への訪問は、案内してくれたスタッフによると、私と同行者が、日本人で初めての見学者とのことでした。
アルツハイマー村は、その名の通り、アルツハイマー型認知症を含む、認知症の方だけが居住できる村です。自宅で暮らすのが困難な、比較的、要介護度が重度の方が暮らしています。入居定員は120人とのことで、医師や看護師などを含む正規の職員が120人、ボランティアのスタッフも120人もいる、かなり手厚い人員配置で運営されています。国営で運営されているため、正規のスタッフは公務員だそうです。
敷地は5ヘクタールもあるとのこと。「村」と呼ぶのがふさわしいのどかな風景の中に、居住棟が並んでいます。敷地の中には池があったり、家畜の姿を見かけたりと、どこかにある田舎の風景となんら変わりはありません。村の散歩道には多少の傾斜があり、「この傾斜は入居者の足を弱らせないために、あえて残している」とのことでした。
村に入るには、受付を兼ねている玄関を通らなければならず、入居者は勝手に外には出られません。そのため、村の中をどれだけ散歩(歩き回るなど)しても、大丈夫。迷子になっていると思われる入居者を見つけたときは、スタッフが何げなく近づいて、一緒に散歩をしながら、居住棟まで自然に誘導するそうです。
「家に帰りたい」 そんな時は“緑の箱”に入って車窓の景色を眺めてもらう
今回、私たちは、入居者のいない居住棟を見学させてもらいました。居住棟の中は、入居者が暮らす個室のほか、共同で使うキッチン、リビング、洗濯室などがあります。残念ながら、個室にはカギがかかっていたので見学はかないませんでした。キッチンもリビングもいっぽうはガラス張りになっており、庭が望めるので解放感もあります。食事は基本的に居住棟の中でとるそうですが、食堂で食べることも可能です。
リビングの一角にパソコンが置かれていました。「パソコンを使う入居者もいらっしゃるのですか?」と質問したところ、「仕事をしていた時に使っていた人はたくさんいるはずなので各棟にパソコンを置いていますが、興味を示す人はいません」という返事が返ってきました。「誰も使おうとしない」という返事は私も意外で、重度の認知症になると、パソコンから情報を取るという行動パターンを忘れてしまうのかなと感じました。
見学しているときに印象的だったのは、“緑の箱”(上の写真)。訪問者やそのお子さんたちも利用する図書ルームに置かれていたので、「これはお子さんたちのためのものですか?」と聞いたところ、「いえ、違います。家に帰りたいという入居者がいた場合に、精神科の医師の指導を受けながら、この箱に入ってもらうケアの目的で置いています。箱の中ではDVDが見られるようになっていて、車窓に見立てられた画面に景色の映像をしばらく映し出すと、ほとんどの入居者は落ち着いてくれるんです」とのこと。箱の中に入ると、電車の中にいるかのようです。電車で旅をしているような気分になるのでしょう。
アルツハイマー村のような広大な敷地を確保して、かつ高齢者施設を作るのは日本では現実味がありませんが、この緑の箱のアイディアは日本の高齢者施設でも導入できるのではないかと感じました。
我慢することが少なければ 怒りを感じる機会もなくなる
「アルツハイマーの方どうしの暮らしの中で、ケンカなどのトラブルは起きませんか?」と質問してみたところ、「アルツハイマーの方が怒りっぽくなるのは、我慢を強いられるからです。ここでは我慢を強いられることが少ないので、ケンカなどのトラブルは起きませんね」との返事が返ってきました。自然を存分に感じられる静かな環境の中で、適度なサポートを受けつつ自由に暮らせると、我慢が少なく済む=入居者同士のトラブルに発展しないですむのでしょうか。サポートする側にとっては、一般的な介護施設とは異なる苦労があるだろうと、私は想像したのですが、杞憂(きゆう)に終わったようです。国営という経営破綻(はたん)の心配が少ないアルツハイマー村で暮らせる入居者の方は、「うらやましい状態なんだな」と感じた見学でした。
最後に、気になる入居費用についてご紹介しますと、毎月支払う金額は2000ユーロ(約27万4000円、1ユーロ137円で計算)になっています。ただし、所得に応じた軽減措置があり、負担が一番少ない人では、ひと月233ユーロ(約3万2000円・同)で入居できているそうです。この月額費用は、アルツハイマー村があるランド県の他の老人ホームと同額になっているそうです。お金のあるなしにかかわらず、同じレベルの暮らしが営めるようにするのが、フランスの施設運営のベースにある考え方だと教えてもらいました。