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解決!お金の困りごと

退職金を運用に 全額投資するも大失敗 改善ポイントをFPが解説

減っていく退職金

老後はのんびりすごせるように——。そんな思いで会社を勤め上げ、手にした退職金。多額のお金を手にしたものの、その後、厳しい生活を強いられ、時には、“老後破綻(はたん)”に陥る人さえいます。高齢化でどんどん長期化していく老後。安心して暮らしていくためには、どのようにお金と付き合っていけば良いのでしょうか。「高齢期のお金を考える会」などを主宰するファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんに、これまでに受けた相談事例から得た教訓や注意点をアドバイスしていただきました。今回は、退職金についてです。

【退職金が半分以下に目減りしてしまったAさんのケース】
A男さん(75)は長年勤めていた大手企業を60歳のときに定年退職し、2500万円の退職金を受け取りました。すでに子どもたちは独立し、かねてより老後は妻と余裕のある生活を送りたいと思っていたA男さん。金融機関の営業マンの「大きく増やせますよ」という言葉に心を動かされ、勧められるままに外国の株式に投資するタイプの投資信託などの金融商品に退職金全額を投資しました。ところが、直後にリーマン・ショックが起こり、相場は大きく崩れ、Aさんが運用に回したお金は1200万円まで目減りしてしまいました。

焦ったA男さんは妻にばれる前に何とか損を取り戻そうと、目減りした1200万円をさらに高配当が望めそうなFX(外国為替証拠金取引)などハイリスクな金融商品に回しましたが、損失は膨らむばかり。運用を始めてから15年が経った今、退職金の評価額は800万円を切る状態になってしまいました。A男さんは、いまだに妻に打ち明けられないまま老後の生活に不安を抱え、途方に暮れています。

※個人情報保護の観点から、相談事例を再構成しています。

資産が大きく目減りした原因は?

退職金にまつわる失敗で一番多いのは、A男さんのように「退職したとたんに」「金融機関に勧められるまま」「全額を一気に」投資してしまうパターンです。この行動には3つの失敗ポイントがあることにお気づきでしょうか。

●失敗ポイント1:退職してすぐの運用開始

1つ目の失敗ポイントは、退職してすぐ運用を始めたこと。退職後は、これまでとはお金の流れが大きく変わります。

会社員だった場合、完全に仕事を辞めれば給料が入ってこなくなるだけでなく、これまで会社を通じて天引きで支払っていた健康保険や介護保険の社会保険料、所得税や住民税などを自身で支払うことになります。ここで初めて、保険料や税の負担の重さを実感する人も少なくありません。特に、退職金を「分割(年金)方式」で受けとることにした場合、思いのほか、税金や保険料の額が高くなり、驚く人が多くいます。これは、分割(年金)方式で受けとった退職金は、税法上、「雑所得」として扱われるためです。雑所得には、「公的年金等控除」という経費のように差し引ける制度があり、65歳以上ならば収入330万円未満で年間110万円の控除枠が設けられているものの、国民年金や厚生年金などの公的年金や「iDeCo(個人型確定拠出年金)」なども合算して計算されるため、案外、すぐに控除枠を超えてしまいます。控除枠の超過分は、全額が所得とみなされます。さらに、国民健康保険と公的介護保険料は、雑所得が多くなって税額も増えれば、連動して負担額も大きくなります。給与(標準報酬月額)に連動して決められていた健康保険のときとは、計算方法が異なるわけです。ですが、一般の人には、社会保険料や税金が実際にはいくらになるのか、予測しづらいものです。

さらに自宅にいる時間が多くなって光熱費や食費が増えるなど、生活費も変わります。つまり退職してしばらくは、日常生活にかかるお金の収支がなかなか見えてこないものなのです。1年ほど生活してみてようやく「このくらい赤字になる」「意外に赤字にならない」といったことがわかってきます。その結果、黒字であれば運用に回すことも検討できます。赤字が多いなら運用している場合ではなく、その分、生活を収入に合わせてリサイズすることを考えた方が賢明です。

●失敗ポイント2:金融機関に勧められるままに

金融機関からのしつこい勧誘

2つ目の失敗は、金融機関の営業マンに勧められるままに投資をしたこと。我が家も昨年夫が定年退職したのでよくわかるのですが、退職金を手にする少し前から、金融機関からさかんに電話がかかってきます。「大きく増やせる」「せっかくまとまったお金があるのだから運用しなければもったいない」「投資信託を買ってくれれば定期預金に少し優遇金利を付けます」などと耳に心地よい言葉で勧誘してきます。そうすると、特に運用経験がない人は、「金融機関の人は運用のプロだから、プロの言うことなら間違いない」と勘違いしてしまいがちです。けれど、金融機関の営業担当が勧めるのは、大半が手数料(=金融機関の取り分)が高めに設定されている運用商品です。そのような商品の中には、初めて投資をする人には少しリスクが高めな商品が含まれていることもあるので留意しておく必要があります。

●失敗ポイント3:全額を一気に

3つ目の失敗は、退職金全額を一度に運用に回してしまったこと。退職した時期が、運用を始めるのに適した時期(相場)とは限りません。にもかかわらず一度に全額を運用に回せば、相場が悪化したときの損失は膨大なものになってしまいます。分散投資は、投資の鉄則です。投資先を分散させるだけでなく、時期的な分散もリスクの軽減には効果的です。少額(10万~30万程度)ずつを時期をずらして投資すれば、ある時期に投資したもので損失が出たとしても被害は限定的です。全体で見ればリスク分散ができるのです。

損失を出したとき「取り戻そう」は危険

運用の失敗が離婚の危機につながることもある

A男さんは運用で失敗したあと、さらに2つ失敗をしています。

1つは、損失を取り戻そうとハイリスク商品に手を出して、傷口を広げてしまったこと。損を出してしまったときは、いったん立ち止まる。「取り戻そう」などと考えないことが大切です。

そしてもう1つの失敗は、「退職金が大きく減った」という事実を妻に言えないでいることです。損失を出したことを配偶者に言えない人はたくさんいます。その気持ちはよくわかりますが、夫婦それぞれが今持っているお金をきちんと把握した上で、どうやって老後を生きていくか、一緒に考えるしかありません。なによりずっと嘘(うそ)をついたままでは夫婦間の信頼関係が壊れ、最悪、離婚に至ってしまう危険もあります。

損失を出したときは、一日も早く、生活を共にしている家族(A男さんの場合は妻)に打ち明けましょう。理想を言えば、運用を始めるときから、金融機関の営業マンの説明は夫婦で聞くようにしたほうがいいのです。高齢になると認知症のリスクもあるので、互いの資産を知らないままでいる状態は、老後破綻をまねく一因となりかねません。

まとめ:高齢期は「農耕型」の投資で

退職金を支給されたら、金融機関からしつこく誘われたとしても最低1年間は運用に回さず、普通預金か定期預金に入れて様子を見ましょう。金融機関には運用の意志がないことをはっきりと伝え、余計な情報は伝えないこと。退職直後の様子見の期間でお金の流れをしっかりと把握した上で、余裕があることがわかれば少額ずつ、時期をずらしながら運用に回すのが理想です。高齢期は獲物を追いかける「狩猟型」よりも、株主優待や配当などを楽しみながら待って実りを得る「農耕型」の投資をした方が、長く運用を続けられるのではないでしょうか。退職までに運用した経験がない人は、老後は増やすよりも守りに徹した方が無難だと思います。

「お金の流れがよくわからなくて不安」「運用をしたいけど自信がない」というときは、FP(ファイナンシャル・プランナー)に相談するのも一つの方法です。インターネットを検索すればたくさんのFPが出てきます。FPごとに得意分野や対応できる相談の範疇(はんちゅう)は異なるので、自分の相談内容に合ったFPを選んでください。「国民健康保険料や公的介護保険などの社会保険料の計算もできますか」と確認した上で相談するのもおすすめです。相談料は多少ばらつきがありますが、1時間1万円程度が目安です。

また、高齢期は運用するしないにかかわらず、資産を整理していく時期でもあります。いくつもの金融機関に資産を分散させている人は、少しずつまとめていくことも大切です。日常的なお金の管理や相続の際の手続きなども進めやすくなります。定年を機に、金融機関との付き合い方も見直してみるとよいでしょう。

ファイナンシャルプランナーの畠中雅子さん
畠中雅子(はたなか・まさこ)
1963年生まれ。マネーライターを経て、92年からFPとして活動。「高齢期のお金を考える会」「働けない子どものお金を考える会」を主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでも どうにかなるって本当ですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』『おひとりさまの大往生 お金としあわせを貯めるQ&A』など、著書は70冊を超える。

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