菅田将暉×川村元気 対談(前編)~記憶とセリフ、俳優の技術
取材/上田恵子・編集部 撮影/伊ケ崎忍
認知症と診断され、徐々に記憶を失っていく母。それと比例するように、母との思い出をよみがえらせていく息子――「半分の花火」、母がつぶやく言葉の意味を知る時、息子は母の秘められた想いを知ることになる。
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川村元気さん自身の体験から生まれた小説『百花』が、このたび映画化されました。川村さん自ら監督を務めた本作で、息子である葛西泉役を演じたのは菅田将暉さん。作品を通して伝えたかったこと、そして物語のテーマである「記憶」について、お2人の思いを語っていただきました。
菅田くんなら僕のイメージを壊してくれるんじゃないか
川村元気(以下、川村)『百花』は小説も映画の脚本も自分で書いた作品なので、葛西泉という人物のイメージは最初からできあがっていたんです。なので、普通ならそれに近い人をキャスティングするのですが、僕の中に「菅田くんなら僕のイメージを壊してくれるんじゃないか」という期待があったんですね。
さすがに自分で原作を書いて脚本も書いて、あらかじめ想像した通りのお芝居がきても面白くない。現場で「あ、そうなるんだ?」という気持ちになりたかったし、菅田くんは多分、他の人が台本を読んで「こうだよね」と考えたその先を行きたい人だと思っているので。菅田くんならではの、葛西泉を作ってくれるんじゃないかと考えたんです。
菅田将暉(以下、菅田) ありがとうございます。
川村 ただ、実際にカメラの向こうで動く菅田くんを見たら、僕が思っていたのとは全然違って。それを求めていたにも関わらず、「僕のイメージしている泉はこういうふうに喋らない!」と拒絶する自分がいたんです。予想の向こう側に行ってほしいと願ってキャスティングしたつもりが、反対側へ行かれてしまった(笑)。
菅田 もう全然、意見が噛み合わなかった(笑)。
川村 公園で泉が母親を突き放す冒頭のシーンを撮っている時、雨で撮影が中断して菅田くんと2~3時間話す時間があって。大切な人が記憶を失うのはどういうことかとか、大人になるにつれて家族との関係性が変わっていくこととか、お互いの実体験を含めた話をしました。そのなかで僕は自分のイメージに固執しすぎていたことに気づき、菅田くんは菅田くんでアプローチ方法への発見があった。
菅田 そうですね。
川村 いい意味で、僕の考え方を壊してもらったと感じましたね。結果、雨上がりの1テイク目で「OK!」。あの瞬間、「ああ、泉がこうなるんだな」と実感しました。
出演依頼「これはやらないと」と思った
菅田 原作小説を送っていただいたのはコロナ禍で仕事がストップしていた2020年の春ごろでした。僕は結婚を考えていて、うちのおばあちゃんは記憶が不確かになっていた時期だったこともあり、小説の内容がスッと胸に入ってきたんです。読みながら素直に感動して、すぐに監督に電話した記憶があります。
僕はそれまで、プロデューサーとしての川村さんとは会っていたけど、この小説やその時の電話で新たに人間の部分や感情を知れた気がして、それがすごく嬉しかったんです。一緒に作品を作るには熱量や琴線に触れる部分がないと、という気持ちもあったので、「これはやらないと。やるべきだ」と思って。
川村 電話で感想を聞いた時、とても嬉しかったです。
菅田 仕事って不思議で、あからじめ決められていたかのように、そういう話が来ることがあるんですよね。その人物を演じるためにこの期間が空いていたのかな、という不思議なことが起こる。今回の『百花』が、まさにそんな感じでした。
余計なものが剥がれ落ちて、大切な記憶だけが残っている
川村 僕は7年前におばあちゃんが認知症になり、僕のことを忘れてしまったという体験から『百花』を書いたんですけど、最初のうちは記憶がどんどんなくなっていくのを寂しいことだと思っていたんです。
でも実際におばあちゃんと話してみたら、それは「狂い咲き」「百花繚乱」という感じに近かった。おばあちゃんが子どもだった頃のこと、恋愛していた時のこと、母親になってからのこと……。彼女の人生の中で印象的だったことを喋るんですね。その、余計なものが剥がれ落ちて、その人にとって大切な記憶だけが残っている状況が、僕には美しく見えた。その様を「百花」と名付けて、この作品のタイトルにしたんです。
と同時に、おばあちゃんに対するうらやましさもあって。僕なんか、スマートフォンに二度と連絡しない人の連絡先がたくさん入っていて、不要なデータや写真もクラウドにどんどん上がっていくじゃないですか。何もかも忘れないようにして生きているけど、じゃあその中から大事なものを見つけられるのかって言われたら見つけられないんですよ。
菅田 わかります。
川村 その反面おばあちゃんは、自分の人生において大切なことをだけを抱えて生きている。それは人間に与えられた「忘れるという特権」であり、いいところなんじゃないかと思えたんです。
記憶の住み分けは一体どうなっているのか
菅田 記憶を保存している部分って、すごく不思議な器官ですよね。この映画がまさにそうですけど、自分の記憶は絶対に正しいと思っていても、実際は間違ってることは多々あるわけで。
川村 そうなんだよね。
菅田 僕も毎日、仕事で大量のセリフを記憶していますが、一気にたくさん入れれば入れるほど一気に忘れていくんです。脳の容量が決まっているのかなと思えばそうでもなくて、忘れていく記憶と、忘れたと思ったけどふと思い出す記憶と、ずっと忘れない記憶とがあるし。一体どういう住み分けになっているのか、さっぱり分からない。
長編マンガの新刊を読んだ時なんかもそうで、それまで読んできた数10巻分のストーリーが一瞬で頭の中によみがえるじゃないですか。それでまた、次の新刊が出る3カ月後まで忘れてる。ああいうのも不思議です。
川村 「セリフを入れる」という俳優独特の技術は、横で見ていても謎です。覚え方も人それぞれで、パーッと読んだだけで覚えちゃう人もいるでしょう?
菅田 います。以前、記憶に関する研究をしている先生と話す機会があったんですが、何かを覚える際は五感を使えば使うほど覚えやすくなると言われました。触覚、嗅覚、聴覚などを同時に使う。
なので僕もそれを、セリフ覚えの時に実践しているんです。覚えにくいセリフや長いセリフの時は、動きをつけながら台本を読んだり、何か食べながら読んだり。もしくはボイスレコーダーに吹き込んだものを聞いたり。そこまでしても本番で出てこないことがありますけど(笑)。
川村 演出する側が気にするのは、その人がそこで初めて喋ったかのように見えないといけない、という点なんですよね。映画を観ているお客さんに、「何度も練習して、一生懸命覚えたセリフを言ってます」と思われたらダメなので。
いかにして一度覚えたことを忘れてもらい、初めて喋ったように見せるか。今回初めて自分で演出してみて、すごく難しいなと感じた部分です。
川村元気(かわむら・げんき)
1979年横浜生まれ。『告白』『悪人』『君の名は。』などの映画を制作。2011年、優れた映画制作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年、小説『世界から猫が消えたなら』を発表。世界各国で出版され200万部を超えるベストセラーに。その後も『億男』『神曲』などの小説を発表。2022年、自身の小説『百花』を自ら監督し映画化した
菅田将暉(すだ・まさき)
1993年大阪府生まれ。2008年『第21回 ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』ファイナリスト。2009年『仮面ライダーW』にてシリーズ最年少で初主演。近年の主な出演作は映画『糸』『花束みたいな恋をした』『キネマの神様』(いずれも21年)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22年)など。俳優業と並行して歌手としても活動中
- 『百花』
- 出演:菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴、永瀬正敏
監督:川村元気 脚本:平瀬謙太朗、川村元気
配給:東宝 海外配給:ギャガ
公式サイト:https://hyakka-movie.toho.co.jp/
全国映画館にて公開中