菅田将暉×川村元気 対談(後編)~結婚と亡き祖父、心が動くもの
取材/上田恵子・編集部 撮影/伊ケ崎忍
小説『百花』を自ら映画化した川村元気さん。前編に引き続き、本作で息子役の葛西泉役を演じた菅田将暉さんと、物語のテーマ「記憶」について思いを語っていただきました。
※ 前編から読む
最後に残るのはどんな記憶なんだろう
菅田 認知症ということで言いますと、うちのおばあちゃんは記憶が不確かな時期がありました。
泉を演じるにあたって、僕なりに認知症について調べたりもしたのですが、先ほど監督が言っていた通り、その時々でおばあちゃんになってからのことを思い出したり、若かった頃の自分を思い出したりするんですよね。
あと泉にしても僕にしても、息子って母親のことを一人の人間として見ていないというか。もう絶対的な母であり、“自分を生んでくれた偉大な存在”という認識。「母は母である前に一人の人間なのだ」ということは、この映画で常に感じていた部分です。
川村 自分がいつか記憶を失っていくとき、最後に残るのはどんな記憶なんだろうと思いながら『百花』を撮っていました。
菅田 その「残る記憶」の話なんですが、この前うちのおじいちゃんが亡くなったんです。おじいちゃんが生前、一時容態が悪くなった時にメモに何かを書いたんですね。意識があいまいな中で記そうとしたのか、もう全然読めない文字で。
メモを読めたのはおばあちゃんだけで、「ラベンダー畑」と書いてあったんです。それが何かというと、おじいちゃんとおばあちゃんの初デートの場所。自分が何を書いたのか、おじいちゃん本人ですら定かでないメモの内容を、おばあちゃんだけが理解できた。しかもそれが初デートの場所ですよ? もう泣いちゃうじゃないですか。
川村 すごい。それはすごい話だね。
記憶をなくしてしまっても感情は残る
菅田 あと先日、もう一人のおばあちゃんが、僕が結婚した時に「おめでとう」と書いた色紙を贈ってくれたんです。それが「お」はひらがなで、「め」は漢字の「目」。「で」は見たことのない文字という、間違った綴りになっていて。しかもその5文字を、色紙の上のほうのすみっこにちんまりと書いているんですよ。
川村 どうしても気持ちを伝えたかったんだろうね。
菅田 そうなんです。僕らの結婚を祝いたいという気持ちは、そこに100%乗っている。そのメッセージを見た時、「ああ、すごいなあ」って……。もらったこちら側はものすごく嬉しかったですし、心が動きました。僕自身、いつかいろいろなことを忘れてしまった時に何が残るかはわからないけど、こんなふうに心を動かせるものを残せたらいいなと思いました。
川村 本当にそうだよね。だからこそ僕も、感情を揺さぶられる仕事や人、景色といった「人生の最後に思い出すもの」に、ちゃんと出会えるように生きていきたいと思っています。
『百花』で言えば、菅田君に20テイクぐらいやってもらった後のOKテイクの時に、僕はその芝居を観ながら号泣していて(笑)。そのときに泣いたことは、多分一生忘れないと思う。理屈では説明できない感情と言うか。
菅田 ありますよね、そういうこと。
川村 以前チベットの山奥にある岩寺に、3時間かけて登ったことがあって。そこでお経を書いた紙を僧侶が空に撒くのを見て、なぜか涙があふれた。そういった言葉で説明できる範疇を超えた感動を、あといくつ体験できるんだろうと思いながら生きてます。そういうものを、なるべく多く受け取っていきたい。
自分の記憶を覗き込むような映画に
菅田 僕は、人間のダメな部分も含めて、生活を映したものが映画というエンターテイメントだと思っていますし、この作品はその最たるものだと感じています。
家族はもっとも密接な集団で、まだ20代の僕ですらいろいろなことがあります。この映画に共感していただける部分は必ずあるはずですし、観終わったあとに、家族との間で何らかのコミュニケーションが生まれたらいいなと思います。
川村 『百花』という作品は、僕自身が「ものごとを忘れていくのは認知症になった人だけじゃない。僕らも日々、いろいろなことを忘れながら生きている」という事実に気づいたことがきっかけで生まれました。
認知症の家族がいる人は、当人ばかりが忘れていくと思っているけれど、実は自分もいろいろなことを忘れたり記憶を改ざんしたりしながら生きている。そして自分が忘れていることにこそ、家族との関係性の根幹があったりもする。大事な人が目の前にいるうちに、思い出しておくべきことがあるような気がするんです。
『百花』は、菅田将暉と原田美枝子演じる親子の記憶を見ているようで、実は観客自身が自分の記憶を覗き込むような映画になったと思っています。ラストシーンを観たほとんどの人が、自身の思い出と結びつけてくれています。初めて母親に花を買ってあげた日のこと、大好きだったお菓子、一緒に朝日を見た日のこと……。観たあとで、その人なりの大切な記憶を思い出していただけたら嬉しいです。
川村元気(かわむら・げんき)
1979年横浜生まれ。『告白』『悪人』『君の名は。』などの映画を制作。2011年、優れた映画制作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年、小説『世界から猫が消えたなら』を発表。世界各国で出版され200万部を超えるベストセラーに。その後も『億男』『神曲』などの小説を発表。2022年、自身の小説『百花』を自ら監督し映画化した
菅田将暉(すだ・まさき)
1993年大阪府生まれ。2008年『第21回 ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』ファイナリスト。2009年『仮面ライダーW』にてシリーズ最年少で初主演。近年の主な出演作は映画『糸』『花束みたいな恋をした』『キネマの神様』(いずれも21年)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22年)など。俳優業と並行して歌手としても活動中
- 『百花』
- 出演:菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴、永瀬正敏
監督:川村元気 脚本:平瀬謙太朗、川村元気
配給:東宝 海外配給:ギャガ
公式サイト:https://hyakka-movie.toho.co.jp/
全国映画館にて公開中