デイサービス以外の時間に見える、かかわり方とは 若い力で認知症ケア
取材・編集/Better Care 編集部
介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載されたえりすぐりの記事をお届けします。野田真智子Better Care編集長からのごあいさつはこちらです。
デイサービスが増殖中
浜田きよ子さんと、「Better Care」82号(2019年冬)で対談をしてくれた、NPO法人樹(いつき)理事長の大津留(おおつる)且久さん。当時、事業所はまだ、本部のある「ななとこ庵」(認知症デイサービス:2010年開所)ひとつだった。
新型コロナの流行下、全国的に高齢者サービスでは休業や閉鎖となった事業所もある。
ところが、樹では、19年3月に「だいち庵」を、そして22年7月には「ひなき庵」をと、2か所の認知症デイサービスを開所させた。
「ななとこ庵を利用したい人が増えてきても、いっぱいだったので、だいち庵をつくったんです。でも、だいち庵もすぐいっぱいになって、職員の側から『新しい事業所をやりたい』という声もあってもう1店舗増やそうと決めました」
大津留さんは至極当然のことのようにそう答える。そんなに利用希望の人が多いのだろうか。
「この地域でも休止や閉鎖のデイサービスがありますが、僕らは、よその事業所が受け入れたがらない、独居や認知症症状の強い利用者さんも断らないので、周辺の地域包括支援センターやケアマネ事業所から受けてほしいという相談が多いんです」
実績で評価を勝ち得ている。だが、樹の目指す介護サービスは、もっとうえをいく。
「デイサービスにきてくれている時間は、サービスを提供できるからいいんです。でも、家に帰ってからの状況やご家族とどう暮らしているか知ることは、本人さんと僕らの関係をつくるときのポイント。その情報は、忘れることは多くても感情部分は残っているから、そこに働きかけるときに重要です」
自宅訪問や夜中の対応
それを知りたくて、樹のスタッフは、デイサービスのあとに、自宅を訪問することを開所以来続けている。デイサービスにいるときと自宅では本人の顔つきが違う。それをみれば、自分たちのかかわりが足りているかどうか、わかるのだという。
「僕らが提供する在宅サービスで大切なのは、本人さんが地域で生きていくこと。でもその前に、家庭での暮らしが成り立っているかが重要です。家族会を開催したり、個別に話して家族との信頼関係をつくり、そのうえで、本人と家族の間に私たちが入って関係を成り立たせています。制度上のサービスだけでないインフォーマルなかかわりが大切です」
夜中に、男性利用者が暴れて、家族ではどうにもならないと、デイサービスの電話に連絡が入る。夜間は事業所の電話は管理者の携帯に転送され、必要ならすぐに管理者が利用者宅に向かう。わからないことも多いが、怒っているならきっと理由があるはず、と。
「なんで怒ってるのやろなと探りながら対応します。私たちが行くことで、本人さんも気持ちが変わり、ご家族との関係も変わる。本人さんが覚えていて翌日、『ゆうべ来てくれたな』といってくれたりして、うれしいですよ」
独居の場合は、近隣・地域との関係が重要となる。TVの音が大きい、ゴミのにおいがする、夜中に歩き回るなどの問題には、制度内のサービスでは対応しきれない。
「スピード感を上げて実際に解決のために動くことです。その過程でご近所の人を巻き込んで、解決への動きに参加してもらう。ご近所の苦情は、本人に関する情報ととらえて積極的に聞き出しにいきます。それによって、私たちと近隣の人たちの関係も深まります」
職員が本人の伴奏者だと知ってもらうことも重要。それによって介護に直接関係ない近隣の人たちにも、活動を知ってもらえる。
「10年以上かけて、近隣の方から気軽に声をかけてもらえるまでになりました」
職員待遇に工夫
ところで、夜中にとんでいく職員には手当はあるのか。制度からは当然、ない。手当は、子育て地域活動サロンなど、他の事業の収益から充てるそうだ。だが、そのサロン事業自体が、1回の参加費は500円。若い母親向けマタニティー教室やヨガ教室など好評だが、収益が上がるとまではいかない。
「夜中に呼ばれるといっても、実際のところ、家族さんも遠慮するのか、そう頻繁に呼ばれるわけではないです。各事業所がご利用者30人くらいの登録ですが、呼ばれるのは2、3か月に数回程度です。だから残業代も、そこまで大きな額にはなりません」
それでも、家族から連絡がくるのはよくよくのとき。本当に限界、というときに頼れるところがある、呼べばきてくれる、そういう安心が大きいのだという。
収益の話でいえば、樹の場合、デイサービスの稼働率は平均90%超えと結構高い。そのことも、残業代を支払える基盤にある。一般的に介護職の平均給与が低いことは、厚労省も認めている。人手不足の大きな原因もそこにあるが、樹では、介護の素人、異業種からの人材を歓迎している。そしてキャリアアップのために、管理職の給与は高めに設定している。仕事を深め、管理職を目指す若者を増やすためだ。仕事のやりがいや内容を丁寧に示すSNSなどや口コミで、新しい人材は、割合苦労なく確保できているという。
「働きがいとともに、キャリアパスを明確にして、研修や勉強会にも力を入れています。若い人の<やりたい>を大切にして、自主性にも任せています」
「Better Care」96号(2022年夏)で紹介した下関市の「有歩道」とは仲良しで、管理職の交換研修なども行っている。そのほか、職員の研修には力を入れており、ちょっとユニークなのは、その内容に、介護論や介護技術だけでなく、経営や営業などの項目も含ませているところ。
「やる気のある職員は、樹の管理職を目指すだけでなく、ゆくゆくは自分でデイサービスを立ち上げていけたらいい。そのための準備です」
そのほか、原則的に少なくともどこか一つの事業所で緊急の利用受け入れができる体制にしている。ときは定員オーバーの減算覚悟で受け入れることもある。
「介護保険制度自体には、あまり期待していない面があります。制度以外でもやっていける道があるんじゃないか、できることはあるんじゃないかということをみせたいです」
若い思いを大切に
ひなき庵の管理者・長谷川さんは、ななとこ庵にいたときの夢をいくつか、ひなき庵で実現させた。
「もっと広い台所で、何人でも、やりたい人は台所仕事ができるようにしたかったんです。冷蔵庫や備品、一つ一つを自分たち職員で選びました。自宅では正座でご飯を食べているという利用者のために、卓袱台(ちゃぶだい)も揃えました。『こうだったらいいのに』をかたちにして。まだ利用者数も多くないので、若いスタッフに『樹のケア、樹の思い』を教えながら、どれほど私たちのかかわりが大切か、話しています」
また、だいち庵では、職員の仕事の細かい分担を決めていない。
「入浴介助を一日に5人する人もいれば、2人という人もいる。利用者さんとのかかわりで担当するので、人数や順番は決まっていません。記録を書く係も決めていないので、誰かが気がついたら書く。デイサービスの始まりと終わりの時間は決まっているので、それに合わせてその間は利用者さんと職員で自由にします」
ここの管理者は大津留さん。若い男性職員も多く、なかには大津留さんの甥もいる。
決まっていないといえば、ななとこ庵でも利用者は自由に過ごしている。利用者同士のなかで、自然な決まりがあるようだ。職員はそれを見守りながら、あまり手を出しすぎない。
大津留さん自身がまだ33歳と若いからか、新しいことへのチャレンジも旺盛だ。デイサービスのなかでの利用者の姿を映像で記録し、膨大な量の記録を家族会で公開したり、看取りの近づいた家族と共有する。家族の知らない笑顔、笑い声、怒鳴り声も……。それを伝えることでお互いに理解が変わる。
「家でも、普段の様子を動画で撮るように勧めています。貴重な記録です。また、看取りを終えられた家族の話を、これから介護する人に聞いてもらったりもします。大切だと思います」
そのほか、映像を使ったwebでの発信も、今後ますます進めていく予定だ。
職員と一緒に決めた「共存共栄・共笑共生」という理念を軸に、認知症ケアに、子育て支援に、何かにとらわれず自分たちのやりたことを探していくという。いまのかたちの介護保険制度に大きな期待は抱けない。だが、その枠を上手に飛び越え、あるいは利用して、若い力が伸びていこうとしている。
地域で暮らす未来に、ちょっと希望がもてそうだ。(2022年12月6日取材)
特定非営利活動法人 樹(いつき)
■ななとこ庵 管理者:北村竜也
認知症対応型通所介護事業/訪問介護事業/地域サロン
〒553-0005 大阪市福島区野田2-9-6
TEL 06-6450-8886
FAX 06-6450-8887
■だいち庵 管理者:大津留且久
認知症対応型通所介護事業
〒553-0002 大阪市福島区鷺洲4-5-12
TEL 06-6131-5916
FAX 06-6131-5917
■ひなき庵 管理者:長谷川愛
認知症対応型通所介護
〒555-0033 大阪市西淀川区姫島5-16-17 ソルジュ1階
TEL 06-6195-3854
FAX 06-6195-3855
※「Better Care」98号(2023年冬号)に掲載した記事です。