生きずらさを抱える人とともに 「出かける医療」が手がけるデイサービス
取材・編集/Better Care 編集部
介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載されたえりすぐりの記事とともに、なかまぁる読者のための、雑誌には載っていない情報を加えてお届けします。野田真智子Better Care編集長からのごあいさつはこちらです。
感染対策下のデイサービス
大阪環状線「桃谷」駅から、まっすぐ続く長いアーケードの中間あたりから、右に曲がって幅広い道路をしばらく行くと、医院、整骨院などが集まっている地区にあるしゃれた建物の1階。医療法人菜の花診療所は、「自分たちの診療所をもちたい」と考えた住民が学習会を重ね、一口5000円の出資金を募りながら4年間の取り組みの末に1992年に開院にこぎつけた。モットーは「出かける医療」。
その後、2003年に、有限会社菜の花を開設。16年に地域密着型デイサービス「よりあい処菜の花」をオープンした。訪問看護、訪問介護、居宅介護支援事業所も同じ建物内にある。
なかは感染予防のために教室スタイルに机を並べ、利用者は黒板を見つめている。本日の利用者は10名。スタッフ4名(うち1名は理学療法士)と厨房に調理員がいて、人手が多い。料理はすべて手づくり、誕生会にはケーキも焼いて、利用者に喜ばれている。
昼食後のまったりした時間帯。みんなでクイズをしたり、歌を歌ったり。入浴をする人もいる。“ろう”の利用者がいるので、スタッフは手話を交えてクイズを進める。手話はスタッフが自己学習をしたのだという。
話の中心になる人気者もいれば、ひっそりと自分の世界に入っている人もいる。スタッフは一人ひとりに目を配り、さりげなくお皿拭きなどの仕事に誘ったり、歩行に困難のある人には、次に足を出す位置を示して本人が自ら動き出すのを待っている。
この間、小さな個室のベッドでは、横になり、理学療法士による個別リハビリテーションを受けている利用者もいる。
「新型コロナの影響で、なかなか会えない遠くの家族もいます。そこで、利用者さんにここのPCを使ってご家族とリモートでお話をしてもらっています」
社長の岡崎和佳子さんは、そう説明する。
2人の利用者
デイサービスから帰る島清子さん(92歳・要介護3・仮名)に同行した。車いすに乗る島さんと一緒に、眼鏡屋、コロッケ屋、花屋などが並ぶアーケードを行く。あちこちの店から声がかかる。この街に長年住み、評判の豆腐屋を夫婦で営んできた島さん。15年以上前、岡崎さんは夫・武三郎(仮名)さんの訪問看護師としてお看取りもした。
シャッターを開けて入ると、岡崎さんはゴミを店の前に出す。市内の環境事業局が、一戸一戸回収にきてくれるのだという。ゴミ出しはいつも、送迎スタッフの役目だ。
「3時から起きて豆腐をつくっていたよ。よく売れてね。車も運転して働いた。兄弟にもつくりかたを教えて、それぞれ、店をもたせた。私はキップがいいんや」
アルバムを出して見せてくれる。商店街の行事の旅行、びわ湖に兄弟の家族も一緒に車を運転して遊びに行った写真、どれも元気で朗らかな様子が伝わる。子どものいなかった島さん夫妻。たくさんの甥や姪を「分け隔てなくかわいがったわ」と振り返る。
いまも、日中、シャッターを開けていすに座っている島さんに、通りかかる中高生などが声をかけていく。気前のいい島さんはときどき、彼らにソフトクリームをおごったりしている。
4年ほど前、入院・手術の折に、少し言動がおかしいと、病院から介護認定を勧められたがいらないと断っていた。ところが2年ほど前、近所とよくもめごとを起こすようになり、また2度も泥棒に入られ、地域包括支援センターから菜の花に話があった。そこで要介護認定を受け、岡崎さんがケアマネジャーとなって、訪問介護、デイサービスの利用を開始した。
この日も、訪ねてきた怪しげな男性に、この場所で八百屋を開きたいから店を貸してくれといわれ、すっかりその気になっているのをヘルパーが気づき、岡崎さんに連絡が入った。駆け付けた岡崎さんが説得して、ことなきを得たが、高齢者をだまそうとする輩は多く、目が離せない。よく面倒をみてくれる甥もよんで、成年後見の必要性を説き、大阪弁護士会ひまわり所属の弁護士に後見を依頼してある。
にぎやかに暮らしていた3階建ての家も、いまは、島さん一人。「部屋を貸してあげるから大阪においで」と取材者を誘ってくれる姉御肌の島さん。話の間も、岡崎さんは台所、ふろ場、洗濯機など手早く見回り、あとから来るヘルパーに申し送りをする。菜の花の手と目を活用して、島さんの一人暮らしはつづいている。
デイサービスで、林さんと隣り合わせで、何やかやと話していた伊藤幸男さん(80歳・要介護3・仮名)は、ワンルームマンションに暮らす。西成区で路上生活をしていたが、市の福祉事務所や市社会福祉協議会の紹介で住まいを確保し、生活保護も申請した。
菜の花のサポートを受けることになったとき、着るものも食べるものも何ももっていなかったので、菜の花の職員全員で一人200円ずつカンパし、安売り店でパンなど食材を買い、区社会福祉協議会から毛布や寝具をもらい、さらに職員の家から衣類や家具も持ち寄った。洗濯機、電子レンジなども事務所から運び、職員だけでなく町会役員やご近所さんも物資を提供するなど協力してくれた。
「近所の皆さんも協力的で、電気屋さんも安いものがあると勧めてくれたりするので、助かってます」と岡崎さん。
部屋に入ると、伊藤さんがじっと机のうえを見つめ、小銭を数えている。「金(ル・かね)は何曜日に来る?」「水曜日よ。昨日、市の人(成年後見人)がもってきたよね」
「覚えとらん」
岡崎さんと何回も同じ会話を繰りかえす。そのたび岡崎さんは優しい口調で答えている。毎週5000円が小遣いとして配布されるが、どうやら菓子を買ったらしい。冷蔵庫には菓子がいっぱいだ。
かつて工業高校を出て結婚もし、全国を営業して回っていたらしい伊藤さん。一時は激しいBPSD(認知症の行動・心理症状)=<注>=が出て、近隣の病院では入院を受け入れてもらえず、堺市で入院・手術したほど。
家電は「電気代がもったいない」と、冷蔵庫まですぐコンセントを抜いてしまうので、岡崎さんがチェック。食事や服薬の管理もあり、ヘルパーは毎日訪問している。
<注> Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia。暴言、暴力、拒絶などの行動症状のほか、抑うつ、不安、幻覚。妄想などの精神症状があるとされる
仲間との緩やかな輪
夕方、仕事が終わった仲間がビールや食料を片手に、菜の花に集まってきた。生野区の介護や福祉関係の仲間たち。いつも情報や意見を交換し、支えあっている。岡崎さんは「医療・介護・保健従事者が元気になる会」の代表でもある。今日は、「高齢社会をよくする女性の会・大阪」代表の植本眞砂子さんも参加。市の福祉行政、介護業界の状況から政治問題まで、気のおけない本音の話が飛び交う。
もともと、市大病院の看護師をしていた岡崎さん。菜の花診療所の設立準備から奔走、設立後は看護師として勤務した。自宅では高齢の姑の看護・介護で多忙な毎日。コロナ禍で2020年は年間450万円あった赤字を、職員みんなの協力で、なんとか黒字化し、定期昇給も可能にした。
訪問介護のヘルパーは、直行直帰のところが多い。しかし、菜の花では会社に必ず立ち寄ってもらう。その際、各利用者宅への移動や、会社への立ち寄りで、1回100円支給される。
「会社にくれば利用者さんの情報も得られ、こちらもヘルパーさんの状況を把握できます」
必ず顔をみて会話をするようにしていると、岡崎さん。また会社の決算情報はすべて公開し、職員誰もが把握できるようにしている。退職金も準備し、会社倒産時にも職員には1、2か月の手当てができる用意もしてある。こうした取り組みが、職員の協力を引き出している。
岡崎さんは「介護は楽しい」と言い切る。人が人を思って、助け合ったり、支え合う。どうやったら助けられるか、みんなで知恵も力も出し合う。それだから、生きていて楽しいと思えるし、そこに仕事の醍醐味がある、と。
仲間の話し合いはつづいている。「生野区はいいよね。昔から助け合うもん」「僕らの働きかけで銭湯に手すりがついたり、まちが変わっていくのが楽しい」。自宅に内ぶろのない家も多く、銭湯に行く人が多いのだ。
「保健師さんとのつながりも大きいね」
新型コロナへの対策も、互いに情報を交換し、それぞれの事業所での取り組みに生かしている。顔を合わせての連携が、住みやすいまちづくりに生きている。
今日も、商店街を、住宅密集地を、菜の花の職員が自転車で走り回っている。医療・介護・福祉の関係者だけでなく、住民を巻き込んだ日々のつながりが、このまちの暮らしやすさを支えている。
医療法人菜の花会
●菜の花ヘルパーステーション
●菜の花ケアプランセンター
●よりあい処菜の花
544-0033 大阪府大阪市生野区勝山北2-11-22
TEL 06-6716-7097(訪看)
FAX 06-6716-7099(訪看)
※「Better Care」94号(2022年1月末発行)に掲載した記事です。
- その後の菜の花
- 実は、2022年3月末をもって、社長の岡崎さんは定年退職。有限会社菜の花は、もともと岡崎さんたち住民が立ち上げた医療法人菜の花会に吸収されました。法人は変わったものの、活動は以前と同様、続けられています。
本文でご紹介した島さんは、その後、骨折・入院され、老人保健施設に入居となったそうです。
伊藤さんは、現在も変わらず、デイサービスなどを利用しながら元気に暮らしていらっしゃるそうです。
岡崎さんは、引退したものの、その後も地域の問題や利用者のその後に気を配り、活動をつづけています。
大阪市生野区
概況
●大阪市生野区は、大阪市の24行政区のうちのひとつ。全国で最も外国人比率が高く、外国人住民は27,460人(2021年3月現在)で区人口の約21.6%に達する。同区の中心的な鶴橋駅(JR西日本・近鉄)に桃谷は隣接。鶴橋は、関西屈指のコリアンタウンとして有名。
●大阪市(うち、生野区)の総人口は2,748,839人(126,461人)。高齢化率は25.6%(2021年12月1日現在)。
●大阪市の要支援・要介護認定者数は、183,196人。要支援1=37,559人、要支援2=26,725人、要介護1=25,274人、要介護2=30,599人、要介護3=22,864人、要介護4=22,977人、要介護5=17,198人(2021年3月末日現在)。
主な相談窓口
●地域包括支援センター
生野区 Tel:06-6712-3103
東生野 Tel:06-6758-8816
鶴橋 Tel:06-6715-0236
巽 Tel:06-6756-7400
●総合相談窓口(ブランチ)
大池(こころの家族故郷の家・大阪) Tel:06-6753-6580
生野東(基弘会夢の箱) Tel:06-6715-2188
田島(弘仁会やすらぎ苑) Tel:06-6751-1270
新生野(慶生会瑞光苑) Tel:06-6758-0088
新巽(三秀会 甍) Tel:06-6752-0003