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Better Care 通信

「一斉に」はなし すべては本人が動き出すまで待つ 「有歩道」の介護

思い思いゲームをしたり話したりしている河エリア。職員だけでなく、他事業所のケアマネジャーが一緒に参加することもある
思い思いゲームをしたり話したりしている河エリア。職員だけでなく、他事業所のケアマネジャーが一緒に参加することもある

介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載されたえりすぐりの記事とともに、なかまぁる読者のための、雑誌には載っていない情報を加えてお届けします。野田真智子Better Care編集長からのごあいさつはこちらです。

なぜ、集団行動をとらせるか

山口県下関市で様々な介護サービスを営む合同会社「有歩道」の事業所を久しぶり(BetterCare63号=2014年春=以来)に訪れると、よりたくましく、より面白くなっていた。有歩道の活動には、いつも驚かされる。
以前、開いていた海側のデイサービス(ÐS)さんぽ道の場所では、協力事業所として合同会社SORAが、「スマートエイジングラボ そらおと」を展開している。新たに「河」エリアに、下関市立大学の学生寮だった建物を購入、改築。DSさんぽ道はその1階に移転した。2、3階は、「お年寄りの住まい 道の家(三河店)」だ。
「エレベーター、スプリンクラーなしの建物だったので改築費がかかりました。でも、60歳までには借金を完済の予定」と、代表の吉宗誠さんはいう。何しろ14年前、29歳で初めて開いたDSを1か月半で定員いっぱいにして、以来、ほとんどお金の苦労はしてこなかったというつわもの。それだけ、準備に時間をかけ、人脈をつくり、地域に必要とされるサービスを展開し、信頼を勝ち得てきているということだ。

熱心に書に取り組む利用者さん
熱心に書に取り組む利用者さん

DSさんぽ道に入ると、玄関奥の小部屋で、書の得意な利用者が制作に没頭している。広い庭を見渡せる部屋では、いくつかのグループが思い思いのことをしている。有歩道のDSでは、「一斉に」ということは、ほぼ、行わない。それぞれが、自分の気分で、自分の時間で動いている。職員はそれを見守る。先回りして手助けしようとすると、先輩や管理者からきつい指導が入る。
「自分が立ち上がるとき、必ずいつも同じ場所をつかみますか。日によって、体調によって、違うでしょ。お年寄りも同じ。ちゃんと自分で動きやすい場所を見つけるから、まず本人が動き出すまで、じっと見て待って」
BetterCare86号=2020年夏=で伝えた大堀具視さんの「動き出しは本人から」の実践編だ。それはさまざまな場面で、徹底している。たとえば食事時間。朝ごはんが5時の人も9時近い人もいる。漁師さんだった男性は出漁時の習慣で、毎朝2時に食事だったという。
「一斉に食べる意味は何か、考えたらいい。数人ずつ食べてくれたほうが、職員はそれぞれにじっくり介護や見守りができる。薬の時間が問題になるから、9時くらいまでには食べてもらうけど」
小学生じゃないんだから、認知症になったからといって大の大人が意味のない集団行動をさせられるって、おかしいでしょ、といわれてみれば「そうだよね」と思う人は多いはず。
「トイレに行きたいという人に『さっき行ったでしょ』はないよね。連れて行けばいいだけだから。トイレで排泄すると、とくに女性がかかりやすい尿路感染は劇的に減るし、トイレへの歩行がリハビリにもなる。便座に座るようになると尿意も戻ってくる」という。日中は、ほぼすべての人にトイレ排泄をしてもらう。2人対応となることも少なくない。お風呂も個浴。特浴はない。座位を保持できる人なら大丈夫だという。
人権、尊厳、その人らしさなどというが、毎日の暮らしのレベルでそれを実践しているかどうか。有歩道ではそこをいつも問う。無理強いはしない。本人の「したい」をできるだけ妨げない。普通の暮らしを当たり前にすることを求めつづけている。

多様な対応を可能にする宿泊機能

昼食後のひととき。街の歩き道にて。この建物には、介護保険に関係なく地域の人も使える集い所もあり、さまざまな機能がある
昼食後のひととき。街の歩き道にて。この建物には、介護保険に関係なく地域の人も使える集い所もあり、さまざまな機能がある

新型コロナ感染拡大で、吉宗さんは有歩道開設以来初めて、仕事を「面白くない、楽しくない」と感じたという。決まりきった介護の世界から飛び出して、地域とつながり、人と出会い、新しいこと、面白いことを展開してきた吉宗さんには、自粛だのソーシャル・ディスタンスだのは「面白くない」に決まっている。
ところで、ÐSのはずが、朝ご飯を夜中に食べるってどういうことだと思った人もいるはず。有歩道は、山・河・街の3エリアで、DSや通い所を展開していて、それぞれに入居施設・宿泊施設を併設している。

吉宗さんに「釣りにいきたい」と頼んでいる長年の利用者さん
吉宗さんに「釣りにいきたい」と頼んでいる長年の利用者さん

この入居・宿泊部分は、介護保険とは無関係。山と河では、正式には有料老人ホーム、街では、介護に関係なく誰でもが宿泊できるホテルとして運営している、それによって、緊急避難的な使い方や、小規模多機能型居宅介護のお泊り機能のような役割を果たすことができる。
だから、都合で朝早めに家族が送ってきたDS利用のお年寄りも受け入れられるし、逆に、家族が夜6時、7時に迎えに来る場合も、希望すれば食事をして待っていられる。家族が病気になったケース、虐待、ゴミ屋敷など、民生委員から地域包括支援センターに連絡が入ったケース、食事もできていないが入院には当たらないケースなどなど。制度の隙間にこぼれる人を受け入れている。

「生活保護世帯の人も入れる部屋を含めて、いつもいくつか、部屋を空けてあります。自然災害のときもですが、そのほかの急な事態にも対応できるために」
介護保険制度の側からではなく、まず、利用者の要望や都合を聞き、どうしたらそれに応えられるかと、方法を考える。使える制度はしっかり使いながら、制度の枠をはみ出す部分の対応も考える。その結果、泊りの部分は、介護保険制度枠内にしなかった。

新型コロナ下、基本の見直し

歴史ある山エリアで、吉宗さんが話しかけているのは100歳超えの女性
歴史ある山エリアで、吉宗さんが話しかけているのは100歳超えの女性

古い民家を、段差だらけのまま使っている山エリアのÐS道(みち)。最初につくった事業所で、ケアマネジャーの事業所も併設。長年の利用者も多い。古くから、吉宗さんや管理者が理事をするなど地域の自治会とも連携、高齢者が地域のために有償で働くNPOほんまちにも、立ち上げから参加してきた。
利用者も、この活動に参加する。といっても、許可されている自治体もあるが下関市では、DS利用時に働くことは認められていない。そこで、働きたいというある利用者は、その日のDS利用は午前だけにして、午後に、近くの墓地の草むしりなどに精を出す。以前働いていた授産施設の時給とは違い、NPO は、最低賃金を少し上回る額を出すので、喜んでいるという。
また、有償ではないが、農作業をしたい人がいるから、畑を借りて働いてもらう。元料理人には本人の希望でケーキを焼いてもらう、など、働く機会を希望に合わせて考えていく。

街エリアにある利用者以外も使えるスペースで毎日、段ボールを小さく刻む男性
街エリアにある利用者以外も使えるスペースで毎日、段ボールを小さく刻む男性

「新型コロナ感染拡大で、いままで進めてきた自治会との連携やイベントなど、自粛せざるを得なかった。そのなかで、職員全体の介護技術の見直しや、自宅に帰りたいという入居者をどうしたら帰せるかの検討など、よりしっかり振り返ることができました」と吉宗さん。
病院から入居してきたが、自宅に帰りたいという男性。だが、一人暮らしでエレベーターのないアパート4階の自宅に帰るのは無理。しかし、ケアマネジャーとして担当していたSORAの深沢覚久(あきひさ)さんと連携。「一人暮らしは無理。責任は持てない」と反対する、離れて住む弟を説得して、大家さんにも掛け合い、ちょうど空室が出た2階の部屋に入ることに。NPOほんまちが引越しを担当し、本人の希望をかなえた。もちろん、DS送迎時などには、ゴミ出しなど生活の様子も細かく見守り、お迎え時に布団をもってきてDSで日に干し、夕方、送りのときに持ち帰るなど、制度内では考えられない(してはいけない?)ことも、しているらしい。
「だって、そうしなければ当たり前に暮らせないでしょ」と吉宗さんは涼しい顔をしているが。
こんな話題は数限りない。深沢さんとの出会いや、深沢さんのこれまたユニークな事業所は、次号でご紹介するとして、有歩道のやんちゃだけれど、あってうれしい、魅力的な活動からは、今後も目を離せない。(2022年6月20日取材)

有歩道の吉宗さん(左)とSORAの深沢さん
有歩道の吉宗さん(左)とSORAの深沢さん

合同会社有歩道

デイサービスセンター 道

デイサービスセンター 道
築70年の古民家を改装。段差・バリアアリの空間で元気に活動。
お年寄りの住まい 道の家
有料老人ホームで、夜は夜勤者が介護し、医療も24時間体制で終身型。
自治会の行事に参加など、地域密着で生活を支援。
有歩道居宅介護支援事業所
〒751-0815 下関市本町4-14-13
TEL 083-242-5551
FAX 083-229-1183

デイサービスセンター さんぽ道

デイサービスセンター さんぽ道
市場の向かい側で観光地の中にあり、活気のある場所。
お年寄りの住まい 道の家(三河店)
有料老人ホームで、夜は夜勤者が介護し、医療も24時間体制で終身型。
〒751-0821下関市三河町15-10
TEL 083-252-2500
FAX 083-252-2501

通い所 歩き道

通い所 歩き道
多職種多機能の事業所。通い・泊り・住む・集う・食べる・持ち帰る(弁当)。
昼間はデイサービスと集い所 より道(サロン)でリハビリ機器の利用もできる。
住まい所 道の家
要介護度の有無、年齢制限はなく、終身型。ホテル扱い。
集い所 より道
送迎サービス・入浴サービス実施。弁当販売(要予約)も。一食650円。
〒750-0007 下関市赤間町3-24
TEL 083-249-5308
FAX 083-249-5318

※「BetterCare」96号(2022年夏号)に掲載した記事です。

その後の有歩道
有歩道では、新型コロナ感染流行下、感染者を出さずに過ごしていましたが、2022年暮れに、ついにクラスターが発生しました。「街」の通所施設(DS)「通い所 歩き道」に併設の「住まい所 より道」に住む一人が、まず発症。「しかし、その方は全く外にも出ない方なので、なぜ感染したのか不思議です」と吉宗さん。職員も含め全員検査をしたところ、最終的に感染者が4名。しかし職員は全員、PCR検査陰性だったのです。
どうやら、通い所に来る、一人暮らしの方が無症状で感染していたのではないかと考えられるそうですが、経路は不明とのことでした。
とにかく、感染が分かった時点ですぐに、職員全員の検査、他の事業所との交流の禁止、通い所の全面休業を決定。入居者で、ぜんそくや糖尿病、リウマチなどの基礎疾患のある方は症状が激しかったものの、提携医療機関からの医師の診察・治療で見守り、1月中旬、無事に経過観察期間終了、となったそうです。
「現在、下関市は、有歩道の利用者さん程度の症状では入院させてもらえる状況ではありません。なんとか落ち着いてほっとしました」といいます。
休止の間、通い所の職員も住まい所の利用者の対応にあたりました。感染者の対応には、介護者を限定して、できるだけ固定の職員が対応して拡大を防いだそうです。
けれど、通所事業所の全面休止は、介護保険給付がないことを意味し、経営的には大変大きな打撃です。これも、「これだけ新型コロナがあちこちで流行しているなら、いずれ、有歩道でもクラスターが発生しないとも限らない」と判断した吉宗さんは、早い時期から民間保険の休業保障に加入していたため、今回の休止の間も、14日を最長に保険金が支払われるといいます。
「いずれにせよ引き延ばさず、素早く休止を決断したので、結果的に短い日数で収束させられました」という、吉宗さんの事業者としてのリスク管理が効果を上げたことになります。
まもなく3年になる新型コロナ感染は、いまだ、終息の見通しがついていないだけに、こうした素早い決断が、今後も求められるのはないでしょうか。

下関市

概況
●山口県の西部、本州最西端に位置する県内最大の都市。1185年の源平合戦最後の壇ノ浦の戦い、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘のあった巌流島(船島)、下関市街地も幕末前後から明治・大正時代にかけてと、多くの歴史の舞台となり、名所旧跡や歴史的建築物が多数存在する。
●総人口は252,207人。高齢化率は36.1%(2022年5月末日現在)。
●要支援・要介護認定者数は、19,727人。要支援1=3,944人、要支援2=2,564人、要介護1=4,682人、要介護2=2,597人、要介護3=2,035人、要介護4=2,544人、要介護5=1,361人(2022年4月末日現在)。

主な相談窓口

下関市役所地域包括ケア推進室 Tel:083-231-1345
本庁東部地域包括支援センター Tel:083-231-1943
本庁西部地域包括支援センター Tel:083-250-8521
本庁北部地域包括支援センター Tel:083-255-1111
彦島地域包括支援センター Tel:083-266-6516
長府地域包括支援センター Tel:083-227-3151
豊浦地域包括支援センター Tel:083-775-2941

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