2階に泥棒 1階に霊媒師 もの盗られ妄想成敗記 もめない介護140
編集協力/Power News 編集部
夫の両親の様子がなんだかおかしい。「とにかく会って様子を確かめたほうがいい」と介護経験のある母親にせかされ、しぶしぶ夫の実家に足を運ぶと、「これ以上、大切なものを持っていかないでください」「一刻も早く出て行ってください」といったドロボウ(幻)宛ての手紙が壁にびっしり貼られていました。
あまりに驚くと、声は出なくなるものだとその時、知りました。読もうとしても目がすべって内容が理解できない。義父母に不審がられないよう、さりげなく近づいてはスマホやデジカメで写し取るので精いっぱい。認知症に由来する「もの盗られ妄想」を初めて目の当たりにした瞬間でした。
あれから5年が経とうとしています。
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もの忘れ外来では「生活が落ち着けば、そのうち、もの盗られ妄想もおさまります」と言われましたが、義母のもの盗られ妄想は今も続いています。ただ、症状の現れ方やこちらの対応はさまざまに変化してきました。今回はこの連載でも何度か取り上げてきた「もの盗られ妄想」の対応についてダイジェストで振り返ってみたいと思います。
「おうむ返し作戦」で深入りしない工夫
人生で初めて遭遇した「もの盗られ妄想」。ただでさえ戸惑うところに、義母の訴えは「夜中に2階から女の人が下りてきて、大切なものを盗んでいく」とややホラー。何をどうリアクションしたらいいものやら、分かりませんでした。
「否定してはいけないのはもちろん、『盗まれた』という話を肯定するのも間違った記憶をすり込む可能性があるのでよくありません。“否定も肯定もしない”を心がけてください」
もの忘れ外来を受診した際、医師にアドバイスされ、なるほど!と思ってみたものの、いざ実践しようとするとこれがなかなか難しいのです。
“否定も肯定もしない”ってどういうこと!?
苦肉の策として私が選んだ方法は、おうむ返し作戦。義母が「昨日の夜、2階に住んでいる人がまた勝手に部屋に入ってきて、タンスの中を引っかき回していったのよ」と言えば、「タンスの中を引っかき回していったんですねぇ~」と、繰り返します。
すると、義母は「そうなのよ!」と憤慨してみせたり、「ひどいのよ……」としょんぼりしてみせたりします。ドロボウへの愚痴がヒートアップすることもありましたが、そこはフンフンと聞き流し、時間に余裕があれば「ちょっと一緒に探してみましょうか」と提案。時間がないときは「今度、時間があるときにゆっくり探しましょう」と伝えていました。
そのうち、こちらも慣れてきて「そういえばおかあさん、クッキーってまだありましたっけ?」などと、とぼけて話題をそらす&義母の気をそらすのもうまくなっていきました。
※参考記事はこちら「『財布盗まれた』身近な人ほど疑う認知症 もめない介護10」
なりきり“霊媒師”で親の不安を払拭
「もの盗られ妄想は“否定も肯定もしない”を心がけてください」
当初はこの助言を真面目に守り、義母の「盗まれた」発言を否定しないのはもちろん、肯定しないように気をつけていました。でも、途中で気づきます。
義父は、義母のもの盗られ妄想を全力で肯定していました。
義父も軽度のアルツハイマー型認知症と診断されており、多少のもの忘れはあったものの、おそらくもの盗られ妄想の症状は出ていませんでした。でも、義母と一緒になって「2階にドロボウがいる」「家内のものばかり盗んでいくので困る」「また薬を盗まれた」などと言っていました。
義母の会話には「“2階の人”が悪いと思ったのか洗い物をしてくれた」「あいさつぐらいすればいいのに、黙っていなくなるから感じが悪い」などと、目撃情報もしばしば登場します。一方、義父は「家内がそう言ってた」と、義母の主張をひたすら尊重。そのベタ甘ぶりに少々あきれつつも、老夫婦が「ドロボウがいる!」「ドロボウなんていない!」と大げんかするより、仲良く「あいつのせいだ!」と幻のドロボウに腹を立てているぐらいのほうが平和だなとも思っていたのです。
女ドロボウの話をしれっと介護サービスの話にすり替える
義父の完全肯定を受けて、こちらの対応も少しずつ変わっていきました。義母に対して「ドロボウはいない」と説得はしません。でも、その一方で「ドロボウがいる」前提での会話を必要以上に恐れなくもなっていったのです。
「また、“あの人”が出たのよ!」
「またですか! それは困りますねえ。でも、最近はヘルパーさんや看護師さんが来てくれるので安心ですね」
「それはそうだけど、いろいろな方がいらっしゃるっていうのも気を遣うのよ」
「でも、たくさん人がいたほうがきっと、“あの人”も悪さをしづらいですよ」
「たしかに、それは一理あるわね」
ドロボウに対する愚痴も、「介護サービスを利用することの意味」の話題にしれっとつなげていきます。こんなやりとりを重ねるなかで、義母が「2階の女ドロボウ」について訴え始めるときは、何かしらの不安や不満、困りごとがある時だとわかるようになっていきました。
訴えは「ドロボウ」のこともあれば、「イヤな気配」のこともあります。
「この部屋ね、なんかイヤな気配がするのよ。絶対に、これ良くないことが起こるわ。何が起きるのかしら」
霊媒師に扮してドロボウ退治
帰りがけにこんなこと言われると、カンベンして……となりますし、説得して気持ちが落ち着くものでもありません。もちろん、「気のせいですよ」と言ったところで聞いてもらえるわけもなく……。
わたしがとった作戦はこうです。
「イヤな気配がするのは部屋のどのあたりですか?」と義母に質問。場所を特定できたら、おもむろに「えいっ、えいっ、えいっ」とかけ声をかけながら、腕を振り回します。芝居がかったアクションに義母は大喜び。
「ねえ、もしかして、イヤな気を払ってくださったの?」
「これでしばらくは大丈夫かと思います」
「あなたってそんなこともできるの。すごいわねえ」
「これぐらいお安い御用です。イヤな気配がしたなと思ったら、いつでも言ってくださいね。またやりますから」
苦しまぎれで思いついた方法でしたが、想像以上の大ヒットで応用も効きました。たとえば、「2階のドロボウが……」と義母に言われたら、2階に向かって「本当に迷惑しているのでやめてくださいね!」と声をかけるといった具合です。義母が「もう十分よ」とあきれ笑いするぐらい、真剣に大げさに対応すると、よりいっそう早く事態が収束するというのも、発見のひとつでした。
※参考記事はこちら「そして私は霊媒師になった 2階に住みつく義父母の敵も一喝 もめない介護97」
義父がもの盗られ妄想から解放された日
義父の栄養状態が悪化し、“一時療養”という名目で介護付き有料老人ホームに入った時のことです。義父が「ここに来てから、例の“ドロちゃん”が出なくなりましたよ」とうれしそうに教えてくれたことがあります。
介護付き有料老人ホームに入所するとき、夫婦同室ではなく、同じフロアの個室にそれぞれが入るというスタイルを選択しました。完全に同じ部屋にしてしまうと、どちらか(おそらくは義父)の気が休まらないだろうと考えたからです。
その予想は当たり、義父は「(義母の)もの盗られ妄想」から解放されました。もっとも、義父は亡くなる直前に「引き出しに入れてあるチョコレートが盗まれて困る!」と訴えていて、それが義父自身のもの盗られ妄想だったのか、自由に出入りしていた義母が食べてしまったのか、真相はやぶの中です。
ただ、施設の一室という限られたスペースのなかで、管理しなくてはいけない私物も少なくなった状態は「気楽な生活」を実現してくれるものでもあったというのは、思いもよらないことでした。
義母のもの取られ妄想は今も健在
一方、義母のもの盗られ妄想はというと、家族の名前がパッと出てこなくなる瞬間が増えた今も健在です。タンスに洋服を入れておくと、誰かがやってきて盗っていくかもしれない。なので、見つからないようにしまわなければいけない。そして、しまった場所が分からなくなってしまう……。
施設の個室なので収納スペースもそう多くはないのですが、それでも工夫をこらし、ベッドの下や家具の隙間など、あらゆるところに洋服をしまいこんでしまうのです。洋服は別の場所に保管し、必要な着替えだけを毎日、部屋に持って行くというスタイルを施設から提案され、今はその方法で落ち着いて過ごせているそうです。
面会のときにチラッと「夜になると、部屋に入ってくる人がいるの。物騒ねえ」とぼやく程度です。「おかあさん、そういう時どうするんですか?」と聞くと、「目をつぶってるとね、いなくなっちゃうの! そのうち、こっちも眠っちゃうのよ。年をとるってイヤねえ」と言いながら、オホホホと笑っています。
こんなふうに義母と笑い合える時間があとどれぐらい残っているのか。そうこうしているうちに、今度は自分の親の「もの盗られ妄想」と向き合う日が始まるのかもしれません。そんなことを想像すると胸の奥がキュッと苦しくなるけれど、なんとかもめずに乗り切れますように。もめたとしても、うまいこと関係修復できますように。これからも、みなさんと一緒に、介護に関わる人みんながラクになるような選択肢をひとつでも多く探していけたらと思います。