「いまから話そう、認知症」

元上司の様子がおかしい…… 【あるある! それってMCI? 認知症?・職場編】

健康な状態と認知症の中間ともいえる「軽度認知障害(MCIMild Cognitive Impairment)」をご存じですか? 物忘れはあるものの日常生活に大きな支障がないことから、気づくのに遅れがちです。MCIの可能性がある人たちの日常生活の「あるある」を、ものわすれクリニック「松本診療所」の松本一生院長と一緒に考えてみました。まずは、職場編。こんな光景、みなさんの周囲にもありませんか?

仕事で失敗が続き、自信を失った

東京湾まで見通せる高層ビルにある会社の社員食堂。60歳で管理職を退いていた元部長(63)は、ちょっとさびしげにしていた。同期が肩をたたきながら声をかけてきた。

【同期】:どうした。背中が泣いていたぞ。

【元部長】:俺だって泣きたいこともあるさ。若手に怒られちゃったよ。

元部長は、落ち込むきっかけとなった職場での出来事を同期に話し出した。

【若手社員】:申し訳ありません……。発送手続きをすぐ調べます……。

若手社員は、予定日に商品が届いていないという取引先からの問い合わせ電話に、おわびを繰り返していた。

若手社員がパソコンで発送データを調べると、担当者は元部長で、1週間前に商品の発送手続きの入力を「完了」するはずだったことに気づいた。

今でこそ同じ立場だが、かつては上司だった元部長が担当者だったことにちょっと困惑した。失礼がないように言葉を選びながら注意を促した。

【若手社員】:この発送手続き、1週間前にしていますけど、「未完了」になっていますよ。

【元部長】:えっ?

【若手社員】:さっき、取引先から電話があって怒られちゃいました。気をつけてくださいね。

【元部長】:ごめんね。迷惑かけて。

【基本編】軽度認知障害(MCI)について専門家が徹底解説

ミスは誰にでもあることだけど

役職定年で管理職から現場担当者に戻ったのだから、仕方がない面もある――。若手社員もこう理解しつつ、休憩時間に社内のフリースペースでコーヒーを飲んでいると、先輩社員が声をかけてきた。

【先輩社員】:どうしたの? イライラしているようだけど。

【若手社員】:元部長が発送伝票、ミスったんですよ。

【先輩社員】:俺もこの前、元部長の計算ミスを見つけちゃって大変だったよ。

【若手社員】:昨日説明したことを今日も初見のような感じで聞いてくることもあって……。

【先輩社員】:困ったことがあったら俺が手伝うから。元部長にもわからないことがあったら早めに相談して、と伝えといて。

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自分では一歩を踏み出せない

社員食堂で、元部長が同期に胸の内を吐露した。

【元部長】:俺、早期退職しようと思っているんだ。若手に迷惑かけたくないし。

驚いた同期が、元部長の肩に手を置き、やさしく声をかけた。

【同期】:若手から仕事で失敗をした話を聞いたよ。

【元部長】:そうだったんだ……。お前にはわからないだろう。何でもできる同期のエースだからな。

【同期】:俺、ふるさとの父親が認知症でさ、会社経営していたから大変だったんだよ。だから俺も少しは認知症のこと知ろうと思って認知症サポーターになったんだ。失敗は誰だってあるさ。ただ、ちょっと気になるんだ。若手から聞いた失敗って、俺の父親が認知症になる前に経験したMCIだったころと同じような失敗なんで。

【元部長】:俺、仕事の自信、なくしちゃったよ。

【同期】:「もの忘れ外来」って知っているか? 一度診てもらってこいよ。

【元部長】:気楽には行けないところだな。

【同期】:原因が分かれば対処のしようもあるだろう。わからないと不安が募るばかりだろう。

2人は、堅く手を握り合った。

【元部長】:そうだな。ありがとう。

*おことわり:監修医の松本医師からよく聞く「あるある」エピソードをヒアリングし、それをもとに作成しました。

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【松本一生医師のミニ解説】

まずは自分ができないことを周囲にサポートしてもらおう

MCIは、本人が気づく場合もあれば、周囲の人が気づく場合もあります。ただ、一つの出来事でMCIと判断できるほど簡単ではありません。

「私を病気扱いにするのか」と怒る人もいるでしょう。そもそも、もの忘れをしている自分を人生の中で描いたことがない人が多いと思います。だから、「MCI」と診断されると、全人生、全人格を否定されたという感情がわいてきてしまいがちです。だからこそ、私は誰もがMCIや認知症になることがあるんだという共通認識を持つことが大切だと考えています。

私が診察してきた、MCIから認知症に移行した患者で、かつ「当事者が変化に気づいた」という843人について分析してみました。当事者が気づいた変化で多かったものの上位五つ(複数回答)は下記です。

  1. 物をどこに置いたかわからなくなる(473人)
  2. 何事も面倒くさくなった(261人)
  3. 待ち合わせや約束を違えることが増えた(209人)
  4. 味やにおいがわかりにくい(196人)
  5. 昨日の晩御飯の献立が思い出せなかった(102人)

仕事の失敗で自信を失い、かつ周囲の人が勇気づけられることが逆に当事者にとって心理的負担になっているケースがあります。ただ、仕事の内容にもよりますが、MCIだからといってすぐ仕事を辞めることはないと思います。まず、周囲には自分ができないことをサポートしてもらうことが大切です。

怒りっぽくなること、何度も確認すること、操作が分からなくなるといったことについては、当事者にその自覚がないこともあります。周囲の人たちも、そういうMCIの「あるある」を理解しておくといいでしょう。

MCIと診断を受けても、その後の対応によっては認知症への進行を遅らせることができるかもしれません。MCIから認知症に進行しない人もいますし、もとのレベル近くまで回復する人もいます。

人生100年時代。診断は人生のリスタートへの第一歩と考えてみてはどうでしょうか。

松本一生先生プロフィール写真
松本 一生(まつもと・いっしょう)
松本診療所理事長・院長、大阪市立大学大学院客員教授、日本認知症ケア学会理事。日本精神神経学会指導医・専門医、日本老年精神医学会指導医・専門医、歯科医師、ケアマネジャー。

【あるある! それってMCI? 認知症?】

【軽度認知障害について専門家が徹底解説】

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