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「いまから話そう、認知症」

軽度認知障害(MCI)と診断されたビジネスマン 希望を持って暮らすコツ

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増田茂樹さん(68歳): 大事なものをなくしてしまう

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。訪ねてきた男性は、大事なものを置いた場所を忘れてしまうことが続いています。さて、先生はどんなエールを送るのでしょうか。

テレビ番組見て自分も認知症かもしれないと不安に

こんにちは。増田茂樹さん(仮名)、初めてお目にかかります。増田さんは会社で定年の延長をして、管理職として働かれているのですね。60代になってからも仕事を問題なくこなし、記憶力はさえていました。ただ最近、ものをなくしてしまうことが増えたのですか。認知症を特集したテレビ番組を見て、ご自身にも当てはまることがあると感じて、不安でしょうがないのですね。

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恥ずかしさから誰にも相談できない人も多い

どのようなものをなくしてしまいましたか? 最近は会社の大事な書類や家の鍵を置いた場所がわからなくなったのですね。周囲の人たちに指摘されると、どのように感じますか?

恥ずかしさを感じて「自分は間違っていない」と言い返してしまうのですか。私のところに来る患者さんにも、同じように誰にも言えなかったという人が多くいらっしゃいますよ。テレビ番組で認知症になる前段階の「軽度認知障害(MCI)」という言葉を知られたのですね。インターネットで簡単にできるチェックでも、「MCIの可能性」があるという結果が出たのですか。幼いお孫さんが成人するまでご自身がしっかりしていられるのか、不安でたまらないのですね。

とても大事なことですが、MCIだとしても必ず認知症を発症するわけではないので過剰な不安を抱かないでください。生活で多少不便は感じるけれど、病気と診断される前のレベルなのです。今は奥さまと二人暮らしだそうですが、一般的に一人でも生活することができるレベルですよ。

特集「いまから話そう、認知症」シリーズはここから

うまく悪化を抑えて良い状態を保つ人も

MCIはどんな状態なのか、5本の指で考えてみましょう。親指は健忘。誰でも年齢相応に起こる物忘れですね。これは認知症に該当しません。中指、薬指、小指になると、認知症の早期、中期、後期になります。その間に人さし指があるでしょう。この黒でも白でもない灰色の段階をMCIというのです。うまく悪化を抑えて良い状態を保つことができると認知症にならずに、天寿を全うされる方もいらっしゃいます。

患者さんはみなさん、MCIや認知症初期の段階で悩まれます。ほとんどの方がこの専門外来のドアをくぐった時点で、自分は限りなく黒だと感じています。でも、灰色の方、白に限りなく近い方も多くいらっしゃるんです。

我々は誰もが加齢とともに物忘れをするようになります。増田さんの場合、そうした健忘とは違うでしょうか。今、どのような状態にあるのか、一緒に見ていきましょうか。

とても大事なことですが、病名の告知は希望されますか? ご自身にお伝えしますか? それとも、ご家族にお伝えするのに留めますか? お知りになりたいとのことですね。何度か診察させていただく中で、もしお気持ちが変われば教えてくださいね。

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生活習慣の改善に取り組むことが大事

大学病院の検査結果が届きました。増田さんの場合、記憶をつかさどる脳の海馬はきれいな状態です。機能はまったく低下していません。でも、ちょっと意志に関わる前頭葉に縮みがありますから、もしかするとこれが原因でMCIが始まっている可能性があります。

今後の生活で気をつけたいことですね。MCIは病気ではありません。薬を飲んだり治療をしたりするのではなく、ご自身の生活習慣の改善をしていただくことが一番大事なことです。特に生活習慣病と認知症は、深い関係があります。高血圧、糖尿病、脂質異常症などが原因のことがあります。生活習慣病の対策をすることが、MCIの進行を遅らせ、認知症を発症させないために大切なことなのですね。

大事なことは、適度な運動、水分摂取、人との交流ですね。特に運動は認知症の抑制因子になるという研究結果も出ています。

最近、体は動かしていますか? ボクがみなさんにお勧めしているのは、ショッピングモールでの散歩です。モール内をブラブラと歩くだけでも、血管内に血栓ができるのを防ぐ効果があるのですよ。

変なこと言ったとしても否定的なメッセージは避けて

家族にどのように伝えるといいか? もし増田さんがご希望するのであれば、次回はご家族のみなさんも一緒にいらっしゃってください。検査結果の画像を含めて詳しくご説明します。

「家族の感情の表し方=感情表出」という言葉があります。家族の感情表出が良好に保てると、誰かからいつの間にか出ている否定的なメッセージが改善します。たとえば、何か変なことを言ってしまったときに「ああー、わかった、はいはい」などと言ってないがしろにしてしまうことがあります。そうすると、患者さんは家族に共有できず、抱え込んでしまいます。ご家族がMCIについてしっかりと知り、安心していただくこと。それがひいては患者さんの安心とMCIの状態の安定に直結します。

もしご家族が近くにいない場合は、地域の信頼できる方たちと自由に話し合える雰囲気があればいいですね。「拡大した家族」という意味で、拡大家族ネットワークと呼んでいます。ご近所付き合いが難しい場合は、コンビニエンスストアの店員さんや新聞配達のスタッフさんとお話をする。そうしたつながりは、とても大事な役割があると思います。

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MCIでも希望を持って生活するために「備え」を

お金のご心配があるようですね。特に65歳未満の若年性認知症の方は、仕事を辞めないといけない場合、それ以降の生活のための蓄えは大丈夫だろうかと感じられる方が多くいらっしゃいます。65歳以上だとしても、それ以降の生活の不安を口にしない方はほとんどいません。「備え」は人によって違います。例えば、経済的な不安なら認知症保険のようなものでカバーしてくれる場合もありますよね。

前回来院してから、さらにもの忘れがひどくなった気がしますか? 先日は待ち合わせの日時を間違えてしまったのですか。でも、待ち合わせ時間を間違えるようなことは若い人でもあることですよ。診察の度に「これができなくなった」と列挙する方がいらっしゃいます。でも逆にできることを探していくことが大事ですよ。恐怖と向き合うのではなく、「私はこれができました」という考えを強くもっていくといいですね。

MCIと診断を受けた時点で、自分ができることを狭めてしまう方がいます。もう余生を送らないといけないと思っている方です。でもそれはとんでもない勘違いです。病気ではないので、これから先の可能性はまだまだ十分にあります。やってみたいことを考えて、前向きに希望をもって、未来に目を向けていきましょう。

松本一生先生プロフィール写真
松本 一生
松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など。
帽子をかぶった犬。稲葉なつきさんのプロフィール画像
稲葉 なつき
北海道出身、横浜在住のイラストレーター・絵描き。日本画、イラスト、絵本を中心に制作。日本画の画材を使い、無国籍をテーマに描いています。動物の絵が得意です。好きなものは、灯台・一人旅・映画・愛犬との散歩です。

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この連載について

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