エピソードが思い出せない…… 夫婦同士で異変に気づけますか?【あるある! それってMCI? 認知症?・夫婦編】
監修・解説/松本一生 イラスト/あづさゆみか
子どもたちが独り立ちし、老夫婦だけで暮らす世帯が増えています。人生100年時代では、健康寿命を長くすることが大切です。60代を迎えた夫婦目線で「MCIあるある」を、ものわすれクリニック「松本診療所」の松本一生院長と一緒に考えてみました。「軽度認知障害(MCI=Mild Cognitive Impairment)」は、認知症の前段階で、認知機能が低下し始めていたとしても日常生活に大きな支障がない段階のため、気づきや受診が遅れることがあります。こんな光景、みなさんの周囲にもありませんか?
スケジュールを忘れがちになってしまった
一人息子も独立し、社会人としてキャリアを積み重ねている。20歳を過ぎたら、お互いの暮らしに干渉しないようにしようと家族3人で話してきた。困ったときに助け合うことは大切だが、心地よい距離感を保つことで自由度の高いライフスタイルを楽しんできていた。
夫は、60歳で一度定年を迎えた後、再雇用で会社員を続けていた。妻も一時期は働いていたが、いまは趣味を楽しんでいる。息子が就職で自宅を出てから、夫婦の間に大きな変化はなかった。夫も妻も息子夫婦の「お荷物」にはなりたくないと内心思っていた。
ところが、この日の夕食の席は違った。夫は胸の内で、こう問いかけていた。
【夫】:妻がつくった今晩の夕食、味がちょっとおかしい? ダシかな、塩かな、調味料が何か抜けている気がする……。
【夫】:そういえば、最近はシンプルな料理が多い気がするな……。
今週は、野菜炒めが2日続いて出てきた。夫は、妻も何かあって少し忙しかったのだろうと思っていた。しかし、味付けの変化が重なったことから、妻のことが気になりだした。
とはいえ、結婚して35年。たまにはこういうこともあるかもしれないと考え直した。そして、夫は妻の好きな俳優が出ている映画の話をふってみた。
【夫】:そういえばあの映画、君の大好きな俳優が主演だったよな。
【妻】:そうそう。あの俳優……。あれ……。名前ど忘れしちゃった。
妻は、大好きな俳優なのに名前が思い出せない。夫の表情は一瞬曇った。いくつかの異変が結びつき、不安を覚えたからだ。
【対策編】軽度認知障害(MCI)について専門家が徹底解説
本人は異変に気づいていない
夫は週末、久しぶりに一人息子に電話をかけてみた。
【夫】:ちょっとお母さんが変なんだ。何か生活に困っているわけじゃないけど、「あれっ」と思うことが続いてね。
【一人息子】:そういえばこの前、いとこの結婚式に出たよね。お母さん、赤ちゃんの性別を間違っていたよ!
電話を夫から妻に交代してもらった。いとこの結婚式に関わることを話題に振ってみた。最近、健康な状態と認知症の間であるMCIという状態があることを、WEBニュースで知っていたからだ。
質問に対し、妻は式場も結婚したいとこの名前も覚えていたが、すこし細かい内容について尋ねるとおぼつかない様子だった。
話題を変えて、最近あった出来事について話を聞いてみた。するとエピソード自体を忘れていた。逆に過去に何度も聞いた話を持ち出してきた。初めて聞かせるかのような話しぶりでだ。
【妻】:そうそう、家の近くに出来たケーキ屋さん、チーズケーキがすごくおいしいのよ!
【一人息子】:お母さん、その話、もう3回目だよ。お店が出来たのも、もう1年以上前だよね。
これまでお互い自由に暮らしてきたものの、今回はアラートが鳴ったのかなと感じ取った。
もの忘れの原因や状況がわかれば対応の仕方もわかる
これまでの親子関係は友だち感覚できたこともあり、軽く聞いてみた。
【一人息子】:ちょっともの忘れが出てきたのかな? こんど一緒に病院に行ってみない?
加齢によるもの忘れもあれば、MCIもあるし、初期の認知症かもしれない……。また、別な病気かもしれない。原因が判明すれば、治療やケアなど対応の仕方がわかるからと考えたからだ。
【妻】:そうね。仕事を辞めてから、人間ドックも脳ドックも行っていないしね。
後日、家族で「もの忘れ外来」を受診した。診察室に入ると、医師からカウンセリング風の問診が始まった。
*おことわり:監修医の松本医師からよく聞く「あるある」エピソードをヒアリングし、それをもとに作成しました。
【松本一生医師のミニ解説】
生活習慣を整える努力、忘れないで
思い出せないことがあったとしても、それは歳相応の度忘れかもしれません。ただし、高齢者の場合、認知症とMCIの人を足すと、高齢者人口の約3割になるという推計もありますので、他人事(ひとごと)ではありません。
MCIは、認知機能が低下しつつも、認知症には至っていない状態です。周囲の人が気づく場合もあれば、本人が気づく場合もあります。私の診療所を受診した患者の多くは、症状が出たり、家族がやむにやまれなくなったりしたためです。
MCIといっても、日常生活で見ればほとんど問題なくいつも通りの暮らしができている人たちです。大きなショックを受けるでしょうが、だからといって悲観することはありません。私の場合、脳の中でどのようなことを起きているか、客観的に話すとともに、今後の生活習慣に関する努力について説明するようにしています。
- 生活習慣病に注意をする
- 運動をする
- 人とのコミュニケーションをとる努力をする
- 水を飲むようにする(ただし、心臓や腎臓の病気で医師から水分制限を受けていない限り)
医学の進歩もあり、認知症と生活習慣の関係について研究が進んできており、さらに認知機能が低下して認知症に移行するといったことを遅らせたり、避けられたりする人もいるからです。
実は、経験から話をすると、もの忘れが目立つからといって、直接、「もの忘れ外来」などの専門医療機関を受診するケースは少ないのです。多くの人は、内科医をはじめとする「かかりつけ医」を受診し、そこから紹介されて来られます。理由がわからなくて、複数の医療機関を渡り歩いていてきた人もいます。一方、インターネットや街を歩いていて、私の診療所を見つけた人もいます。
当事者でも、家族でも、異変を感じたら、その出来事をノートに記録し、それを持って受診することがどんな医師にとっても診断の助けになるので大切でしょう。
- 松本 一生(まつもと・いっしょう)
松本診療所理事長・院長、大阪市立大学大学院客員教授、日本認知症ケア学会理事。日本精神神経学会指導医・専門医、日本老年精神医学会指導医・専門医、歯科医師、ケアマネジャー。