ビリーバンバンが1組の夫婦にミニライブをプレゼント 思い出の曲を披露
取材/熊谷わこ 撮影/上溝恭香
12月4日、神奈川県内の音楽スタジオで、ビリーバンバンの菅原進さんと音楽仲間たちによるミニライブが開催されました。ゲストは認知症当事者の高井裕さんと、妻の君子さん。「ビリーバンバンの『白いブランコ』が大好き」というお二人に、菅原進さんからのちょっと早めのクリスマスプレゼントになりました。当日の様子をご紹介します。
音楽が認知症の日々を支えてくれた
「音楽が共通の趣味」という高井さん夫妻。夫の裕さん(68)はフォークソングが全盛だった高校生のときにギターを始め、弾き語りを楽しんできました。妻の君子さんは歌うことが大好き。48年前に二人が出会ったきっかけも、テレビの音楽オーディション番組だったそうです。
会社員として働いていた裕さんに異変が現れたのは、2008年のこと。極端に記憶力が低下し仕事にも支障をきたすようになり、翌年には退職せざるを得なくなりました。君子さんはこう振り返ります。
「最初はうつ病まではいかない適応障害という診断でした。前頭側頭型認知症と正しく診断されるまでに、2年半かかりました。当時58歳でした」
これまで二人を支えてくれたのは大好きな音楽。発症から4年後、夫妻は知人のすすめでライブハウスにいました。裕さんのギターに合わせて君子さんが歌うというスタイルで、ライブの前座として披露したのが、1969年に大ヒットした、ビリーバンバンの『白いブランコ』です。
「前座で歌わせていただいたら、皆さんすごく喜んでくださった。それが自信になって、何か二人でできることをやろうと思えたんですね」
と君子さん。以来、認知症関連のイベントなどで、多くの人に音楽を届けてきました。
現在、裕さんの介護度は要介護5で、日常生活でさまざまな助けが必要ですが、白いブランコは譜面を見ないで弾くことができます。ギターを始めたばかりの高校時代から、何度も繰り返し練習した思い出の曲だけに、「きっと指が覚えているのでしょうね」と君子さんは話します。
思い出の曲をプレゼント
今回のライブは、裕さんと君子さんに思い出の曲の生演奏を届けようと企画されたもの。企画の背景については後編で詳細にお伝えするとして、ここではライブの様子をリポートします。
開催当日、会場となる神奈川県内のスタジオでは、ビリーバンバンの菅原進さんご本人が、笑顔で夫妻を出迎えました。
ステージの中央で菅原さんとメーンボーカル兼アコースティックギターを担当するのは、ライブの提案者でもあるPAPAS源太さん。音楽仲間と介護や医療の施設で社会貢献コンサートをしていて、今回は療養中の菅原孝さんの代打を務めます。介護への感心が高まるにつれ、自身も介護福祉士の資格を取得したそうです。
2人の後ろには、キーボードやバイオリン、サックス、ベースギター、鍵盤ハーモニカなどを担当する5人のプレーヤーが並びました。それぞれが新型コロナ感染症対策のフェースシールドやマスクを装着しつつ、頭にトナカイの耳をつけたりサンタクロースの帽子をかぶったりして、クリスマス間近の華やいだ雰囲気を盛り上げます。
「ライブにようこそ! 今日は一緒にたくさん楽しみましょう!」
源太さんの元気いっぱいの開催宣言に続き、さっそく一曲目の『白いブランコ』の演奏が始まりました。
「♪君は覚えているかしら、あの白いブランコ…」
進さんの澄んだ歌声が会場に響き、ビリーバンバンでは兄の孝さんが歌っていたパートを源太さんが担当。懐かしいメロディーがよみがえります。
慣れない会場の雰囲気に少し興奮気味だった裕さんですが、耳慣れた旋律が流れると、目を閉じて聴き入りました。隣に座り、裕さんの背中に回した君子さんの手が、曲に合わせてトン、トン、トン…と優しくリズムを刻みます。
この日は『白いブランコ』だけでなく『さよならをするために』や、お酒のCMソングでおなじみの『また君に恋してる』『さよなら涙』の全4曲を熱唱。曲の合間には、若いころの思い出話や曲作りにまつわる裏話など、菅原さんと源太さんの軽快なおしゃべりを交えながらテンポよく進行し、大いに盛り上がりました。
最後の曲の演奏が終わると、源太さんが「今日はメンバーも地方から駆けつけてくれて、すてきな会を催すことができました。すてきなクリスマスになりますように、僕も進さんも、メンバーも心からお祈りしています」とあいさつ。
感染防止のため、曲数を絞り、一曲ごとに扉を開けて換気につとめながらの開催でしたが、高井さん夫妻にとって忘れられない一日になったようです。ライブを聴き終えた君子さんは
「私たちのためにライブをやってくださるというお話をいただいた時はうれしくて、涙がこぼれました。生の歌と演奏は、CDなどで聴くのとは違って素晴らしくて、圧倒されました。夢のようです」
と感無量。菅原さんや演奏メンバーと記念撮影をした裕さんは、終始穏やかな笑顔でした。
腕を組み、寄り添いながら会場を後にする裕さんと君子さん。裕さんが楽しそうに歌を口ずさんでいる様子が、印象的でした。
※ 後編に続きます