もめない介護

義母のおねだり「新しい洗濯機を買って」に潜む裏事情 もめない介護88

コスガ聡一 撮影

「おかあさまから『洗濯機が壊れたので買ってきてほしい』というご依頼がありまして……」

少し戸惑ったような声でヘルパーさんから電話がかかってきたのは2019年1月のことです。当時、義父母は認知症だと診断されてから3年ほど経っていたけれど、小康状態。時折、認知症の進行を思わせる言動があり、そのたびに家族は気をもみつつも、訪問介護や訪問看護などの介護サービスをフル活用しながら、老夫婦ふたり暮らしを続けていました。

こちらも読まれています : 高齢者RPG?HPわずか「神様、無事に帰してください」

前回のこの連載でも紹介しましたが、「年末年始をどう乗り切るのか?」を“自分ごと”として初めて認識した年でもありました。ケアマネジャーさんからもヘルパーさんの事業所からも「難しそうな場合は相談してください」と言われていましたが、年末年始ぐらい休めるものなら休んでほしい。実際には出勤せざるを得なくなるかもしれないけど……と、そんなことを考えながら、義姉との分担体制をつくって、なんとかクリア!

やっと年末年始が終わった! 長かった!! 今日から通常の生活だ!!と、肩の荷を下ろした気分でいたところの「洗濯機購入リクエスト報告」だったのです。

義母の「壊れたから買ってきてほしい」は、おなじみのトークではありました。
たとえば、炊飯器。お米を研いでセットし、スイッチを入れたはいいけれど、「火加減は大丈夫かしら」と心配になってスイッチを切ってしまう。またその直後にスイッチを入れて……と繰り返すので、うまく炊き上がらない。

「以前はおいしいごはんが炊けたのに、もう寿命ね! いい加減、買い替えないとお話にならないわ」と、プンプンすることもしょっちゅう。義父に「次に駅前に行ったら、今度こそ買ってきてくださいね!」と言うのですが、義父も「うん。そうだな……」と生返事をしているうちに、忘れてしまうのか、わざとスルーしていたのか。時が経つにつれて、うやむやになっていくことがほとんどでした。

便利な全自動洗濯機ゆえの不便

認知症になったからといって、ある日突然、何もかもがわからなくなるわけではないけれど、日々の暮らしの中のちょっとしたことが難しくなる。義母にとっては、家電の操作が“鬼門”だったようで、洗濯機もよく、やり玉にあがっていました。

義父母は全自動洗濯機を使っているので、スタートさえできれば洗濯は完了します(乾燥機はついていないタイプのため、洗濯ものを干す作業は別途必要)。ところが、「使わないときは蛇口をしめ、使うときだけ蛇口をあける」という義母の生活習慣がわざわいし、「洗濯したいのに、水が出ない!」という騒動が頻発します。これまでの習慣で、洗濯機に取り付けてある給水ホースの先にある蛇口をいちいち締めるけれど、開けるのは忘れてしまうため、いつまでたっても洗濯槽に水が流れてこないのです。

また、“ボタンひとつでOK“といっても、洗濯機のボタンは複数あるというのも厄介でした。ピカピカ光っている場所があると、好奇心旺盛な義母はつい、気を取られる。「あら、何かしら?」と押してしまう。その結果、設定が変わってしまい、思ったように洗濯ができないといったことも度々あったようです。

「洗濯機が壊れた! 早く買い替えたい」

そう義母に訴えられ、実際に買い替え候補を探したこともありました。物理的に壊れているわけではなく、使い方がわからなくなっただけなのだろうと想像していましたが、「めちゃくちゃシンプルで使いやすい洗濯機」が見つかれば、それはそれで困りごとを解決できるのではないかと思ったためです。

苦手なところを補い、助け合いながら夫婦でこなしてきた洗濯

ただ、本当の意味での「ボタンひとつ」という洗濯機は見つかりません。ケアマネさんにも相談してみましたが、「新しい洗濯機が来ることで気持ちが切り替わってくれる可能性もあるにはあるのですが、これまで以上に操作がわからなくなってしまう可能性もありますね」と、悩ましいご指摘。たしかになー! 結論としては、「だましだまし、いまの洗濯機を使っていきましょう!」ということに。

そもそも、義母の洗濯機の操作がうろ覚えなのは、いまに始まった話ではありません。

義父母の会話の端々から、認知症だとわかる少し前からうまく操作できなくなっていた様子がうかがえます。では、これまでどうしていたのか。白い服と色つきのものを仕分けし、洗濯槽に入れるのは義母が担当し、義父がスイッチを押す。洗濯が終わったことを知らせるブザーが鳴ると義父が呼ばれ(!)、洗濯ものをカゴに入れる。洗濯ものを干すのは義父がやったり、義母がやったり……と夫婦仲良く、苦手なところを補い、助け合いながら、洗濯をこなしてきたようなのです。

ただ、お互いに体調を崩したり認知症があったりで、さらに苦手な部分が増え、洗濯に支障をきたすようになってきた現実もありました。そんなふたりを支えてくれたのが、ヘルパーさんたちでした。

ボタンを押す順番で混乱したり、触らなくてもいい場所をあちこち触ってしまわないよう、洗濯機の番号シールを貼ったり、洗濯機近くの壁に「蛇口はあけておきましょう」の貼り紙をしたり。さまざまな工夫に支えられ、義母から「洗濯機を買い換えなきゃ」というセリフを聞く機会も、次第に減っていきました。

ヘルパーさんのすごさとありがたみを実感

すっかり油断しきったところにやってきた、「洗濯機が壊れたので買ってきてほしい」というリクエスト。やっと年末年始の“おつとめ”が終わったと思ったのに、新年早々これか……と、うんざりしかけて気づきました。なぜ、しばらく落ち着いていたはずの義母が再び、「洗濯機を買わなきゃ」という衝動に駆られてしまったのか。

年末年始に義父母のもとを訪れたとき、食事のサポート、初詣など外出の付き添いはしました。服薬状況を確認し、トイレまわりのこともさりげなく目配りしました。でも、「義父母と一緒に洗濯をする」という発想はまったくなかったのです。しまった!

義姉も、買い出しや食事のつくりおきに一生懸命で、それどころではなかったことでしょう。義父母としても、せっかく娘や息子が来ているときに、洗濯をしようとは思わなかったはず。例年になく人の出入りが激しかった年末年始を終え、ようやくいつも通りのペースで家事をしましょうと、義母が思ったことは想像に難くありません。

おそらく、わたしたち夫婦が帰った正月3日の夜に洗濯機を回そうとしてうまくいかず、これは大変!と、4日に来てくれたヘルパーさんに直訴したという流れだったのではないかと想像しています。

義父母は認知症介護がはじまってからも、困りごとを聞かれるたびに、「おかげさまで、夫婦ふたりでしっかり生活できています」と答えていました。“誰かに支えてもらわないと暮らせない”ではなく、自分たちの力で生きている。その自負を失わずに来られたのは、役割を奪うことなく、さりげなく生活が回るよう、サポートしてくれたヘルパーさんをはじめとする専門職の方たちのおかげだと感じています。

義父母の暮らしに対する理解の解像度が足りなかったなと反省するとともに、ヘルパーさんのすごさとありがたみを感じたできごとでもありました。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について