認知症は一つではない BPSDとの両面で理解する 認知症と生きるには9
執筆/松本一生、イラスト/ふくいのりこ
大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。今回は、ひとり暮らしの女性の体験をもとに、病気の告知について考えます(前回はこちら)。
精神科の医局に入って認知症という病気のことを学び始めた26年前、最初に習ったのは、認知症にはたくさんの種類があり、種類にかかわらず大きく分けると、「中核症状」「周辺症状」という症状があるということでした。
中核症状は、認知症になった場合には誰にでも出る可能性があります。記憶力や、今が何月何日で自分がどこにいるかを判断する力(時間的見当識、場所的見当識)、判断や計算力などの低下が主なものです。
これに対して、周辺症状とは中核症状とは異なり「周辺に出てくる」という意味で、初期には気分の沈みや不安感、中等度になると被害感(誰かが自分に悪さをするという疑いの気持ち)など精神面の症状、不安定な気持ちから表面化しやすい行動面の混乱(親しい人に攻撃を向けることなど)があります。しかし、周辺症状は必ずしもすべての人に出る症状ではなく、出る人もいれば、出ない人もいて、多様です。
認知症をひとくくりにせず、中核症状とBPSDの両方から理解を
かつて、周辺症状は中等度以降にしか見られず、認知症初期には中核症状のみが出る、という間違ったイメージがありました。そのイメージを払しょくするために、専門家は「BPSD(Behavioral Psychological Symptoms of Dementia:BPSD 認知症による行動心理症状)」と呼ぶようになりました。その結果、認知症初期にも、行動心理症状があると理解されるようになりました。
BPSDの初期に注意すべきものには、不安感ややる気のなさ、うつ傾向などがあります。
冒頭の図をご覧ください。タテ軸が中核症状、ヨコ軸がBPSDの進行状況を示しています。タテ軸は上から下に行くにしたがって、中核症状が進み、知的能力や認知力が低下していくことを意味します。
それに対してBPSDは、症状が進むと矢印のように左から右にうつっていきます。初期は「不安」や「気分の沈み」が出やすく、症状が中等度になると「被害感」が強くなります。さらに抑えきれないような行動上の課題が出てくると、「混乱」といった症状も出てきます。中核症状もBPSDもかなり進んだ状態では、BPSDが消えていく人も少なくありません。
この図のように、同じ認知症でも、目の前にいる人がどの状態にあるのかを、中核症状とBPSDの両方からしっかりと理解することが大切です。
同じ「認知症」の人でも、中核症状が進んでいてもBPSDはそれほど出ていない人(A)もいれば、逆に中核症状は軽いのに、BPSDのみかなり進行している人(B)もいます。目の前の人の状態像(タテヨコの把握)の理解が大切であることがわかります。
「気分がすぐれない」にも2通りある
ここで注意しなければならないことは、初期のBPSDとしてあげた不安感や気分の沈みには精神的な病気としての不安障害やうつ病などがあり、認知症初期に出やすいBPSDとしてのものなのか、それともメンタル面の病気なのか、常に注意しておかなければなりません。
不安が出る場合には特徴があります。不安からじっとしていられなくなり、胸がどきどきする場合もあります。胸がドキドキする場合を「パニック発作」と言いますが、そのパニック発作が不安障害として出ているのか、それとも認知症初期のBPSDとしてなのか、わかりにくい時もあります。他にも体に何か異変があるのではないかと気になる場合(心気傾向)や、あることにこだわる症状(強迫症状)がみられる場合があり、時間をかけてその人の状態を見ていくことが大切です。
気分がすぐれない場合にも2通りあります。「気分が沈む」という訴えだけを聞くと全ての人が「うつ」を呈していると勘違いしてしまいますが、そうではありません。「気分が沈む」と訴え、本人に「自分が生きていることが罪だ」というような自己否定があって自分を責めている場合には、うつ傾向があると言えます。
一方、周囲の人が誘っても何一つ応じようとしない人に出会ったとき、多くの人は「BPSDの『うつ』が出ている」と解釈しがちですが、実はそれが「無気力状態」であることも少なくありません。誘っても応じることがなく、「おっくう」で自宅にこもってしまう症状です。自分を責める発言の有無によってうつ傾向か無気力状態かを見極めていくことが大切です。
私がこれまでに診てきた患者さんの中にも数か月から数年は不安障害、あるいは気分の沈みがあり、ある時をもって急にその不安やうつが改善したかと思えば、入れ替わるように認知症の中核症状が進んでしまった人がいます。時間をかけて見守っていくことが求められます。
次回はそれぞれのBPSDへの対応の仕方を考えてみましょう。
※このコラムは2017年8月10日にアピタルに初出掲載されました。