診察室からエールを

医師も心が疲れるコロナ禍。認知症と向き合う人の姿が心に響く理由は

8: 川井 晋之介さん(79歳):やる気が起きない(うつと無気力の見分け方)

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」を朝一番で、男性が訪ねてきました。「やる気のなさ」がつらいと話します。「うつ状態」との違いはあるのでしょうか?

何もする気にならない……という悩み

朝一番に診療所を受診されて川井さんは早起きなんですね。ボクも始発の電車で京都から大阪まで通っています。このコロナ禍ですから人込みを避けることが大切かと思いましてね。

川井さんがつらいと感じているのは「やる気のなさ」なんですね。朝起きる時には特につらくないのに、いざ、何かをやろうとすると「面倒くさく」なってしまうんですね。川井さんはご自分のやる気が出ないことを自覚して、こうしてボクの診療の時に相談してくれましたが、実は最近、別の人が「うつ状態」で来院したことがありました(前回参照)。その人は結局、「うつ病」の基準を満たす病気ではなく、認知症の前段階として、うつ状態が表面化していた、というわけでした。

うつと無気力の見分け

とても大切な見分けのポイントです。認知症にともない気分がすぐれない状態が出た場合、「うつ状態」と「無気力状態」に分けることができます。前者の「うつ状態」では、単に気分がすぐれないだけではなく、食事の量が減り、睡眠も夜中に何度も目が覚める中途覚醒と呼ばれる状態が起きます。認知症の中でも「うつ状態」が先行し、その後に認知症が出てくるものの代表は「レビー小体型認知症」があります。

「うつ状態」の人は、「自分に価値がない」と感じることが多く、なかには自責的(自分を責める傾向)になって、「自分が存在しているのがいけない」と、自死(自らの命を絶つ)しようとすることもあります。すみません、ショッキングな話かもしれませんが、川井さんがご自身の病態について、より知っていただくことが大切だと思いますので、このまま説明しますね。
川井さんは血管性認知症と告知を受けておられますね。とくに脳の側頭葉と呼ばれる部位には細い血管があり、そこに小さな脳梗塞ができやすいのです。若いころ川井さんは血圧が急激に上下していたと聞いています。上がった血圧が急に下がるとき、血液の流れが渦を作り、その中心に血栓ができ、それが側頭葉の毛細血管を詰まらせます。

その結果、川井さんが訴えておられるような「何をするにも気が進まない」や「やる気のなさ」、「面倒くさくなる感じ」が出てきます。これまでであれば何とかやることができたこと、たとえば買い物やデイサービスに行くことも、「あ~、面倒くさい。今日は休み!」と結論付けてしまいがちです。

マイナスな気持ちに負けない

でも、そのマイナスな気持ちに負けずに行動を起こしてくださいね。川井さんを責めているのではないのですが、そんな時こそ、もう一度、自分に気合を入れてみるのも大切なんです。

ナナカマド

あ、ここで間違えてはいけないのが、無気力症の場合にはそうやって、もう一歩がんばってみることがいいのですが、「うつ状態」や「うつ病」の際には、本人を元気づけようとして周囲の人が「頑張れ」と励ますのは、いけないことです。元気づけるつもりが本人の自責感を強めてしまい、自死傾向が出易くなるからです。

自分を投げ出さない姿は、コロナ疲れの心に響く

実はボクもこのところ「やる気が出ない」と悩むことが多くなりました。コロナのせいです。半年以上にわたって混乱や不安、情報過多によって振り回された結果、何だかこころが疲れてきました。みんなもこころの「がんばり」に疲れてきたのではないでしょうか。でもね、こんな時こそ認知症と向きあっている川井さんの姿を、われわれに見せてください。

あなたは「やる気がしない」と言いますが、慢性の病気である認知症と長く向きあうことは、川井さんにとってゴールが見えない、長いトラックを走り続けているようなものです。くじけそうになったことも多いはず。それにもかかわらず、その苦しさに耐えて乗り越えようとする川井さんの姿は、コロナ疲れの今だからこそ、ボクらのこころに響いてきます。

次回は「夜、眠れない」について書きます。

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