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認知症と生きるには

患者を絶望させる医師 希望をもたせる医師 認知症と生きるには6

専門の医療機関、かかりつけ医、患者さんの連携

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。
今回は、医療と福祉、介護、地域など、領域を超えた連携について考えます(前回はこちら

あるかかりつけ医が、認知症の精密検査のため専門医に患者さんを紹介したところ、専門医療機関である大病院の「ものわすれ外来」の専門医は「アルツハイマー型の認知症」と診断するだけでした。患者さんや家族の心理面のフォローをするどころか、「治らない。5年もすると寝たきりになる」と告げました。その後、患者さんは絶望感ゆえに認知症が悪化してしまいました。

かかりつけ医は、二度と専門医へ患者さんを紹介しなくなりました。その医師にふだん診てもらっている82歳の成田正敏さん(仮名)が私の診療所を訪れたことがきっかけで、私は後日、そのかかりつけ医から話をうかがう機会がありました。

そのかかりつけ医の先生とは以前から知り合いでしたから、専門医を紹介して絶望してしまった患者さんの経過やふだんの成田さんの様子について聞かせてもらいました。いずれも、ご本人が自分に変化が生じていることを把握していました。今回も成田さんから「物忘れが気になっている」との訴えがあった時に、かかりつけ医は「これは精密検査のチャンス!」と思ったのですが、過去の苦い経験から専門医への受診を勧められず、自らが責任をもって診ていくことを決意したというのです。

認知症の人や家族のこころを支える「小精神療法」

私はこのかかりつけ医の話を聞いて、これからの自分の役目は専門医療機関と地域のかかりつけ医の連携の橋渡しをすることにあると感じました。認知症の専門医の中には高度医療が可能な病院に勤務し、精密検査をすることができる立場にいる医師も多く、その代表的な存在が各地の認知症疾患医療センターや大学病院にいる専門医です。そこでは多くの受診者の診断をし、地域連携室と協力して地域医療との連携をしますが、医師が時間をかけてひとりひとりのカウンセリングや家族の相談にのる時間がないことも事実です。

かかりつけ医も内科、外科、整形など認知症の患者さん以外にも多くの受診者を地域で支えているために、認知症の人への精神療法的なアプローチ(「小精神療法」といわれる15~20分程度の短時間のこころの支えになる対話)ができないのが一般的です。

私の診療所にはほとんど精密検査器具がありません。そのためほぼすべての検査で診療所以外の医療機関に協力してもらいながら診療をしています。開業している認知症専門医のなかにはMRI(核磁気共鳴という画像検査ができます)など大掛かりな医療設備を持って診断外来を目指すところも多いのですが、私はそうではありません。精密検査で診断をするところまでは大きな医療機関にお願いし、その後、認知症の人や家族のこころを支える「小精神療法」は私が担当しています。さらに普段の健康管理は「かかりつけ医」にお願いし、福祉や介護職とも連携を続けることができます。

外来診療と妻の食事のための買い出しをくり返す日々

成田さんも、私の診療所に来院した後に展開がありました。そのかかりつけ医にお会いして「実は先生の患者さんである成田さんが奥さん、娘さんと来院されまして……」と事の次第を説明しました。先生は「ものわすれ外来」は必ずしも「ものわすれ診断外来」だけではなく、診断後の心理的サポートを考える医療機関もあることを知って安堵してくれました。

私がその後、先生の期待に沿えたか、成田さんや家族の希望につながるような診療ができたか、本当は自信がありません。しかし少なくともそれから9年、「かかりつけ医」の先生が身体面を、認知症は私が担当しながら通院を続けてくれています。私のような中途半端な医者でも連携がつながることで、誰かの役に立つことができると思いました。それが自分の存在意義であると思える一瞬があること、それが今の私を支えてくれています。

実は私自身も介護家族としての毎日を送っています。気分が沈み、不安感でいっぱいになる妻の介護者となって3年、日々の外来診療と妻の食事のための買い出しをくり返す日々です。58歳の妻はなかなか介護保険のサポートを受けてくれないこともあり、私が主な介護者になっています。大切な役割であると思ってきた各地での講演や海外の学会への出張などできなくなってしまいました。そんな日々を支えになっているのは、日々の診療を通じて患者さんやご家族と出会うことで「自分は一人ぼっちではない」と思えること、このコラムを読んでくれるみなさんがいるということなのです。

地域における包括的なケアが実践できる医介連携

その後、成田さんは私が「かかりつけ医」に提供した認知症の情報をもとに主治医意見書が作成され、介護保険(要介護2)の対象となり、医介連携も受けられるようになりました。異なる立場でも互いの違いを認め、意見を尊重しながら連携できるからこそ、地域における包括的なケアが実践できます。

しかし、ここで考えなければならない問題があります。このような連携が成り立つためには「認知症の病名告知」を避けて通ることはできません。成田さんは、「かかりつけ医」からすでに告知を受けていました。先生ならではの本人や家族へのまなざしがあったからこそ、告知がなされた後で成田さんは絶望せずに過ごすことができました。しかし、もし「告知」を受けていなければ、家族はどのように考えたでしょうか。

次回は認知症の病名告知という大切なテーマについて考えたいと思います。

※このコラムは2017年6月22日にアピタルに初出掲載されました。

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