「不眠=薬」は思い込み?夜眠れないひとり暮らし女性へのアドバイス
執筆/松本一生、イラスト/稲葉なつき
岸本 昌子さん(72歳): 夜、眠れない
大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回訪ねてきたのは、不眠に悩むひとり暮らしの女性です。「眠れない」にも、いろいろあるようです。さて、先生はどんなエールを送るのでしょう。
こんにちは。岸本さんはじめてお目にかかります。今日は内科の「かかりつけ医」の先生からのご紹介ですね。これまで何年かの間、ご自宅近くのその先生に診ていただいて、ご自身のものわすれと向きあって来られたとお聞きしました。
岸本さんはご自身の病名を聞いておられますか? そうですか、大学病院で血管性認知症の診断でしたか。69歳の時ですね。それからはご家族といっしょに病気と向きあってきたのでしょうね。あ、今はお一人で住んでおられるのですか。ご主人がそんなに早く病気でなくなるとは思いませんでしたね。
岸本さんは「がんばり屋」さんでしたね。娘さんをひとりで育て、医者になってアメリカに行くと言われたときに、反対する気持ちはなかったんですか。ボクなら一人しかいない家族がアメリカ人の男性と結婚して永住されると聞いたら、何かと文句を言って反対していたかもしれませんよ。
不眠のパターンを知る
岸本さんの不眠はどのような感じのものですか。不眠にはいくつかのパターンがあります。診療所で出会う不眠の場合、最も多いのが「寝ようとするときに眠れない」、「明日のことを考えると『早く寝ないといけない』と思うけれど、そのように考えれば考えるほど眠れなくなる」というものです。入眠困難といい、全体の3割ほどの人がこれを訴えます。われわれが神経性不眠と呼ぶタイプで、いったん寝られれば問題ないのですが、寝つけないのが悩みです。
また、夜中に何度も目が覚める中途覚醒(途中覚醒)や、真夜中に目が覚めて、その後は眠れない早朝覚醒(午前2時とか3時に目がぱっちりと開いてしまうもの)はうつ状態と共に起きやすいと考えられています。それ以外にも精神疾患の影響で不眠は出てきます。たとえば幻覚や妄想状態が続くと、何日も寝られないような病的不眠が起きますが、岸本さんは次の日のことを考えると眠れなくなるタイプですね。
寝る前にどのようなことを考えていますか。
あ、それは不安ですね。やはり「この先の自分は一人でどうすればいいのだろう」と悩むのは当たり前です。寝る前になると、つい、暗い部屋の中で自分の将来への不安など、昼間には頭の端に追いやっているような観念が頭に浮かんできますからね。
薬のこと
これまでかかりつけ医の先生は、古くからある薬を処方してくれていたのですね。ボクもその先生と同じように、依存性があることが最近わかり、「できれば使わないように」と言われるようになったベンゾジアゼピン系の薬をかつて処方してきました。現在ではそのような副作用が出ないタイプの新しい薬がいくつも出てきましたので、その新薬を使います。岸本さんも、そうした薬にかえる選択肢もありますね。ですが、癖にならない反面、人によって効きにくい場合や、夢をたくさん見るようなこともありますので、従来の薬の種類を減らして使うこともあります。
ボクが思うには、もっとも大切なのが岸本さんの薬に対する気持ちなのかもしれません。「薬がなければ絶対に眠れない」と信じ込んでいる岸本さんの固定観念をもう一度見直してみる認知療法や、体のリズムに合わせて睡眠を回復するような治療法がずいぶんと進んできました。言い換えれば「不眠=薬が必要」と信じ込んでいる岸本さんの思い込みこそ、変えてみるべき固定観念かもしれませんからね。
ご自身の睡眠の形を知りたければ、睡眠外来をしている先生に紹介して、寝ている間の検査を受けることもできます。また、むずむず脚症候群といって寝る前になると足の違和感から寝ることができなくなるような病気もありますので、かかりつけ医の先生と協力し、他の疾患が潜んでいないか診てもらうことも大切です。
他疾患の可能性も考える
岸本さんは50歳ごろまで血圧が動揺していましたか。その可能性も考え微小脳梗塞の具合も診てみましょう。上がった血圧が急に下がるとき、血流に渦ができて血栓ができやすくなり、細い毛細血管を詰まらせたかもしれません。
また、レム睡眠といって寝ている間にも目が動く時期があるのですが、その「寝ているが頭が働いて夢を見る時期」の睡眠が乱れやすくなるのが、レビー小体型認知症の特徴です。岸本さんはすでに血管性認知症の診断が出ていますが、もう一度、レビー小体型認知症ではないか調べてみましょう。ボクも一緒に考えていきますね。
次回は、なぜか「怒りっぽくなった」と人から言われる、と言う相談について書きます。