診察室からエールを

「自分で決める」は、けっこうしんどい。その気持ちにも寄り添います

7: 城本 典子さん(71歳):気分がふさぐ

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今日も定刻通りにクリニックを訪れた女性は、「気分がふさぐ」と受診を始めたようですが……。

長く続いた「うつ」状態

今日の診察もいつもと同じ時間の来院ですね。城本さんはこれまでもずっと一人暮らしをしてこられましたからね。確か城本さんが50歳の時にご主人を病気で見送ったとお聞きしました。その後、ご両親を看取られたんでしたね。

城本さんが初めてボクの診療所を受診されてから4年目になります。確か、最初に受診された時には「気分がふさぐ」と言っておられましたね。ご両親を見送られて寂しい生活になったためかと思い、ボクは城本さんの「うつ状態」の検査をしました。診断基準を満たす「うつ病」ほどの気持ちの落ち込みはなかったけれど、前向きになれない「気分がふさぐ」日々が続いたのが特徴的でしたね。

その後、城本さんが診療のたびにボクに訴えてこられたのが、雨の前の日など気圧や天気が悪くなってくるときには、言いようのない「けだるさ」があって起き上がることができないということでした。確かその時期には立ち上がった直後にふらつく「起立性低血圧」になられたと記憶しています。

そして、「人」が見えるようになった

そしてはっきりとした人が見えるようになったのですね。1年前からでしたね。医者の立場から言えば「幻視」、つまり、見えるはずのないものが、まるでそこにはっきりと存在するかのように見えて、城本さんの立場からすれば、それがないと主張するボクの方が「見えているものを認識できないのではないか」と二人で討論したこともありました。

大学病院に相談して心筋シンチグラムという検査をしてもらい、レビー小体型認知症と診断されました。ボクも医者として学びましたが城本さんと同じ病気の人は、幻視をはじめとする症状が出始めるまで、メンタルクリニックで「うつ病」として治療を受けていることが多いのだそうです。ボクが担当したこれまでの患者さんでも、ある一定の期間、「うつ病なのかな」と思って通院していただくうちに、実はレビー小体型認知症であったことが何人もおられました。

経過を見てきたからこその診断

精神医学は他の科目のように、検査した血液データだけで診断できるものではなく、治療を兼ねた当事者さんとのお付き合いの中で、少しずつ分かってくることがあります。城本さんの場合にもボクが当初は「うつ病かな」と思って診察が始まり、その後、経過とともにうつが見られなくなる代わりに、いくつかの症状が出て、それを診てきたからこそボクは「レビー小体型認知症」と診断することができました。

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でもね、城本さんの立場から考えれば、医療機関を受診して検査を受ければ、誰でもその時点でしっかりとした診断が出て、その後は自分が当事者として主体性を持った病気との「向き合い方」を考えたいと思うのは当たり前です。本来ならボクのような精神科医は、当事者である城本さんを医療面でサポートすることに加えて、本人の気持ちを無視したところで治療方針が決定されるようなことにならないよう、当事者の自己決定権を守る役割があります。

「自分で決めて」がつらい時もある

当事者である城本さんがどのような治療を受けたいか、自分で決定する権利があるのは「当たり前」のことなのですが、気分がふさいでいた時の城本さんは、何かを「決めなさい」と言われても、自分で決定する気力がわかなかったかもしれません。そんな時、ボクら医療者や福祉、介護の立場にいる者は、そばに寄り添って城本さんのつらい気持ちを分け取りすることが大切だと思います。

言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか大変な「寄り添い」ですが、誰かが傍らから城本さんを支え続ける決意を持った体制が必要なのだと日々感じています。

次回は「やる気が起きない」について書きます。

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