介護施設で、あるある探検隊♪

天使かゾンビか極妻か 母の症状を笑い飛ばす あるある探検隊の活動報告49

「あるある探検隊」のリズムネタで一世風靡したお笑いコンビ・レギュラーの松本くんと西川くんは、いま全国の介護施設をまわって、お年寄りたちを笑顔にする活動をしています。ところがここ数カ月、世界的に蔓延する新型コロナウィルスの影響で、思うように活動ができません。再び施設のおじいさん、おばあさんたちを楽しませる日がくるまで、いまは自分たちの介護レクリエーションに磨きをかけるため、勉強あるのみ!
そこで今回は、認知症の母親との介護奮闘記をユーモアたっぷりに描いた『認知症がやってきた! ママリンとおひとりさまの私の12年』(産業編集センター)の著者・酒井章子さんと、オンラインで結んでインタビュー。前回に引き続き、その模様を実況中継します。
前回の話はこちら

夜の街を歩く酒井章子さんの母、ママリンこと酒井アサヨさん(酒井章子さん提供)
夜の街を歩く酒井章子さんの母、ママリンこと酒井アサヨさん(酒井章子さん提供)

夕飯を食べ終わって空が暗くなり始めると、認知症の母親が立ち上がりながら、娘にこう切り出す。

「あんたには、ほんま世話になったなぁ。そう迷惑もかけられんし、そろそろ帰ります」
「今日はうちに泊まったらいいやん。もう遅いし、明日帰ったら?」
「いや、そんなわけにはいきません。明るいうちに帰るわ」
「なんも迷惑なんかかけてないから。おってくれたほうが、ありがたいです」
「いいや、父さんが帰ってくる。ご飯の準備をせなあかんしぃ、帰らな怒られます」
「いやいや、父さんは死んでるから、心配せんでいいわ」
「あんた、おかしなこと言うねえ。家庭の主婦が家をあけたりは、いたしません。私は自分の家に帰らせていただきます」

——こうして、毎日のように繰り返される「夜の徘徊」が始まるのである。

著書『認知症がやってきた! ママリンとおひとりさまの私の12年』や、ドキュメンタリー映画「徘徊 ママリン87歳の夏」(田中幸夫監督)で描かれた酒井章子さんのユニークな介護の特徴は、徹底的な「観察」をもとにした分析にある。

奈良でひとりで住んでいた酒井さんの母、ママリンに認知症の症状が現れたのは2006年夏。当初は大阪から週1回通っていたが、それが週2回、3回……となり、認知症の進行とともに約2年半後の2008年11月、ついにママリンと愛猫ジェフくんを大阪に呼んで自宅介護を始めることにした。

ところが、そこで酒井さんは認知症の現実を目の当たりにすることになる。
刻々と変化しながら、ものすごいスピードで押し寄せる理不尽で不条理な認知症の症状を前に、ガタガタと崩れ落ちる日常生活——。対抗策を見出すべく、酒井さんは「観察」と「記録」を開始した。そこから見えてきたのが、“迷惑行動”のいくつかのカテゴリーだった。

そのひとつが冒頭の〈帰る帰るモード〉だ。ひとたびスイッチが入ると、酒井さんがどんなに引き留めても、ママリンは家を出て行こうとする。そこに〈迷惑かけたくないモード〉が絡んできて、あんたには迷惑をかけたからもう帰らな、となる。
そして、亡くなった人を生き返らせてしまう〈ゾンビ・モード〉。自分の夫(酒井さんの父親)から始まり、母親や叔母など次々と蘇らせ、彼らに会えないのは“人さらい”の酒井さんのせい、というストーリーになる。
さらに、酒井さんを悩ませた〈リピート・モード〉。とにかく同じことを何度も何度も繰り返し聞いてきて、酒井さんの心にダメージを蓄積していく。

時とともにこうした「モード」は増え、過激化していった。凄みをきかせて酒井さんのことを泥棒、人さらい、悪党などと罵倒し続ける〈極道の妻モード〉、さらに突然、「おんどりゃぁ、なに言いくさるっ」などと別人格になったようにブチ切れる〈ブチギレ・モード〉は、酒井さんを恐怖させた。
これらのやっかいなモードへの対応策として、前回紹介した〈徘徊モード〉に誘導して“歩いて疲れさせて眠らせる”という作戦が生み出されたのである。

こうしてママリンの行動を徹底的にカテゴライズし、それぞれのモードの対応策をルール化することによって、酒井さんの心労は軽減されていった。
そして酒井さんとママリンが同居を始めて7年後、ドキュメンタリー映画が撮影されたころからママリンの徘徊は減っていき、2016年春には〈家から出たくないモード〉に変化していく。同時にさまざまなモードもなりを潜め、穏やかな〈天使ちゃんモード〉になっていったという。
酒井さんは、著書にこう書いている。

〈こうして、認知症が進むことで、ママをモンスターにも悪魔にもしていた周辺症状(暴言・暴力、徘徊、多弁・多動、昼夜逆転・興奮など)が消えていき、甘いものを食べて、おしゃべりして、お布団で寝られたら幸せな可愛いボケばあちゃんになっていった〉

西川くん 映画では酒井さんとママリンのやりとりが面白くてつい笑ってしまいましたが、こうやって聞くと、とにかく壮絶ですよね……。

酒井さん 悲惨は悲惨なんですよ。でも、それでは落ち込むばかりなんで、こうなったら視点を変えて、現実ばなれした日常をもう笑うしかないと思って。ママリンの症状にはパターンがあって、それぞれ〈○○モード〉とネーミングしてみました。「殺してやる!」と凄む〈極道の妻モード〉もあれば、ニコニコと穏やかな〈天使ちゃんモード〉もある。

松本くん 〈ゾンビ・モード〉とか〈ジェフくんモード〉なんかもありましたね。

酒井さん 〈ゾンビ・モード〉は、いかにも認知症らしい“おとぎの国の妄想スイッチ“で、亡くなった人を生き返らせてしまう。最初に生き返ったのは夫(酒井さんの父)で、「父さんに怒られるから帰らなあかん」と言って〈帰る帰るモード〉に移行するパターンです。「お父さんは死んだ」と言うと、「お前が殺すんや。あの人たちはみんな生きてる!」と主張する。あるときは、「実は私、お父さんと離婚しようと思ってるんです」と真顔で相談されたこともありました。

西川くん ママリンの愛猫ジェフくんも“いい仕事”してますよね。

酒井さん ジェフくんは、ママリンのスイッチのいいストッパー役になってくれましたね。たとえば、ママリンが〈帰る帰るモード〉で不穏なムードになっているとき。「ジェフくんがブラッシングしてと言ってるよ」などと話をそらすと、「ジェフ、おまえはばあちゃん好きか、そうか〜」とか、「あの怖いおばちゃん(酒井さんのこと)とこ行ったらあかんで〜、殺されるで〜」とか言って、たちまち機嫌がよくなったりするんです。

松本くん 「殺されるで〜」とか、さりげなく物騒な言葉が入ってくるところが根深いですね(笑)。

酒井さん でも、こうやって「あ、帰る帰るモードが始まった」とか、「ジェフ君モード成功!」とか、心のなかでカテゴライズした作戦がうまくいくと、こっちも気が楽になりますから。こうなったらこうする、とルール付けができるようになったんですよね。

西川くん ここでもまた、ママリンに対する客観的な視点が、お互いのいい距離を生んだいうことでしょうかね。

酒井さん でも、これだけやっかいなママリンも、人前では“ええカッコ”するんですよ。うちは自宅兼ギャラリーになっているんですが、展覧会をするとママリンが出てきてお客さんや作家さんをつかまえては、べらべらおしゃべりする。「母でございます。お世話になってます」なんてシャキッとしてね。ただ、次第に本性が出てきて、「実は娘に拉致監禁されて、こんなところに(さめざめ……)」とか(笑)。お客さんたちも「うちにも実は認知症がいるんですよ」とか言って、「ママリンの話し相手になりますわ」と助けてくれたりするようになりました。

西川くん ちなみに酒井さんが、もっとも困ったモードはどれですか?

酒井さん 〈迷惑かけたくないモード〉ですね。根っこにあるのは、娘に迷惑をかけたくないというまっとうな気持ちなんです。迷惑かけたくない一心で、ひとりで家に帰ろうとしてしまう。

松本くん 親ならばみんな持っている気持ちでしょうね。

酒井さん でも、いちばんタチが悪いスイッチなんですよ。「ぜんぜん迷惑やない」「外に出るほうが迷惑」と私がどんなに説得しようとしても、ママリンはここにいることが迷惑だと思っていて、正論だけにこれを切り崩すことが難しい。7年間で3000キロという徘徊の原動力は、40%くらいがこの〈迷惑かけたくないモード〉が担っていたと思いますね。日本人の精神には「人さまに迷惑だけはかけないように」という教えが深く深くすり込まれいることを、思い知りました(笑)。

西川くん たしかに、人さまに迷惑をかけたくないと言って借金が膨らんで、結局、家族がかぶるとか、「人に迷惑をかけたくない迷惑な人」ってフツーにいますもんね。

酒井さん 「迷惑」については、ずいぶん考えさせられましたね。私が10年以上、ママリンの介護にかかわって学んだことは、「人さまに迷惑をかけないようにしなければ」という気負いが、認知症の本人も、介護をしている家族も、両方を追い詰めているんじゃないか、人生を生きにくくしているんじゃないか、ということです。

松本くん 過度に迷惑をかけないようにと意識するあまり、孤立してしまうこともあると思います。

酒井さん 私自身、ママリンが徘徊中に誰それ構わず声をかけるんで、そのたびに恐縮しましたが、その人たちはみんな親切に対応して助けてくれました。考えてみれば、私もちょっとした親切や手を貸すことはよくあるし、むしろ相手が喜んでくれて嬉しくなったりする。ケアマネジャーさんが「ママがいろんな人に道を聞くことは、いろんな人が認知症の人に出会って、認知症について考えるきっかけになっているかもしれない」と言っていて、なるほどなと思いました。

西川くん 確かに、そうやって認知症を隠さず、まわりが認知症を知るということは大切ですね。

酒井さん もちろん謙虚や遠慮のマナーは大事ですが、困ったときはママリンのように、臆せず人に声をかけて助けてもらえばいい。そして「ありがとうございます」「どういたしまして」とお互いに言えれば、みんなやさしい気持ちになれるんじゃないかなと思うようになりましたね。

松本くん なんだか、心が温まってきました。その後、それぞれのモードはどうなっていったんですか。

酒井さん 自宅介護を始めて7年くらいたったころから、ママリンの中の悪キャラたちはウソのように姿を見せなくなり、徘徊も激減していきました。それとともに“童子”のように自分では何もできない人になっていきましたが、平和なママリンが突然帰ってきたというか。でも、だから廃人になったとか、脳の活動がストップして“もう人じゃない”という感じではない。脳の機能は縮小しても、気持ちのいい幸せな気分とか、本能的な五感を楽しんでいる感じ。気持ちよく寝ている猫を見て、「幸せそう」とみんな思うじゃないですか。それと同じで、私はママリンを見て「かわいそう」とは思わず、猫と同じように「なんも悩みがなくて幸せそう」やと思いましたね。

<オンライン・インタビューを終えて>

松本くん 〈極道の妻モード〉とか、〈ブチギレ・モード〉とか、〈天使ちゃんモード〉とか、10種類以上のモードに名前をつけているというのは、面白かったな。そうやってモードを整理しておくと、冷静に対応できるし、このモードの次はこのモードが出てくる、などと傾向と対策がわかる。まさに酒井さんの「観察」と「分析」の賜物やで。

西川くん 「悲惨は悲惨」と言っていたけど、どうせなら楽しんでやろうという姿勢は、勉強になるな。ちょっと視点を変えて楽しくしようという意識は、僕らの活動にも当てはまることやね。

松本くん それにしても、ドキュメンタリー映画の田中監督は、あのユニークな2人をよく見つけはったよね。

西川くん もともと監督が酒井さんのギャラリーに来たのがきっかけで友だちになったって言ってたな。酒井さんがママリンをビデオに残そうと思って撮影のアドバイスを聞いていたら、監督が「それなら俺が撮る!」って。

松本くん 映画を見たり、酒井さんの話を聞いたりしていると、ほんまママリンの認知症の症状は「個性」だということがわかるな。本も映画も、もっといろいろな人に見てもらいたいわ。

西川くん 「人さまに迷惑をかけない」という日本人の美徳も、社会のルールとしては重要だけど、それに捕らわれすぎると生きづらくなってしまうというのは、そのとおりやな。

松本くん 徘徊中のママリンに優しく接する人たちをみると、日本の社会も捨てたもんじゃないと思うわ。人に迷惑がかかるからとか考えて行き詰まるくらいならば、思い切って発想を変えることが大切やね。

西川くん あと、あんなにいろいろなモードで酒井さんを悩ませたママリンも、他人の前に出ると“ええカッコ”したがると言ってたやないか。これもママリンの〈迷惑かけたくないモード〉の一種なんやないかな。僕らが介護レクリエーションで施設に行くときも、利用者さんたちにとって僕らは「よそ様」だから、ちゃんとしている感じがある。そういう立場だからこそ、できることもあるんやないか。

松本くん 僕らが行くことで空気が変わって、みんながええカッコしてくれるなら、施設にとってもメリットや。また施設にいける状態になったら、ぜひそんなことも意識してやってみよう!

西川くん 松本くん、それはたしかにアルな!

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