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毎朝楽しみな「幻視」を描きためて書籍化へ 認知症当事者に聞いた裏話

レビー小体型認知症当事者の三橋昭さんへのオンラインインタビュー

昨年、レビー小体型認知症と診断された三橋昭さん。「幻視は恐ろしいもの」という認識が多いなかで、ご自身で見たものを初期から記録していたそうです。認知症の症状にどのように気づき、それからどのようにつき合っているのでしょうか。また、今年7月に発売予定の幻視絵日記をまとめた書籍についても、オンラインでお伺いしました。

三橋昭さん(71)に初めて「幻視」の症状が現れたのは、2018年11月末のこと。朝、起きると飼っている猫が三橋さんのもとにやってきた。いつものように撫でよう——。そう思って手を伸ばすと、見えていたはずの猫のなかにすっと手が入ってしまった。次に同じような経験をしたのは、それから約1ヶ月後のことだ。
「毎回2、3秒と、とても短い時間なんですけれどね。私の場合は朝の目覚めのときに、天井や壁に絵が見える。そのほとんどが線画です」

幻視の症状が現れるようになって1年半ほどになる。「見えるものは本当に千差万別です」と話す、レビー小体型認知症当事者の三橋昭さん(三橋さんご提供)
幻視の症状が現れるようになって1年半ほどになる。「見えるものは本当に千差万別です」と三橋さん(三橋さんご提供)

最初は家族にも言えなかった。けれど、二度目の幻視の症状が現れたとき、「これは一度専門家に診てもらわないと」と、クリニックに足を運ぶことを決めた。検査に付き添うと言ってくれた妻には、すべてを話したという。19年3月に検査入院した結果、「レビー小体型認知症」と診断された。
「もし認知症が進行していったら、自分のことがわからなくなっていく可能性がある。せっかく幻視が見えるのだから、記録に残したほうがいいかな」
そんな気持ちで、目に見えたものを最初は文章で書き留めていった。バラの花が見える時もあれば、極楽鳥のような鳥が見えることも、キース・ヘリングの絵のように目鼻のない人が目に映ることもある。基本的には線画だが、色のついた立体的な絵が見える日もある。気づけば毎日のように幻視症状が現れるようになっていた。次第に、絵として残しておいた方が伝わりやすいのではないか、と線画で再現するようになった。

レビー小体型認知症当事者である三橋昭さんの幻視の一部。三橋さんの幻視の場合、人や街など日常の延長のようなものが見えることが多い(三橋さんご提供)。レビー小体型認知症は記憶障害があまり目立たないので、初期の段階で気づくためにはパーキンソニズムや幻視に注目する必要がある
三橋さんの幻視の場合、人や街など日常の延長のようなものが見えることが多い(三橋さんご提供)

「バラの花が見えたのは、ちょうどバラが綺麗に咲く時期だったからなのかもしれません。昔住んでいた場所の街並みが見えることもあれば、まったく知らない街が目に映ることもあります。レビー小体型認知症の方のなかには、怖い画像を見ることが多いとおっしゃる方もいるようですが、私の場合は不安を感じるような絵を見ることは少ない。主治医の先生にも『今日は見えなくて残念ですね』なんて言われたこともあるくらいです(笑)」

同じような体験をしている人々のために

三橋さんは、平日は図書館の館長として働いて14年目になる。「レビー小体型認知症」と診断されても、仕事内容に変わりはない。利用者の4割が高齢者という図書館でさまざまな取り組みを行ってきた。そのなかの一つに「介護関連コーナー」の新設がある。介護の本は「医学」や「福祉」、バリアフリー関連であれば「建築」と、置かれる場所は多岐に渡ることが多い。
「それだと、利用者の方がなかなか辿り着けないですよね。まとめて目につくように用意されていることが大事だと思うんです」
超高齢化社会における図書館の役割について考える「超高齢社会と図書館研究会」にも積極的に参加するなど、高齢者が生きやすい社会を模索し、力を注いできた。そんな三橋さんはこれまで描いてきた絵を一冊の本にまとめ、『麒麟模様の馬を見た』というタイトルで7月に出版する予定だ。
「本を読んでくださった方のなかには、『自分もこうしたものを見たことがある』と感じる方がいるかもしれない。そんな方々の早期発見に繋がれば」と三橋さんは言う。
三橋さん自身、真っ直ぐに車庫入れしていたつもりが、じつは斜めに停めていたなど、いま振り返ると「視空間認知能力が衰えていたんだな」と感じることがある。けれど、その段階では受診しよう、とは思わなかった。もしかしたら、そんなふうに毎日を過ごしている人はほかにもいるのかもしれない。
「進行してからでは、悪化のスピードが早くなる。早期発見・早期受診は大切なことだと思うんです」

レビー小体型認知症当事者である三橋昭さんへの取材は5月にオンラインで実施。穏やかで優しい人柄は画面を通しても伝わってきた。三橋さんはこれまで描いてきた絵を一冊の本にまとめ、『麒麟模様の馬を見た』というタイトルで7月に出版する予定。「本を読んでくださった方のなかには、『自分もこうしたものを見たことがある』と感じる方がいるかもしれない。そんな方々の早期発見に繋がれば」と三橋さんは言う
取材は5月にオンラインで実施。穏やかで優しい人柄は画面を通しても伝わってきた

本を制作するにあたり、絵をカテゴリーごとにわけて掲載してみようかとも考えた。けれど、そのときに親友が放った一言が忘れられない。
「見えたものは見えたままでいいじゃないか。向こうからやってきたものが見えたんだから、それでいい。分析する必要はないよ」
三橋さんは今日も楽しみながら、目に映ったものの姿をそのまま描き続けている。

【プロフィール】

三橋昭(みつはし・あきら) 1949年生まれ。中学の頃から映画に魅了され、若い頃は助監督などを経験。現在は指定管理者制度を導入している図書館で館長として働き、14年目となる。

『麒麟模様の馬を見た』
【書籍紹介】
『麒麟模様の馬を見た』
レビー小体型当事者である三橋昭さんが描いた、「幻視の記録」を一冊の本として紹介。花や動物、人、建物など毎朝現れては瞬時に消えてしまう幻視を、目に映るままに描き出した。「認知症という言葉にはどこか重いイメージがあるので、極力『認知症』という言葉を出さず、目に訴えるようにしたいと思いました」と三橋さん。
A5判並製カバー装、200ページ(予定)。1600円(税抜、予価)、メディアケア・プラス刊。全国の書店やオンラインなどで2020年7月販売予定。

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