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編集長インタビュー

川村元気「僕が忘れ、認知症の祖母が覚えていたこと」アラフォーと認知症(1)

映画プロデューサーであり小説家である川村元気さん。40歳となった今、“認知症の母”と息子を題材にした小説『百花』を上梓されました。今回は「アラフォーと認知症」というテーマで、なかまぁるの冨岡史穂編集長がお話をうかがいます。

川村元気さん

冨岡史穂(以下、冨岡) 認知症をテーマに小説を書こうと考えたきっかけは何だったのでしょうか

川村元気(以下、川村) 5年前に祖母が認知症になりまして。ある日、家に行ったら「あなた誰?」と言われたんです。認知症が始まっている、とは聞いていたのですが、面と向かってそう言葉をかけられて「あ、忘れられている」と。
ショックだったのと同時に、「この人のなかで何が起きているのかを知りたい」と思ったんです。それは僕が作家だからなのでしょうけれど。

「怖かったり悲しかったりすることも、それを深く知ることで乗り越える」。僕はいつもそんな風に考えるんです。僕にとってそれは小説を書く、ということなんです。分からないと、怖い。怖いと遠ざける。遠ざけると問題が深刻化するんですね。

認知症になったおばあちゃんのことを「分かる」ために近づいて、話を聞こう、と思いました。そして物語にするということを通して、「この人のなかで何が起きているかを自分なりに考えて知ろうとした」というのが、小説を書くうえでの最初の入り口でした。

冨岡 それまで仕事仲間や友達と、認知症について話す機会はありましたか

川村 ほぼなかったですね。いま40歳ですが、“自分ごと”とは思っていませんでした。
認知症の方は500万人にも上ると言われているので、ある意味「日常」であるはずなんですが、実際に自分にそんな日が来るとは思っていなかったので。

一方で、「記憶」というものにはずっと興味を持っていました。
人間をつくっているものは、「身体」ではなく「記憶」だ、という風には思っていたので。

冨岡 なぜそんなにも記憶に興味があるのでしょう

川村 なぜ自分が記憶に興味があるのだろう、ということを知りたくて書いている、とも言えます。僕が知りたいこと、そして自分にとって切実なことを「書く」ということによって、未解決事件を解決するような感覚なのかもしれません。

小説にも書きましたが、おばあちゃんと思い出話をするなかで、「一緒に海に行って釣りをしたよね」と僕が言ったときに、「それは海じゃなくて、湖だよ」とおばあちゃんに言われたんですよね。家に帰って写真を見てみたら、それは確かに湖だった、ということがあって。

忘れていく人と向き合いながら、僕自身が思い出していった。そして、自分がいかに記憶を改ざんしているか、ということにも気づかされた。「忘れる」ということは、自分のなかにも当たり前のように起こっていたんですね。そのプロセス自体を物語にできるのではないか、とも思いました。

川村元気さん(左)と冨岡編集長

冨岡 『百花』には、認知症に対して「忘れていくこと」や「喪失」というものばかりに目を向けがちだけれど、それによってその人の大切な誰かが何かを得たり、何かに気づいたりしていく、というメッセージ性があったように感じます。さらにいまのお話ですと、忘れていくことは誰の中にも起こっていて、認知症当事者のものだけではない、ということですよね。川村さんのなかには、ほかにどんな気づきがありましたか? 

川村 気づきは無限にありました。おばあちゃんは色々なことを忘れつつあるけれど、言い換えればそれは、余計なものが振り落とされているということ。すごくこだわっている、その人の芯みたいなものだけが残されているとも言えて、清々しい気さえします。おばあちゃんの場合、恐らくそれは、恋愛感情だった気がするのですが。

一方で僕はというと、自分のスマートフォンを見たら、もう誰だか分からない人の連絡先や二度と見返すことのない写真であふれている。そうなると、もう何が大事だかわからなくなりますよね。Googleの「忘れられる権利」を取り巻く問題のように、インターネットのなかに罪と言葉がいつまでも残ってしまうこととか、辛い記憶とか、「忘れられない」ことのほうが、忘れてしまうことよりもよっぽど残酷なのではないか、と思うようになりました。

それから、今回「百花」というタイトルにしたのは、「記憶」と「花」はすごく似ているな、と思ったからなんです。

冨岡 なるほど! 

川村 枯れて朽ちて失われる。僕は、造花が全然好きじゃないんですよね。
なぜ好きじゃないのか。考えてみるとそれは「枯れないから」なんですね。枯れてしまうからこそ、その瞬間を愛おしく思う。花火もそうですよね。パッと光って消えるからみんなあれだけ一生懸命に観るわけです。
人は失われていくものや儚いものに心動かされる。だから「記憶」っていいものなんじゃないか、と思ったんです。忘れないのだとしたら、何も心が動かないということ。花だと例えるのならば、忘れるってことはネガティブなことでは決してない。綺麗事ではなく、そう思えたことが大きかったですね。

 アラフォーと認知症(全3回)
 ・川村元気「50年前のイメージのままではいけない」アラフォーと認知症(2)
 ・川村元気「会話から生き様がわかる」アラフォーと認知症(3)

百花
川村元気(かわむら・げんき)
1979年生まれ。映画プロデューサー、小説家。『電車男』『告白』『悪人』『おおかみこどもの雨と雪』『バクマン。』『君の名は。』などを企画・プロデュース。最新作『天気の子』(新海誠監督)は7月19日公開。
2012年には「世界から猫が消えたなら」で作家デビュー。その後も「億男」「四月になれば彼女は」と、ほぼ2年おきに小説を発表し、「百花」は4作目に当たる。他著に「ブレスト」「仕事。」「理系に学ぶ。」など。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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